保護者としては真っ当
ルキアノスが疲れた顔でエレニとアンナにお願いすると、お茶の席は瞬く間に整った。
参加者は先程部屋にいた四人。囲んだ円卓の上にはお茶のお供として幾つもの茶菓子が供せられている。
長方形の型で焼かれたドライフルーツのケーキに、ラム酒が香るカヌレ、キャラメリゼした林檎パイに、ほんのり塩味のビスキュイや糖菓など、頭の中で並べ立てるだけでも幸せになれる品揃えである。
しかも今はクレオンがいるためか、夏の贅沢品である氷菓まで用意されていた。
シェフィリーダ王国は北部にあり、山頂に万年雪を頂く古峰オン・トレン山脈にも比較的近い。地域によっては初夏まで貯氷庫に氷がある貴族も多く、王城に至っては真夏でも山の奥深くまで分け入って氷を運んでくるのだという。
(ご苦労なことだなぁ)
現代日本では真夏でもアイスは食べ放題だが、ここでは命懸けのお菓子のようである。冷蔵庫の有り難みを改めて感じるとともに、冷たさと甘さが緊張で疲れた体にしみじみと行き渡る。
それをご満悦で堪能していると、同じくわんぱくにカヌレを口に放り込んだクレオンが先程の小夜の疑問に答えてくれた。
「あのあと母上の元に帰るつもりだったのだが、そのまま学校を卒業してこいと母上直々にお達しがあってな!」
「まぁ、あと半年で卒業というなら、保護者としては真っ当な選択ですよね」
「俺としては、母上が俺を学生だと覚えていたことの方が驚きだったがな!」
溶けてしまう前にと糖蜜がけの氷菓を平らげながら無難な相槌を打つ小夜に、クレオンがいかにも豪快に笑い飛ばす。
クレオンが戻ってきたのはセシリィが行方不明になる事件があったせいだが、もしかしたら侯爵夫人は元々卒業に間に合うようにクレオンを帰すつもりであったのかもしれない。
(母親はセシリィの無事は疑ってないみたなこと言ってたしな)
クィントゥス侯爵夫人は規格外の自由奔放な冒険者というイメージが小夜の中で定着しつつあったのだが、意外にも常識的な一面も備えているのかもしれない。
などと考えを巡らせていると、お茶に口もつけないままルキアノスがぼそりと呪詛を吐いた。
「森に還れば良かったのに……」
中々の落胆ぶりであった。隣のセシリィが呆れた様子で我関せずを貫いている。
「でもじゃあ、卒業には間に合ったんですか?」
確かクレオンは一年以上休学状態にあったはずである。いくら年齢的に(セシリィの説明に基づくならば在学年数的にが正しいかもしれないが)卒業時期が迫っているといっても、エ・ターティカ王立専学校が現代日本の高校に相当すると考えれば、自動的に卒業できるとは思われないのだが。
「課題を山のように提出したな!」
親指を立て、白い歯をキラリンと輝かせた。
どうやらその辺りの仕組みは大差ないようで、追試や補習で穴埋めが出来たらしい。
(そういえば、クレオン様って頭いいのかな?)
そもそもの疑問が頭を過る。セシリィの言い分では兄は二人とも優秀ということだが、身贔屓があったのではと疑っていると、
「あと、一週間谷に落とされた!」
「えっ」
爽やかな笑顔のまま驚くようなことを言われた。くわえたフルーツケーキのフルーツが、ぽろりと落ちる。
落とされたなどと言えば、どう考えても悪意にしか思えない。突っ込んで良いものか分からずセシリィに目で助けを求めれば、何故か誇らしげな説明で返された。
「お兄様は剣科生だから、幾つかの試験を一回にまとめて受けることにしたらそうなったそうよ」
「へ、へぇ……」
小夜はひきつった笑みで相槌を打った。何故か鼻高々なセシリィには、とてもではないが同調できそうにない。今更ながら、セシリィが剣科を選択していなかったことに深く感謝する小夜であった。
だが驚くことはもう一つあった。
「え、クレオン様は魔法が使えないんですか?」
「クィントゥスの男どもは、どうも魔法に嫌われているようでなぁ」
聞けば父レオニダスと長兄イアソンも、軽度の魔法なら使えるようだが、とてもメラニアやセシリィ程の実力はないという。だからこそ父子揃って宮廷の事務職に従事しているらしい。
(意外。みんな使えるのかと思ったのに)
確かに平民では魔法科を選択しない場合も多いとは以前聞いたことがあるし、授業でも神代の昔、神々に愛されし者たちの末裔――つまり現在の貴族の血筋の方が魔法と相性がいいとも習った(気がする)。
使える者と使えない者がいるのは道理なのだが、クレオンは少年漫画並みに使えるのかと勝手に思い込んでいた。
そこでふと、この国の崇拝対象も男性ではないことを小夜は思い出した。
「そういえば、聖泉の乙女も女性か。女性の方が親和性が高いとか?」
「どうかしら? それを言うなら子孫である王家の方がその傾向は顕著なはずだけれど、前王陛下も前王太子殿下も魔法は不得手ではなかったと伺っているわ」
「そうなんだ。不思議だねぇ」
思えばこの世界には、男尊女卑の傾向が少ない。現代日本に生まれた小夜にはごく当然のことであったが、思えば近代以前の宗教色が強い文化領域ではそういった風潮は少なからず世界中に存在したことは、どんな歴史の書物からも読み取れる。
それは単純に崇拝対象や文明の始まりが男性であったとか、父系社会の覆せぬ体制とか、理由は様々に考えられる。だが根底には武力と争いが支配力に直結する時代には、単純に力の強いものこそが優勢という厳然とした事実のせいだという気がする。
そして気が付いた。
(あ、でも魔法に腕力関係ないのか!)
魔法なら、女子供でも男に勝てる。となると、必ずしも戦争の英雄が男となる必然性はない。
(ははぁん。こりゃまた一筋縄ではいかない歴史がありそうだなぁ)
だが今の小夜はもう学生ではない。この国の歴史を学ぶ機会など二度と訪れないであろう。という願いを込めて、勉強好きな秀才二人に掘り下げられる前にと、早々に話題を切り替えることにした。
「でもまぁ、無事に卒業できたなら良かったです。おめでとうございます」
「実にな! 卒業できなかったらこの街から出さないと父上に言われていてな。久しぶりに頑張った!」
「御父君の心中お察しします……」
小夜は重々しくそう返すしかなかった。クィントゥス侯爵のレスポンスの速い怒声が耳に甦るようである。
などとやっていると、隣から地を這うような低音がぼそりと轟いた。
「……オレにはなかった」
ルキアノスが恨めしそうに二人を見ていた。




