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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-21 《夜王》の超越者は爪牙をかき鳴らす。星降る夜に命の光を散りばめて。

 ルーチェ・マロウズが意識を保っていられたのはそこまでだった。

 迷宮探索の疲労。全力で発動した《魔神の瞳》の反動。《夜王》が放つ猛烈な存在感。

 積み重なったそれらのダメージは、ルーチェの意識をあっさりと刈り取った。


「……は?」


 それにもっとも驚いたのは、ルーチェにとどめを刺したナイトローズ本人である。


「おい、おい、おい。待てよ、なァに気絶してんだよ。そんなにか? あたし、そんなにだったか? ちょーっと怒っただけじゃねえか、なア?」


 ナイトローズはふらふらと近寄る。死人のように揺れる、重たい足取り。ひたりと歩み寄る彼女の前に、アルタが立ちふさがった。


「悪いな。こいつ疲れてんだ、寝させてやってくれ」


 アルタは剣を抜く。話が通じそうな手合ではない。臨戦態勢を持って当たるというのは正しい判断であったが、しかし。


「あ? 誰だお前」


 あまりにも、相手が悪すぎた。

 ナイトローズは片手で空をかき切る。ただそれだけの動作で、アルタの上半身は千切れ飛んだ。

 アルタは一挙一動に目を凝らしていたが、ナイトローズが何をしたのかわからなかった。そもそもまだ間合いにすら入っていないはずだ。それなのに、羽虫を払いのける身振り一つで、あまりにも簡単にアルタの命は刈り取られた。


 ――なるほど。これが、超越者(オーバード)か。


 《万呪紋》の力で即座に肉体を再生しながら、アルタは冷静に考える。以前《外界》の超越者ナノと遭遇した時は静止した時間の中に閉じ込められていたため、これが彼にとって初となる超越者との遭遇だ。


 敵の戦力は圧倒的に格上。《万呪紋》の力があればアルタは死ぬことはないが、気絶して寝転がっている相棒の方はそうも言ってられない。


「話があれば俺が聞く。何の用だ」


 再生が終わり次第、アルタは立ち上がって道を阻んだ。

 この状況で挑みかかれば、相棒を巻き込んでしまう。話し合いでなんとかするしかない。決して得意とは言えないが、アルタが採れる選択肢はそれしかなかった。


「用っつうほどのもんでもねえが――。お前、不死者か。(あたし)の眷属じゃアねェな。匂いが違う。呪い臭エ。なんだお前?」

「アルタだ。迷宮に呪われて不死になった」

「へエ。あたしが言うのもなんだが、不死の呪いなんて面倒くせエもん背負ってんなァ。かはは」


 ナイトローズはたわむれに空をかく。再びアルタの体が千切れ飛び、すぐに再生した。その様子に鼻を鳴らし、ナイトローズは口元に弧を描いた。


「クリーンだな。魔力を汚さねエ、いい不死だ。代償に何食わせてんだ?」

「凶運。運と引き換えに、不死を得ている」

「運かァ。かははは。それはあたしには無理だな。運なんてそもそも持ってねェもんなァ」


 吹き上げた怒気もどこへやら、超越者の女はにんまりと微笑む。そしておもむろに片手で自分の頭を掴み、ぶちりともぎ取った。


「あたしも、不死だよ」


 自分の手で自分の頭をもぎ取っておきながら、ナイトローズは楽しそうに笑う。ボールのように頭を指先で回すと、二つ縛られた黒髪は空に螺旋を描いた。


「というより、あたしが不死だ。不死そのものだ。元来不死と言えばあたしのことを指していた。聞いたことあんだろ? 不死の王。生命の冒涜者。静かなる月の女王。眠らぬ者たちの母。《夜王》。それらはすべて、あたしの名さ」

「吸血鬼の王、となら聞いたことあるな」

「それはやめろ。血を吸う不死なんてあたしは認めねエ。あんな奴ら、不死の残滓に縋る紛い物だ。汚エしよォ」


 不死の女は頭を首に据えなおす。荒々しくもぎ取った傷口はまたたく間に繋がり、元の形に繋がった。


「まあ、これでも不死には一家言あるってわけよ。なんかお悩みがあるなら聞いてやる。仲良くやろうぜ」

「ああ……。あんた、意外とフランクなんだな」

「不死者同士だ、家族みてエなもんだろ。かははは。家族ごっこが趣味なんだ。《外界》の人間ごっこよりは、よっぽどまともだと思うぜ」


 《外界》の超越者のことは聞いた話にしか知らない。あれと話した相棒はぶっちぎりにイカれた女だったと語っていたが、目の前の超越者は少なくとも対話が通じる。

 それに、不死について詳しいらしい。だとするとアルタには聞きことがあった。


「この不死の呪いを解きたい。なにか知ってるか」


 長いまつげを揺らしもせず、ナイトローズは即答した。


「ンな方法があるんだったら、自分でやってらァ」

「……そうか」

「でもまあ、お前のそれが迷宮の呪いだって言うなら、解く方法も迷宮にあんじゃねエの? しらんけど」

「そうかぁ……。そうだよなぁ」


 期待していなかったと言えば嘘になる。緊張感を失ったわけではないが、アルタは内心の落胆を隠しきれなかった。


「殺してくれってのもナシで頼むぜ。完全な不死は解くことも殺すこともできない。やれるんだったらまず第一にあたしが試すね。もうこの長ったらしい命ってやツにいい加減飽き飽きしてるんだ」

「あんた、死にたいのか?」

「まァなァ。何千年も生きててただの一度も死んだことねエんだよ。処女みてエなもんさ。なんか恥ずいじゃん?」

「わからんなぁ」


 苦笑交じりにアルタは剣を下ろした。どうも戦おうといった雰囲気ではない。むしろこの超越者には、親しみやすさすら覚えた。


「完全な不死を殺す術なんてないが、不死紛いの吸血鬼どもならぶっ殺せるぜ。むしろあいつらは殺したほうがいい。他人の血液に縋って汚く生き散らす、生きる価値のねエ蛆虫どもだ」


 吸血鬼という言葉はアルタも何度か聞いたことがある。曰く、他人の生き血を飲むことで永劫の命を得られる不死の悪魔。太陽の光に身を焼かれる、冷血なる暗夜の種族であると。

 姿を表すことこそ稀ではあるが、それらは概して人々に仇なす者だとされている。


「お前、アルタっつったか。ちょっくらあたしの代わりに蛆虫どもをぶっ殺してこいよ」

「……断れば?」

「そのガキを殺す」


 ナイトローズは軽く言う。どれほど本気なのかはわからない。しかし、目の前の怪物がその気になれば、まるで赤子の手をひねるようにそれは成し遂げられるだろう。


「わかった、やろう」

「即答かよ。冗談だっつの。あたしは家族には優しいぜ?」

「家族以外にはそうでもないんだろ」

「わかってるじゃアないか」


 ナイトローズはにんまりと微笑み、ぎらりと鋭い牙を見せた。


「そこの《魔神》のガキ、《外界》のは随分と気にかけてるようだがあたしはそうは思わねエ。あたしな、今日はそいつを殺しに来たんだよ。簡単に死ぬような奴なら死んじまった方がマシだからなァ」

「喧嘩がしたいなら俺が相手になる。こいつには手を出すな」

「かははは、そう気張んな。善意だよ。ボランティアみたいなもんさ。《外界》のに壊されるくらいなら、あたしの手で死んどいた方がよっぽど楽だぜ? あの女よりは優しくしてやる」


 アルタは改めて剣を構える。自分とて命の倫理に鈍いところがあると自覚はしているが、この女はそれ以上だ。やはり不死。やはり超越者。命を命とも思わない手合に、人の道理は通じない。


「でもまァ、お前が遊んでくれるってなら今日のところは満足してやる。やろうぜ。その気なんだろ?」


 拒否することなど許さないとばかりに、ナイトローズは暴力的な威圧を放つ。

 その気になっているのはどう見てもこの女の方だ。しかし、アルタとて惹かれるものはあった。不死者同士の全力の殺し合いに、心躍らなかったと言えば嘘になる。

 決して尽きない命と命のぶつけ合い。それはアルタに生の実感をもたらしてくれるだろう。


「やってもいいが、場所を移そう。ルークを巻き込みたくない」

「んだよ、別にいいだろ。保護者かお前は」

「似たようなもんだ。こいつ、不死でもないくせに何かと無茶するんだよ。なんかもう、危なっかしくて放っておけない」

「あー……。定命の者って大変だなァ」


 それから一晩、アルタは街の外れでナイトローズと交戦する。

 その一夜だけでアルタの死亡回数は四十六回にのぼり――。

 アルタの刃がナイトローズの肌に触れたことは、ただの一度もなかった。

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