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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-20 何もかも幸せになれ流星群

 街を離れていく初心者二人組を、私たちはガレナリアの郊外まで見送った。

 暗い夜道を物ともせずに、篝火を掲げて彼らは走り去っていく。迷宮ほどではないと言え、地上の夜道はやはり危険だ。獣もいるし、道に迷うこともある。村に戻るまで彼らの冒険は終わらない。


「なあルーク。つまんねえ話、してもいいか」


 二人の姿が見えなくなった頃に、アルタは夜空を見上げた。


「言うべきじゃないとは思うが、言わせてくれ。このタイミングでお前の妹が倒れたの、多分偶然じゃないと思うんだよ」

「どういうこと?」

「俺の凶運ってそういう性質のものなんだ。俺だけではなく、俺に関わった相手にも不運をもたらしちまう。だから――」

「だから、僕たちがパーティを組んだせいでミナの容体がおかしくなったって?」


 何を言い出すのかと思ったらそんな話か。私はアルタの顔も見ずに切り捨てた。


「関係ないでしょ。不運だからって、勝手に自分のものにすんな」


 悪運の原因を探したってどうしようもないじゃないか。不運の責任を誰かに押し付けたいとは思わないし、思いたくもない。


「それでも覚えといてくれ。俺と組んでたら、今後もこういうことが起きるかもしれない」

「それ以上言ったら怒るけど」

「……すまん」

「勝手に責任感じるな、あほ」


 本当につまらない話だった。そんなこといちいち気にするか。それに、運の悪さを言うなら私だって人のことを言えない。


「でもさ。夜道って暗いよね」


 だけど。不運なんて関係ないと言い切ってしまえるほど、内心穏やかでいられないのも事実であった。


 ミナの無事はまだ確定していない。私たちとあの少年たちが最善を尽くしたとて、もしもということはある。何かの間違いでミナが帰らぬ人になってしまったら。後になってあの子の訃報を聞こうものなら、私はきっと今日という日を一生後悔するだろう。


「夜道がどうした?」

「ほら、道に迷ったりしたら危ないじゃん。だからその、少しくらいは手助けしてあげてもいいかなって思うんだけど。別にアルタの凶運を気にしてるわけじゃないよ?」

「……ああ、なるほど」


 アルタは苦笑する。私が編み始めた魔法を見て、察しがついたようだった。

 なんとでも言え。お姉ちゃんはもう心配で心配で仕方ないのだ。こんな魔法でミナが助かるかもしれないのなら、全力でやってやろう。


「なあルーク。お前のちょっとだけって、どのくらいだ?」

「ちょっとだけ。ほんのちょーっとだけ、《瞳》、使ってもいい?」

「好きにやれ。後のことは任せろ」


 私は全力で《魔神の瞳》を解放した。

 光り輝く真紅の瞳から、濃密な魔力が溢れ出す。フルパワーだ。手加減なんてありえない。体中に満ち溢れるありったけの魔力を術式に籠めて、私は片手を空にかざした。


「いくよ」


 指を弾き、魔法を放つ。


星光(サーラ)降星(シュート)


 星空に億千の光が降り注いだ。

 暗い夜空を華やかに彩る、無数の流星群。銀天の空は万華鏡のように煌めき、地上は今、星明かりに照らされて真昼のように明るくなった。

 《魔神の瞳》の力を解き放った、全身全霊の星光・降星。それはただ、夜空に流れ星を降らせるだけの魔法だ。


 これは決して凶運を無力化できるような魔法ではない。だけど。


「ミナが、元気になりますように」


 誰かの無事を祈るには、うってつけの魔法なのだ。

 手を組んでミナの無事を祈る。それと、あの少年たちが無事に村に辿り着けるようにとも。これだけ星が降っているのだから、少しくらいよくばったっていいだろう。


「俺も祈ってもいいか?」

「いいよ。何祈るの?」


 アルタは剣を抜き、垂直に構えて空に掲げる。その様は、まるで騎士の剣礼のように様になっていた。


「地に満ちる星々に希望の光があらんことを」

「なんだそれ、かっこつけやがって」

「悪いか」

「悪い。祈るなら僕の妹のために祈れ」

「うるせえシスコン」

「なんだとかっこつけ」


 星々が降り注ぐ下、私たちはくだらない喧嘩をする。それはとても楽しい時間だった。

 全力の魔力を注ぎ込んだからか、流星は中々終わらない。それよりも先に私の意識の方が限界を迎えそうだった。気絶する前に宿に戻ろうと、私は街に引き返そうとする。


「楽しそうなことしてるじゃアないか」


 そこに、女がいた。

 街へと繋がる道の真ん中に女が立っていた。両足を肩幅以上に開き、だらりと腕を下げて顔だけを上げる。場違いなほどに浮いた女だった。


 夜空よりも澄んだ黒髪は短く風に揺れ、肌は病的に白く透き通る。体つきは触れれば壊れそうなほどに華奢だ。そんな素肌をことさら誇示するかのように、露出の多い服装をしていた。黒いビキニトップで薄い胸を覆い、同じく黒のホットパンツとサイハイブーツで太ももを出す。申し訳程度に羽織った黒く艶のあるジャケットは袖までまくられていた。


 露出狂。いや、異常者だ。限界まで見開かれた瞳からは、血のように重く赤い虹彩がぎらぎらと輝いて私たちを注視する。

 まともではない。一目でそうわかるほど、危険な出で立ちをしていた。


「暗夜は化物たちの踊り場だ。光の射さぬ場所にこそ住み着く奴はわんさといる。こんな風に夜闇を照らしちまって本当によかったのか? なんでも明るみに出せばいいというものじゃァないだろう。夜は境界であり、優しいヴェールでもあるのさ。それを乱暴に剥ぎ取ったりするから、あたしみたいな化物に出会っちまう」


 だらりと腕を下げ、顔だけを向けたまま女は語る。目は見開いたまま微塵も揺れず、饒舌に語る口からは鋭い牙のようなものが垣間見えていた。


「良い子はとっくに寝る時間に、星なんて降らせて騒ぎ回る馬鹿はどこのどいつだって聞いてんだよ」


 狂気的な女は、怒気と共に猛烈な存在感を解き放った。

 重圧すらも覚える暴力的な存在感。ただ相対しているだけで、押しつぶされそうな凄まじい威圧。さながら目の前に怒れる神が現れたかのような錯覚は、つい最近も味わったものだ。


 そう、それは、あの時と同じ。

 私がナノと呼んだ《外界》の超越者(オーバード)が現れた時と、とても良く似ていた。


「《魔神の瞳》を持つガキだな。こうして顔見せるのは初めてか。お前のことは《外界》から聞いてるが、そうだな。自己紹介からやってやる」


 朦朧とし始めた意識で、私はそれを聞いた。


「《夜王》の超越者、ナイトローズ。太陽から追放された夜の王だ」


 現れた二人目の超越者。《夜王》ナイトローズ。

 怒れる彼の者が、私の前に立っていた。

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