2-16 《呪い》は男に永遠を与える。そこに歓びはなく、望みは今なお遠かれど。
思えばアルタという男は、謎の多い男だった。
もう六年も迷宮に潜っているはずなのに、生死に直結する基本的なことを知らない。
迷宮仕込の荒々しい我流拳法を凄まじい練度で習得している。
何かと自分の身を危険に晒そうとするし、趣味はリスク度外視の真っ向勝負だ。
迷宮という場でそんな風に立ち回れば、命がいくらあっても足りない。むしろ六年も生き延びるなんて奇跡に近い、とすら思っていた。
だけど、それに理由があるのなら。
きっと今、目の前で繰り広げられているものが、それなのだ。
飛び散った肉片は、私の目の前で独りでに動き回っていた。一箇所に集まったそれらは再び人間の形をなし、みるみる元の姿を取り戻す。
再生、と呼ぶにはあまりにも不気味だった。何かの呪術でも見せられているようだ。そう、呪術。呪い。迷宮に呪われた、アルタの呪い。
「凶運と引き換えに、所有者に不死をもたらす」
肉体の大部分を再生したアルタは、ゆらりと立ち上がって呟いた。
理解した。理解、させられた。今まで見過ごしてきた違和感の意味に、私は気がついた。
思えばずっと疑問だったのだ。《魔神の瞳》は仮にも迷宮の遺宝だ。その力を持ってしても解呪できない呪いなど、一体どれほど厄介な代物なのだろうと。
そんなもの、答えなんて一つしかないじゃないか。
「それが迷宮の遺宝が一つ、《万呪紋》の力だ」
アルタが持つ呪いも、迷宮の遺宝なのだと。
蘇ったアルタの肉体には、黒龍のようにのたくる黒い痣が、怪しい光を放っている。不死の呪い。奇跡のような光景だが、不気味に見えてしまった。
――これがアルタの奥の手か。こいつは死なない。だから自分の命を危険に晒すことにためらいがない。だとすると、こいつの振る舞いにも納得がいく。
「大丈夫……なの……?」
「まあな。俺を殺せるやつなんていねえよ」
口ぶりに反して、アルタは歯を食いしばっていた。
元気そうにはとても見えない。当たり前だ、再生したとは言え一度は死んだのだ。大丈夫なわけがない。
「本当に大丈夫? 無理してない?」
「平気だ。慣れてるからな」
死の痛みに、慣れてしまったのか。
アルタは再度戦闘体勢を取る。見据えるのは壁にめり込んだシプロの方だ。戦うつもりらしい。あれだけ痛めつけられて、戦意は微塵も衰えていない。
理解できない。私には、やはり恐ろしいものに見えてしまう。
「《瞳》、閉じろよ。ここは俺に任せとけ」
「……その自信は、絶対に死なないから、か」
「そうだ。俺は死なないけどあいつは死ぬ。死ぬまで殴り続ければ、最後に勝つのは俺だろ」
それを聞いて、私はいよいよ限界だった。
どんな奥の手だろうと思っていたが、よりにもよってこんなものか。
たとえ体が無事だったとしても、心はそうではないだろう。死んでいるのに気分がいいわけがない。そんな風に自分をすり減らすような真似をしておきながら、私には無理をするななんて舐めたことを言ってくれる。
そんな風に庇われることは、とても、気分が悪かった。
「黙れよ」
《瞳》を開いたまま、私は魔拳に限界まで魔力を込めた。
何度も死にながら戦おうっていうのか。それもただ、私に《瞳》を使わせないために。誰がそんな真似をしろと言った。そんなことをされて嬉しいわけがない。
それは、私の神経を逆撫でする行為だ。
苛立ちをぶつけるように両腕の魔拳でシプロをぶん殴る。《瞳》の魔力を存分に籠めた魔拳は一撃で黒曜石の体を叩き割り、二度三度と拳を振るえば、第一迷宮の門番は粉々に砕け散った。
「あー……。やりやがった。知らねえぞ」
最初からこうするべきだったんだ。
魔拳を解除し、振り向く。煌々と輝く真紅の瞳に怒りを籠めて、私はアルタを睨みつけた。
「こんな作戦、二度とやるな。もしまたやろうってならパーティは解散だ」
これが純然たる同族嫌悪だということはわかっている。
だとしても私は、誰かのために自分を犠牲にするクソ野郎が、世界で一番嫌いなんだ。




