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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-13 幻想の人形は挑戦者を待ち受けていた

 再びの第一迷宮深層・水晶洞窟を、私たちは最速で駆け抜けていた。

 罠があれば私の念動力(サイシス)で飛び越えて、立ちふさがる敵がいればアルタがぶん殴って押し通る。ゴリ押しもいいところだ。リスクのある強引な探索だが、私たちはギリギリの最速を攻め続けた。


 普段なら絶対にやらないような強行軍。少し前までの私なら、やるやらない以前にできなかっただろう。だけど今なら、それができる。

 深層の魔物たちを可能な限り追い払いながら、奥へ奥へと進み続け、やがて大きな広間へとたどり着いた。


「アルタ。結晶獣。熊型が一匹」


 走りながら報告を飛ばす。後ろには私たちの後を追う魔物たちの群れがいて、前方の広間には以前交戦した狼型よりも大きい結晶獣が待ち受けていた。

 この数の魔物と結晶獣を相手に、正面切っての戦いは難しい。いくら力を手に入れたとは言え、深層の魔物は強敵だ。勝てたとしても消耗は避けられない。


「ルーク、どうする」

「ぶん投げて。前やったみたいに」

「任せろ」


 最小限の伝達だが、アルタは意図を理解してくれた。私の首根っこをひっつかみ、結晶獣を飛び越す方向に力任せにぶん投げる。広間の向こう側に着地した私は、即座に念動力を発動した。


「掴むよっ!」


 伸ばした魔手(ハンド)でアルタの体をひっつかみ、こちら側まで勢いよく引き寄せる。住処を荒らされて怒り狂った結晶獣がこちらに突っ込んできたが、アルタは拳を溜めてそれを待ち構えた。


「こっち来んなッ!」


 結晶獣の鼻っ面にアルタの拳がカウンター気味に突き刺さる。強打に怯んだ熊はたたらを踏み、その間に私たちは奥へと繋がる横穴に滑り込んだ。


土魔法(アレス)壁土(ウォール)


 狭い横穴の入り口を土魔法で塞げば、状況終了だ。

 塞いだ土壁の奥からは、少し遅れて広間になだれこんだ魔物たちが殺気立った結晶獣と争う音がする。オーケー、なすりつけ成功。後は魔物同士でよろしくやってもらおうじゃないか。


「ギリギリだな」

「そう? 行けると思ったけど」

「頼りになるやつだ」


 アルタは肩をすくめた。無茶をしているのはわかっている。だけど気は抜いていない。これが、私たちの最高速度だ。

 そうこうして駆け抜けた先に、ついに私たちは深層の最奥へと至った。


「アルタ。ここだよ」


 ところどころ広間がある水晶洞窟の中でも、そこは特に広大な空間だった。

 数台の馬車が並んで走れるような広い空洞だ。壁も天井も色とりどりの水晶で埋め尽くされ、あちこちに色鮮やかな水晶柱が立ち並ぶ。そのどれもが、他の場所で目にしたものよりも色濃い魔力を宿していた。


 ここは第一迷宮でもっとも魔力濃度が高い空間。肌で感じられるほどに濃密な魔力が渦巻き、ただ呼吸するだけでも体に魔力が満ちていく。

 この場所を専有するのは、第一迷宮の頂点に座す魔物だ。


「あいつが門番(キーパー)か」


 きらきらと輝く水晶の空間に、純黒色の巨人が立っていた。

 全身がつるりと艶めく黒曜石で形作られた、身の丈四メートルほどの巨大な岩人形。他の魔物とは一線を画する非生物的なシルエットは、どう見ても地上世界には存在しない生き物の魔物だ。


 どこかで異界と繋がっているらしい迷宮には、時折この世界に存在しない生物が流れ着く。あの純黒の巨人もその類だ。

 迷宮に流れ着いた別世界の魔物。それらの異形たちは、通常の迷宮種とは別に幻想種と呼ばれていた。


 幻想種の力は個体によって様々だが、総じて奴らにはこの世界の常識が通じない。あの巨人がどのように活動をしているかなんて、誰にもわからなかった。


「幻想種、『阻む者』シプロ。あの黒曜石の体は並の刃を寄せ付けず、凄まじい質量で叩き潰してくる。見ての通り化物だよ」

「へえ。それは殴りがいがありそうだ」

「言うじゃん」


 幻想種を前にして、そう言ってのけるのは頼もしい。

 あれを無視して先に進めるのならそれが一番楽なのだが、門番は縄張り意識が極めて強い。隠れて通り抜けるにはかなりの熟練が求められ、押し通るにしても奴の追撃を振り切らなければならない。そのどちらも、今の私たちには難しい選択だ。


「言うまでもないけど、正面から戦って倒すよ。それが出来ないなら第二迷宮にはたどり着けない」


 門番がいるこの領域には並の魔物は踏み込まない。ここなら邪魔を気にすることなく戦える。不測事態が多い迷宮内ではこれ以上ないほどの好条件だ。


「作戦はあるか?」


 そう問われて考える。以前、狼型の結晶獣に対して実行した戦法は通じないだろう。あの純黒の巨人に内臓はなく、そもそも口も見当たらない。体内に大量の土を流し込んで内臓を破裂させるのは不可能だ。

 立ちはだかるのはやはり頑強な防御力。今度こそ小細工は許されない。私たちには、あの堅牢な守りを貫くだけの力が求められている。

 だけどあの時とは違う。今の私には切り札があった。


「《魔神の瞳》を使うよ。《瞳》の魔力を籠めた念動力なら、あの守りを貫けるのは実証済みだ」

「あー。やめとけ、それ」

「へ?」


 ストップが入ってしまった。なんでだ。


「お前、あれ使った後意識失ってただろ。負担がデカすぎる。ここぞって時まで温存しとけ」

「いやまあ、それはそうだけど……。ここぞって、今じゃない?」

「今じゃない。あんまり危なっかしいもんぽんぽん使うな。あいつを倒せば終わりってわけじゃないんだぞ」


 ド正論であった。確かに迷宮内で気を失ってしまったら、後のことはアルタに任せっきりになってしまう。リスキーであることは事実だ。


「でも、これ使わないと攻撃力が足りないよ。他にあの黒曜石の体をぶっ壊す方法なんてあるの?」

「そこは俺に任せとけ」


 アルタは自信がありそうだ。何か考えがあるのだろうか。


「俺の奥の手、見せてやる」

「はあ……。どうするの?」

「説明するより見た方が早い。特別だぞ。俺だってあんまりやりたくないんだからな」


 やりたくないとかなんとか言いつつ、アルタの顔はわくわくしていた。そんなに奥の手とやらに自信があるのだろうか。

 仔細は教えてもらえなかったけれど、こいつがそう言うならなんとかなるのだろう。アルタは時々突飛なことをやらかす生き物だが、こと戦いにおいてこの男の選択は信用できる。


「じゃあいつもと同じパターンでいい? 僕があいつの隙作るから、そっからはアルタに任せるよ」

「それで行こう。今回は俺が先手を取る」

「あいあい」


 アルタは先んじて『阻む者』シプロへと歩み寄る。第一迷宮で最強の魔物に向かう足取りに迷いはない。


「なあルーク。これはただの趣味なんだが」


 巨人の目前に立ち、拳を固める。化物を前にして剣すらも抜かずに、アルタは気楽に言ってみせた。


「真正面から殴り合うのも好きだぜ、俺」

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