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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-12 だって、お姉ちゃんだから。

 その後、初心者二人組は来た道を引き返していった。

 ドラクセルは最後まで抵抗していたが、ムギに説得されて渋々納得したようだ。アルタに散々悪態をつきながらも、大人しく帰路についてくれた。


「あの子たち、ちゃんと帰れるかな。危ない目に遭ってないといいんだけど」

「あれだけ噛み付く元気があるんだ。大丈夫だろ」

「……だと、いいけど」


 彼らのことは心配だったが、私たちはそれ以上に先を急いでいた。浅層の黒鉄の洞穴を突破し、今は中層の地底湖を最短ルートで進んでいる真っ只中だ。

 目的地は第二迷宮。私たちはこれから、第一迷宮を踏破して最奥に待ち受ける門番(キーパー)を討伐し、第二迷宮への扉を開かなければならない。


「アルタ。湖、一気に飛び越えるよ」


 巨大な地底湖を前にして、私は念動力(サイシス)魔手(ハンド)を発動する。念動力は動力を直接操る魔法だ。右手から伸ばした魔力の手で、アルタの体を持ち上げた。


「投げるから、着地して」

「派手なことやるじゃん」


 性急であることは自覚している。だけど、今は慎重さよりも速さのほうが優先だ。

 結構な勢いで投げ飛ばしたが、アルタは空中でくるんと体を回し、壁に足をつけて着地した。大した運動神経だ。


 そのまま魔力の手で近くの岩を掴み、自分の体を引っ張るように向こう岸まで投げ飛ばす。着地も念動力で勢いを殺した。これで大幅なショートカットだ。


「とりあえず、近くに敵はいないっぽいぞ」

「急ぐよ。ここからなら深層まですぐだ」


 もう少し進めば深層の水晶洞窟の入り口が見えてくる。第一迷宮はここからが本番だ。中層なんかで手間取っている暇はない。


「なあ、ルーク」


 先を急ごうとする私の肩を、アルタが掴んだ。


「お前らしくないぞ。何をそんなに慌ててるんだ」

「そりゃ急ぐよ。時間がないんだ」

「急ぐのはいいけど落ち着け。慎重に進めるのがお前のやり方だろ」


 それはそうだ。こんな風に突発的な迷宮攻略なんて私のやり方じゃない。だけど今は、一分一秒が惜しいのだ。


「焦ってるのはわかってる。でも、今は先を急がせて。どうするかは進みながら考えよう」

「だから落ち着けよ。こっから先は深層だぞ。他事考えながら探索できるような場所か?」


 ……ああ、そうだ。こいつの言っていることは正しい。

 深層どころか中層だって、本来ならこんな風に油断できる場所ではないはずだ。正論を浴びせられて、私は口をつぐんだ。


「何があったんだ。聞かせろよ」


 アルタは両手剣を抜き、前を歩き始めた。

 先導と警戒を変わってくれるつもりらしい。その間に気持ちを落ち着かせろと。普段は油断と慢心の塊のくせに、どうしてこういう時だけは妙に敏いんだ。


 彼の後ろをついて歩きながら、私はあらためてムギから聞いた内容をアルタに話した。それから、あの少年には言わなかったことも。


「あの子たちが来たって言ってたフーリエ村。あそこ、僕の故郷なんだ」


 フーリエ村。そこは、私が生まれ育った場所であり、二年前に追い出された場所だ。


「故郷ではあるけどあんまりいい思い出はないよ。いつだって生活は苦しかったし、冷害が起きた二年前には捨てられもした。正直、帰りたい場所だとはあんまり思えない。滅んでほしいとまでは思わないけど……。関わりたくないっていうのが、本心かも」


 好きか嫌いかで言えば嫌いなのだろう。だけど、それだけですっぱりと割り切れてしまえるようなものではない。あの村の誰かが苦境に立たされているのなら、同郷ではなく人として手を貸したいと思う気持ちはある。

 それでも、それだけならこんな危ない橋を渡ったりはしない。あの少年たちにお金を貸すというのが、私ができる範囲での協力だ。


 だけど、それではミナは間に合わないかもしれないのだ。


「でも……。ムギくんが言ってたミナって子、僕の妹なんだよ」


 あの村についてはできる範囲で協力したいと思う。裏を返せばそこまでだ。自分にできないことをしてまで、協力しようとは思えない。

 でも、ミナは。あの子だけは、私にとって特別なものだった。


「ミナはさ、生まれつき魔力欠乏症っていう病気を持ってたんだ。体内に蓄えられるはずの魔力が、穴の空いたバケツみたいに抜け落ちてしまう病気。そのせいであの子はいつだって体が弱かった」


 魔力という万能で柔軟なエネルギーは、なにも私たち探索者や魔物たちの専売特許ではない。地上にだって魔力はあるし、生き物は少なからずそこからエネルギーを得ている。

 だけどミナは、生まれつき魔力を蓄えることができない体質だった。魔力の恩恵を受けられないあの子は体が弱く、頻繁に体調を崩してしまっていた。


「季節の変わり目には毎度のように体調を崩すし、風邪なんかかかろうものなら死にそうなくらいに寝込むんだよ。あの子、放っておいたら絶対死ぬ。断言できる。数日も待ってられない」


 こうして言葉にすると、焦っていた気持ちは冷えて固まり意思になる。結局のところ、私が急いでいたのはそれが理由だ。


「アルタ。僕、ミナだけは死なせたくない」

「そうか。大事にしてるんだな」

「うん。だって、妹だから」


 ミナのためなら、いくらだって危ない橋を渡ってやろうじゃないか。だってあの子は私の妹で、私はミナの姉だから。

 命を懸けるのに、それ以上の理由はない。


「まあ、ちょっとわかるな。妹みたいなやつがいたらほっとけなくなる気持ちは」

「アルタにも妹がいるの?」

「きひひ。内緒だ」


 じゃあ、頑張るかとアルタは肩を回す。なんだか楽しそうだった。なんでだ。

 気持ちも落ち着いたので、アルタに代わって私が前に出る。集中しろ。ここはもう第一迷宮深層・水晶洞窟。ついこの間も死にかけた危険地帯だ。油断なんてできるはずがない。


「最短ルート突っ切ろうぜ。急ぐんだろ」


 そんなことを思っていたら、アルタは真逆の提案をくれた。


「いいけど、危ないよ?」

「なんとかしてやる。任せとけ。俺、結構やる気あるぜ」

「そう言うなら断らないけど。僕もそういう気分だし」


 集中を切らさない程度に先を急ごう。多少のリスクはこの際覚悟の上だ。

 突発の上にろくな準備もしていないけれど、《魔神の瞳》があればなんとかなるだろう。それにアルタだっているじゃないか。勝算は十分にある。

 目的地は第二迷宮。奈落の底の、その先だ。

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