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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-11 ようこそ迷宮へ。君は過去から逃げられない。

「ルークさん。上手いっすね」

「短剣投げただけだけど」

「なんていうか、慣れてるじゃないすか」


 そりゃ確かに慣れてはいる。けれど、浅層の魔物一匹仕留めたくらいで褒められるのもなんだかなぁと思ってしまうのだ。


「それで、言いたいことなんだけど。君たち、もう引き際踏み越えてるってことわかってる?」

「それは……。そうなんすけど」


 意外な反応だ。引き際を見誤っているものと思っていたけれど、彼はあっさりと認めた。


「数十分前に引き返したほうがいいって言ったんすよね。でも、ドラのアホが聞いてくれなくて」

「数十分前って言うと、具体的にどのあたり?」

「黒いサソリみたいな魔物を倒した後です。あそこで俺が刺されて最後の毒消しを使っちゃったので、これ以上は難しいと判断してました」


 ムギ少年は状況が見えていたようだ。なるほど、この状況はドラクセルくんの暴走か。この子がちゃんとストッパーとして機能していれば、こうはならなかったのかもしれない。


「二つ教えてあげる。あのサソリ、黒鉄サソリって言うんだけど、あの種が持っているのは軽度の麻痺毒だ。刺されても戦闘中に体が少し動きづらくなるくらい。傷口を水で洗えばすぐに体から抜けるから、緊急時でないなら貴重な薬品を使わなくても大丈夫」

「ああ、そうなんすね……。ありがとうございます」

「それと。最後の薬を使った後で帰ることを考えているんじゃもう遅い。もし帰り道に有毒の魔物が出たら、君ら、本当に死ぬよ」

「……すみません」


 知識不足と経験不足から来る、生死に直結する判断ミス。私も偉そうに語っているが、つい先日似たようなミスで死にかけたばかりである。あまり人様のことは言えなかったりする。


「探索者ギルドが発行している、迷宮案内書って本に基本的な情報は書かれてるから。帰ったら暗記するつもりで隅から隅まで読んでみるといいかもね」

「わかりました。でも」


 ムギくんは言いづらそうに目を伏せ、バチバチに睨み合っているアルタとドラクセルの方をみやった。


「あいつは帰りませんよ」


 少年は顔を上げてはっきりと言った。


「ドラクセルは何が何でも第二迷宮に行こうとします。だったら俺も、あいつを置いて帰るわけにはいかない」

「不可能だ。初心者が初日に行けるような場所じゃない」

「それでも、諦めるようなやつじゃないんすよ」

「事情があるなら聞くけど」


 何かワケありのようだ。こんなにボロボロになってでも、迷宮の奥を目指さないといけないワケが。

 面倒事の予感はしたが、聞かないわけにはいかなかった。


「俺とドラクセルは元々この辺の農村に住んでいました。フーリエという名の、貧しい村です」

「フーリエ……? 君たち、フーリエの人なの……?」

「ご存知ですか?」

「まあ……。ちょっと、ね」


 その名前が出てきたことに、驚かなかったと言えば嘘になる。

 フーリエ村。それは私の故郷であり、二年前に私を捨てた村の名であった。

 驚きはしたが顔には出さないように意識する。あの村は私とはもう関係のない場所だ。彼らが同郷だからって、私には何の意味もない。


「村に置いてきた友人が病気で寝込んでしまったんです。昔から体が弱くてよく寝込むやつなんすけど、今回は様子がおかしいんですよ」

「普通の薬じゃどうにもならないくらいに?」

「はい。それで、迷宮産の素材が必要になりました」


 ああ、なるほど。それが第二迷宮を目指す理由か。

 迷宮内で採れる素材は地上の物よりも多量の魔力を宿しており、一概して効能が高い。難しい病気を治すために迷宮の素材を求めるというのは、よくある話だ。


 しかし、残念ながら第一迷宮は光の差し込まない洞窟だ。大した薬効のある素材はない。薬として使える素材を求めるならば第二迷宮まで行かなければならない。


「君たちに第二迷宮は無理だ。あそこに行くなら、最低でも数年の経験は積まなきゃいけない。初めての探索者が行ける可能性は、万に一つもない」


 どんな事情があろうとも現実は現実だ。彼らが無理やり奥に進んだところで、どうにかなるようなものではない。だけど、アドバイスできることはあった。


「君たちは探索者になるのではなく、依頼を出すべきだった。採取依頼を出せば、腕利きの探索者が君たちの代わりに素材を採ってきてくれる。こんな風に命がけの探索をする必要なんてない」

「やろうとしました。でも……」


 ムギ少年は顔を落とす。その顔で、何を言おうとしたかはわかってしまった。

 お金がないのだ。

 フーリエ村は貧しい寒村だ。二年前に口減らしに捨てられた身としては、あの村がどれほど困窮しているのか嫌というほど知っている。依頼を出すようなお金なんて、簡単に出せるわけがない。


「いくら足りなかったの?」

「……金貨で、二枚。最低でもそれだけはないと依頼は出せないと、受付の人に止められました」

「貸してあげる。だからもう今日は帰りな」


 同郷だからではない。後輩だから。後輩のためなら、それくらいはしてあげられる。

 この件はそれで片付く話だ。今日のところは一度引き返して依頼を出せばいい。明日明後日というわけにはいかないが、数日も待てばお目当ての素材は手に入るはずだ。


「すみません……。ありがとうございます」

「いいって。ちなみにさ、それってどういう素材なの? ひょっとしたら僕が持ってるかも」

「煙仙樹の枝、というものですけど」

「……うん?」


 その素材は知っている。火に焚べることで、枝の中に蓄えられた多量の魔力が煙と共に流れ出る枝だ。

 ただ、その樹自体に薬効が含まれているというわけではない。魔力がいっぱい含まれているだけの、どちらかと言うと魔法使いにとって嬉しい素材。病人に与えるなんて話はあまり聞かなかった。


「えっと、その寝込んでる子ってどういう病気なの?」

「詳しいことはわかんないっすけど……。なんか、体内の魔力が急速になくなる病気らしいです」

「魔力……欠乏症……」


 閃きがあった。悪寒にも似た閃きが。

 フーリエ村。体が弱くてよく寝込む友人。魔力が欠け落ちる病。それらのワードのひとつひとつが、頭の中で繋がっていく。

 この言葉の並びには心当たりがある。とてつもなく嫌な予感がした。


「その子の……名前を、教えてもらえる……?」

「ミナ、ですけど。名前がどうかしましたか?」


 ――ああ。そう。そうか。そうなってしまうのか。

 その名前は知っている。知らないわけがない。忘れられるわけがない。無視できるわけがない。

 フーリエ村の出身と聞いたときから嫌な予感はしていた。だけど、私の過去はよりにもよってこんな形で追いかけてくるのか。ふざけるなと叫びたかった。


 だって、ミナは。ミナ・マロウズは。

 私が村においてきた、たった一人の妹なのだから。


「やっぱ、やめた」


 そういうことなら話は変わる。依頼なんていう悠長な手段は取れない。ミナがどれほど体が弱いかなんて、私は嫌というほど知っている。

 あの子が生まれつき持っていた魔力欠乏症という病は、ほんの数日の内にミナの体力を奪い去るだろう。そんな様子がありありと目に浮かんだ。


「君たちはここで帰れ。ここまで来た道をそのまま戻れば、魔物ともそんなに遭遇することなく引き返せるはずだ。わかってると思うけど、消耗した状態での交戦は可能な限り避けるように」

「えっと……。どういう、ことっすか?」

「悪いけど、僕たちは一緒にいてあげられない。地上に戻ったらギルドで待ってて。遅くなると思うけど、必ず今日中に煙仙樹の枝を持っていく」


 頭の片隅で、冷静な私がそれでいいのかと問い続けている。だけど、こうするしかないのだ。間に合わない覚悟を飲み込むように、私は決断した。


「君たちの依頼、僕が受けるよ」

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