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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-10 先輩が優しく教えてくれるアットホームな地獄

 初心者二人組の初探索はいよいよ佳境を迎えていた。と、言ってしまうのは皮肉かもしれない。

 佳境なんて迎えてどうするんだ。探索者の迷宮探索なんて、余裕があるうちにさっさと引き返すに越したことはない。ボロボロになりながら奥へ奥へと突き進むような真似は、決して褒められたことではないのだ。


 しかし彼らは引き際を見誤った。繰り返しの戦闘であちこち生傷を作り、装備もすっかりボロボロになってしまっているのに、帰ろうと考えている様子はまるでない。


「まだ行けるって思ってるのかな」

「まあ、あの様子だともうちょい行けそうだよなー」

「お前もそっち側か」


 まだ行けるはもう危ないって言葉、聞いたことないのだろうか。ないのだろうな。この男の手綱はしっかり握っておかねばと、私はあらためて思いなおした。


「アルタ、そろそろ止めるよ。これ以上放っておくと不慮の事故で本当に死にかねない」

「あいよ」


 隠密歩法を解いて足を速める。気配を気にすることなく歩みを進めると、彼らにはすぐ追いついた。


「こんにちはー」


 ある程度近づいたところで声をかける。それで気がついたのか、彼らは弾かれるように振り向いて私に剣を向けた。


「待って、同業者。敵じゃない。落ち着いて。オーケー?」

「……なんだよ、人間かよ」

「驚かせてごめんね。ちょっと声かけてみました」


 二人は安堵の息をついて、剣を下ろす。警戒心がたくましいのは結構だけど、あれだけわかりやすい足音を立てていたのに、声をかけられるまで気が付かないのはいかがなものか。


「自己紹介からしようか。僕はルーク、探索者としては三年目。君は?」

「ドラクセル。探索者としては……。あー、それなり、だけど」

「本当に?」

「なんだよ。文句あるのかよ」


 なーにがそれなりだ、思いっきり嘘つきやがって。思わず笑ってしまうと、ドラクセルと名乗った彼は気分を害したようだった。


「君たち、今日が初探索でしょ」

「そんなわけないだろ。なんなんだよ、お前」

「悪く思わないでほしいんだけど、ギルドからの依頼で君たちの後ろをつけさせてもらいました。初探索の時には先輩がこっそりついていく慣習があるんだよ」


 ドラクセルは舌打ちを響かせた。気に入らなかったらしい。

 赤い短髪をツンケンと尖らせた彼は、見た目通りに態度が悪い。口も悪いし目つきも悪い。身長こそ私よりは高いが、この跳ねっ返りっぷりはどう見ても年下だ。故郷の村にもこんな悪ガキがいたっけと、私は昔を懐かしんだ。


「……お前が先輩? そうは見えねえけどな」

「ドラ。それはやめとけ」

「よく見ろムギ。こんな小さいやつが先輩だって本気で思ってんのか?」


 ドラクセル少年は仲間からの忠言も聞こうとしない。私、舐められているらしい。それも背が低いせいで。地味に凹んだ。


「ルーク。チビって言われてるぞ」

「聞こえてるよ。黙ってろ馬鹿野郎」

「ちなみに俺の身長は百八十二だ」

「今それ言う必要ある? ねえ? なんなの?」


 後で覚えとけよこの野郎……。

 隣のデカ馬鹿金髪は放っておくとして、今は目の前の跳ねっ返りだ。どうも彼は私の言葉を聞いてくれそうにない。アルタの言葉だったら聞くのかもしれない。背、高いし。


「あのね。そうは見えないかもだけど、これでも本当に先輩。迷宮についての知識も君たちよりは豊富にある。もう一つ付け加えるなら、君たちに忠告をしに来た」

「んなこと頼んでねえぞ。余計なお世話だ」


 聞いてくれそうになかった。良くも悪くも実力主義な探索者には、実力を確かめるまでは相手を認めない手合なんてものも珍しくない。実力というものに悩み続けた私としては、できればお近づきになりたくない人種である。

 だけど今回の場合はそうも言っていられない。ご理解いただくしかないのだ。


「おい、ガキ」


 どうしたものかと考えていると、アルタが前に出た。


「生きて帰りたいなら話聞け」

「なんだよ、口出ししてんじゃねえよ。お前には関係ないだろ」

「このままだと死ぬから声かけてやってんだ。死にたいってなら勝手にしろ」

「はあ!? 誰が死ぬって!?」


 めちゃくちゃだった。喧嘩になりそうだ。どうするんだこれ。

 どうしたものかと考える。探索者同士の揉め事かぁ。まあ、日常茶飯事と言えばそこまでなのだけど。


「……ま、別にいっか」


 どうせアルタだし。あいつなら上手いことやるでしょ、たぶん。

 うるさい彼とアルタがやりあっている間に、私はもう一人の方から攻め落とすことにした。念の為に、短剣を抜いておく。


「えーと、ムギくん、だっけ? 話の続きしてもいいかな」

「大丈夫っすよ。すみません、うちの馬鹿がご迷惑をおかけしてます」

「いやまあ、それはお互い様だから」


 苦笑が交わされる。苦労しているらしい。なんというか、嫌な感じの親近感が湧いてしまった。

 向こうの彼はいかにもと言った感じにツンケンしているが、こっちの方は随分と落ち着いている。一見して地味な黒髪の少年だ。どこかぼんやりとした雰囲気で、何を考えているかいまいちわからない。こうして話している間も、私を見ているようで見ていないような。


 ああ、いや、違う。これは周囲を警戒しているのか。


「ムギくん。索敵の基本は目よりも耳だ。魔物が立てる音は人間の音よりも低く鈍い。慣れれば無意識が拾ってくれるようになる」

「……こうっすか?」

「目を閉じればいいってものじゃない」


 ムギくんの動きが静止する。自分の体が立てる音を殺し、周囲に意識を集中させる基本技術だ。察しのいい子だ。そうすればいいということを、彼は言われるまでもなく理解していた。


 ムギは弾かれたように振り向いた。アルタとドラクセルが言い争いをしているその向こうに、音を聞きつけて忍び寄る魔物がいた。


「よくできました」


 私はにこりと微笑んだ。やはりこの子、才能がある。しっかりと技術を学べば良い探索者になるだろう。

 手元で用意していた短剣をひょいっと放り投げる。アルタとドラクセルの間を抜けていった短剣は、魔物の喉元に突き刺さり、一撃で命を刈り取った。

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