2-8 あの頃の僕らは生きるために必死だった
おっかなびっくりではあるが、初心者二人組は迷宮という環境に懸命に適応しつつあった。
周囲に警戒を向けて魔物の奇襲を察知する。戦闘中は立ち位置が被らないように動く。一人が敵の注意をひきつけ、もう一人が死角から攻撃して敵の気を散らす。相手が複数いる時は互いが互いの隙をフォローする。そういった基本的な立ち回りも、少しずつできるようになっていた。
「優秀な新人だ。初めての探索なんて、生きて帰ってこれるだけでも上出来なのに」
初めてなりに上手くいかないことはあれど、彼らはきちんと探索を進められていた。
才能があると言っていいだろう。彼らは探索者に向いている。きっと、それなりの覚悟があって探索者になったのだろう。
探索者は命一つあれば誰でもなれて、しかも稼げる職業だ。どうしようもなくなった社会の落伍者が探索者に身を落とす、なんていう表現はあながち間違ってはいない。
そんな風に覚悟もなく探索者になった人ほど、こっぴどく迷宮の洗礼を受けることになる。かくいう私も、そうして迷宮の洗礼を受けた一人だ。
「アルタはさ、初めて迷宮に潜った日のこと覚えてる?」
初心者たちを見守るかたわらで、そんなことを聞いてみた。
「あー……。思い出したくもねえな。ぼっこぼこにされた覚えしかねえわ」
「そうなの?」
「六年くらい前だったかな。俺、ボロボロの剣一本だけ担いで、一人で迷宮に潜ったんだよ。剣術はちょっとだけかじってたけど、魔物相手じゃほとんど通用しなかった。剣が折れるまで戦って、剣が折れたらぶん殴って、拳が潰れたらかじりついて。全身血まみれになって、意識朦朧としながらなんとか帰った」
「うっわあ……。よく生きてたね、それ……」
稀に聞く凄絶な初探索だった。こいつ、六年前からそんな無茶な探索をしていたのか。それで生きている方が不思議だった。
「お前はどうだった?」
「僕はパーティで潜ったから。でも、散々だったよ」
思い出したくもない、というのは同感だ。私の初探索だって決して褒められたものではない。
「戦うってことも、剣を持ったことも初めてだった。いざ敵を目の前にすると、頭の中が真っ白になってどうしていいかわからなくなっちゃって。仲間に励まされながら、なんとかって感じ」
しかも、そんな状態に陥ったのは私だけではなかった。パーティ内に場馴れした人がいたから指揮崩壊こそ免れたが、そうでなければ私はあそこで死んでいたかもしれない。
「覚悟が間に合ってなかったんだよね……。あの頃は僕、村から追い出されたばかりで、お金を稼ぐために探索者になるしかなかったから。迷宮ってものがどういう場所かもよくわかってなかった」
「お前、村から追い出されたのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
そう言えば詳しいことは言ってなかった気がする。特に隠したいことではないので、話の種にすることにした。
「僕、元々ここから少し離れたところにある農村に住んでたんだけど、ある年こっぴどい冷害が起きてさ。あの頃の僕はまだ小さかったんだけど、誰かが口減らしのために捨てられるんだってことはなんとなくわかってた」
それはまだ私が十二歳だった頃の話だ。あの頃はまだ、自分が探索者になるなんてこと考えてもいなかった。
「僕、妹がいたんだよ。畑仕事もできないくらいに、体が弱くて病弱な妹が」
私は小さいなりに何が起きているかを理解しようとしていた。だから、誰が捨てられようとしているのか、わかってしまったのだ。
「だから、僕が出ていくって言っちゃった。村から出ても、僕なら探索者としてやっていけるからって思って。探索者が何なのかなんてまったく知りもしなかったのにね」
「……そうか」
それから素性を偽って探索者になり、前のパーティの仲間たちと出会って本格的に探索者稼業を始めた。なんだかんだと生き残って二年が経ち、探索者三年目の今に至る。それが私の来歴だ。
「妹思いなんだな」
「これでも僕、お姉ちゃんだから」
「お姉ちゃん?」
「あ、いや、違う。お兄ちゃんだった。気にしないで」
おっと、危ない危ない。油断していた。そこは隠しているところなのだ。
男装を始めたのは探索者になるためだったが、今更十六歳の少女に戻るつもりはない。迷宮都市ガレナリアはならず者にほど近い探索者が集まる、治安の悪い街だ。こんな街を身寄りのない十六歳の少女としてうろつけば、何が起きるかなんてのは考えるまでもなかった。
「それよりさ、アルタの方はなんで探索者になったの?」
「あー……。俺、か」
「言いづらいなら無理には聞かないよ」
聞くなら良いタイミングだと思った。素性を聞くのはマナー違反だけど、この男の来歴が気になっているのも事実だ。
「いや、言ってもいいが。あんまり聞いて楽しい話じゃないぞ?」
「僕よりも?」
「……おんなじくらいかもなぁ」
「それは期待ができそうだ」
私はくすりと微笑む。アルタは頭をかいて話しはじめた。
「俺、祖国だと犯罪者なんだわ」
彼が呟いた言葉は、私の予想を上回った。




