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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-7 後方腕組先輩面

「勝手に受けちゃってごめんね。面倒だったら、僕一人でもいいよ」

「いーやついていくね。俺だって隠密歩法の練習したい気分だったんだ」

「そう。そう言ってくれるなら嬉しいけど」


 私とアルタは第一迷宮浅層・黒鉄の洞穴で、件の初心者たちの後をこっそりつけていた。

 正式にパーティを結成しての初仕事で思いっきり寄り道になってしまったが、これも探索者としての大事な仕事だ。どうせ迷宮攻略も遺宝発見も一日二日で達成できるようなものではないし、今日は今日の仕事に専念しよう。


 初心者二人組の探索は、それは見ていて微笑ましいものだった。片方は常に剣を構えて殺気立ち、もう片方はぼんやりと気楽に歩いている。過剰警戒と楽観視。どちらも褒められたものではない。


 索敵だって十分にできているとは言い難い。多少心得がある私の隠密どころか、アルタの初心者同然の隠密歩法にすら気づかないのだ。


「足を下ろす時は爪先じゃなくて踵からのほうがいいよ。体重を衝撃に変換しないように意識してみて。でもあんまり時間をかけすぎると遅くなる。大股すぎても、小股すぎてもよくない」

「なんか……。難しいな」

「アルタは重装だからある程度は仕方ないところあるけどね。足音小さくなってるから、効果は出てるよ」


 アルタにレクチャーしつつ、私は視覚と聴覚で索敵をしていた。斥候職は常にこの歩法をしながら、敵の気配を探らなければならない。慣れた浅層なら雑談する余裕もあるけれど、ここが深層だったら私も集中する必要があるだろう。


「ねえ、あれ。見える?」

「なんだ?」

「あの子たちの進行方向の右奥。壁に張り付いてるやつ」


 よくよく見ると、大岩トカゲの迷宮種が洞穴の壁に張り付いている。原種となる大岩トカゲは全長十数センチほどのトカゲだが、迷宮種ともなると子どもほどの大きさになる。

 とは言え、迷宮浅層の中では比較的与し易い相手だ。動きもそこまで早くなく、直接攻撃以外の絡め手も持たない。《瞳》を手にする前の私でも、わりと容易に倒せていた相手だ。


「ああ、トカゲか。一匹だし大丈夫じゃね?」

「だといいけど」


 初心者二人は壁に潜む大岩トカゲに気が付かず、結局奇襲を受けてしまった。壁から飛びかかるトカゲの爪を受け、一人が負傷。反応したもう一人がすぐに斬りかかるも、踏み込みが足りず浅い斬撃となってしまった。


「まあ……。上出来、かな」

「そうか? 結構ヤバそうじゃね?」

「すぐに反撃できただけで初戦闘としては十分。何も出来ずに死んだっておかしくないんだから」


 初めての戦闘なんて、命のやり取りをする覚悟すら間に合っていないこともままある。襲われた時に恐怖や困惑などの感情が先に出てしまうなんてあまりにもよく聞く話だ。

 覚悟ができていようといなかろうと、ここは戦場だ。戸惑うよりも先に攻撃か回避か、戦闘行動を取らなければならない。それができているだけ、彼らは探索者として及第点である。


 その後、初心者たちは苦戦しながらも大岩トカゲと戦った。綺麗な連携とは言えず、太刀筋も無駄だらけであったが、二人の少年はなんとか魔物と渡り合っている。


「ま、死にはしなさそうだな」

「うん。よくできました」


 アルタは剣の柄から手を離し、私は編んでいた魔法を霧散させる。私たちの介入は必要なさそうだ。

 がむしゃらに振った剣がたまたま太い血管を切断し、ほどなくして大岩トカゲの体が動かなくなる。失血死。流れ出た血が迷宮の一角を汚染し、周囲は血臭が充満した。


「失血死かー。ああやって仕留めると、血臭がひどいんだよね」

「そうなのか?」

「そうだよ。あんまり匂いの出る殺し方しちゃうと、周りの魔物に気づかれちゃう。アルタだって知ってるでしょ?」

「いや、気にしたことなかったな」


 こいつ、知識だけは初心者と同レベルだな……。

 血臭の対処方法は、そもそも匂いを出さずに綺麗に仕留めることが一番だ。脊髄や心臓や脳など、生物的な急所を少ない外傷で破壊することを心がけるだけで大分変わる。火魔法(フラム)なんかも焼けたタンパク質の匂いが出るので、本当は避けたほうがいい。


 もしも血臭を出してしまった場合、速やかにその場から離れたほうが賢明だ。魔法が使えるなら他の対処方法もあるが、見たところ魔法を使う様子もない。それどころか、二人は荒い息を吐いてその場に座り込んでしまった。


「気が抜けちゃったかぁ」


 彼らにとっては初めての命のやり取りだ。余韻に浸りたくなるのはわかるけれど、迷宮内ではいついかなる時も気を抜いてはいけない。彼らがそうしている間にも、私の索敵はこの場所に向かってくる魔物の姿を捉えていた。


「ルーク。手助けしてやろうぜ」

「そうだね。ちょっとくらいは、いっか」


 あんまり手助けしてしまうのも彼らのためにならないが、あの初心者たちは初戦を死なずにくぐり抜けたのだ。少しくらいの手助けをしてもいいだろう。

 風魔法(エオーラ)を使って、彼らの周囲に充満する血臭をこちら側に引き寄せる。ほどなくして、血臭に反応して飛んできていた複数の暗闇コウモリが私たちの前に姿を現した。


「アルタ」

「ほいよ」


 飛んできたそれらを、アルタは一刀で斬り伏せた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私も投稿しているのですがやっぱり佐藤悪糖さんはすごいです‼
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