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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-5 幸せになりますように

 アルタの左半身には、相変わらず黒い痣が黒龍のようにのたくっている。それに背中側から手を触れると、ぞくりと何か悪寒めいたものを覚えた。

 やはり、これは悍ましいものだ。


「どうだ、何かわかるか」

「ちょっと待って。使ってみる」


 深呼吸を一つ。覚悟を決めて、《魔神の瞳》を解放する。

 初めて安全な状況で発動する《瞳》だ。迷宮内とは違って、焦って使う必要はない。一気に全開放するのではなく、少しずつ慎重にスイッチを入れていった。


「くっ……」


 瞳に火が灯ったような熱さを感じる。髪が徐々に赤みを帯び、《瞳》から魔力が溢れ出した。おそらく私の目も光っていることだろう。

 私の奥底から大きな筺が浮かび上がる。以前発動した時よりはゆっくりだが、それでも私の精神に大きな負担がかかる。私というちっぽけな存在では、百年かかっても処理しきれないような凄まじい重圧。しかし、本番はこれからだ。


 筺の鍵が開き、中から知識の暴風雨が溢れ出す。脳内に荒れ狂うのは決して知ってはならない禁断の知識たち。もう二度は味わったこの感覚だが、慣れられるようなものではない。何かのはずみに知ってはならないものを知ってしまえば、きっと私は壊れてしまう。


 荒れ狂う知識の嵐に、恐る恐る手を伸ばす。

 求めているものは、呪いを解く術。アルタが持つ凶運の呪いを解呪する方法だ。


 ――ちょっと、待って。


 脳裏に魔神の言葉が聞こえる。すると、暴風雨の速度が急速に上がった。


「ぃあ……っ!」


 突然に脳内の負荷が跳ね上がり、私は悲鳴を上げた。その間もありとあらゆる知識が私の脳内を駆け巡り、意思とは無関係に脳は大量の知識を参照する。凄まじい頭痛がする。脳内の血管がぶちぶち千切れていく。悪寒が止まらない。


 ――やめといたほうがいい。これで我慢して。


 魔神の声とともに、知識の暴風雨が筺の中に戻っていく。私の手の中には、一つの知識だけが残っていた。


「い……っつぁ……」


 頭を抑えてふらふらと座り込む。立っているのもしんどかった。《瞳》を閉じて深呼吸を繰り返す。

 《瞳》を使ったことは何度かあったが、今までで一番重たい反動だ。この一瞬で、限界まで脳を酷使したような疲労感。今だけは何も考えたくない。


「おい、大丈夫か」

「……むり」

「寝てろ。水取ってくる」


 言葉に甘えて、アルタのベッドに身体を投げ出した。考えることをやめると、加熱しきった脳が少しずつ落ち着きを取り戻す。

 アルタが持ってきてくれた水を飲む。深呼吸を二つ。それでようやく何かを考える余裕も出てきた。


「あー……。ごめん、これさ。結構負担が大きくて……」

「無理するな。呪いのことはまた今度でいい。送ってく、今日はもう帰れ」

「いや、大丈夫。もう落ち着いてきた」


 《瞳》は確かに負担が大きいが、そう何度も気絶するような私ではない。消耗していた迷宮内とは違い、今は体調も万全だ。落ち着いてきたところで身体を起こし、私は改めてアルタの呪いに触れた。


「えっと……。アルタ、その。結論なんだけど、無理だった」

「無理? どういうことだ?」

「その呪い、《魔神の瞳》でもどうにもならないんだと思う。もしくは、やり方があっても今の僕にはできないか。魔神はやめといたほうがいいって言ってた」

「魔神? そんなやつがいるのか?」

「うん。なんとなく、魔神って呼ばれていた誰かの声が聞こえる気がするんだ」


 《瞳》の本来の持ち主たる魔神。どこかの世界で生きていた、人間であり人間ではない誰か。そんな誰かは今、《瞳》の知識を私に案内してくれている。この声がなければ私は何が何かもわからないまま、危険な知識に手を出していたことだろう。


 どうしてそれがそんなことをしているのかはわからないし、そもそも魔神が今どういう状態になっているのかもわからない。わかるのは、時々声が聞こえてくることだけだ。


「ねえアルタ、その呪いってなんなの? 迷宮の遺宝(アンノウン)でも対処できないなんて、一体どんな呪い背負ってんの?」

「あー……。いや、まあ、できないならいいんだ。無理言って悪かった」

「教えてくれないんだ」

「お前は知らないほうがいい」


 そう言われてしまうと聞けなくなってしまう。アルタはそれ以上の質問を拒むように、服を着て痣を隠した。

 結局呪いを解くことはできず、アルタの謎がもう一つ増えただけだった。本当にこいつは一体なんなんだ。何に呪われて、何を警戒して、何を背負っているんだ。


「できないなんて、言ってない」


 相棒だなんだと言いつつも、アルタのことを何も知らないことが少しだけ悔しくて。

 私は《瞳》から受け取った知識を使った。


「――星光(サーラ)降星(シュート)


 それは、空に星を降らせるだけの魔法だ。夜空に流れ星が一筋流れ落ちる。魔法で生み出された架空の星は、窓枠の外にほんの一瞬だけ光を瞬かせて消えていった。


「それは?」

「幸せのおまじないが、いつでもできる魔法」

「そうか……。ありがとな」


 これはアルタの凶運を打ち消すようなものではないけれど。

 少しでも幸運があってほしいと祈りを籠めて、私はもう一度星を降らせた。

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