2-4 君ら本当に仲いいね(※途中までは真面目だった)
アルタの宿は街の外れにあった。ギリギリのところでボロ宿の評価を免れるような、一目で安宿と分かるような寂れた宿だ。すぐ側には、怪我や病気で戦えなくなった探索者が身を寄せ合うスラム街まである立地の悪さである。
「えっと……。アルタ。治安とか、大丈夫?」
「お前、そういうとこは心配するんだな」
「?」
アルタの苦笑の意味が理解できず、私は首を傾げた。
「治安は悪いが、そこがいいんだよ。多少騒いだってこの辺りじゃ大した問題にならない」
「騒ぐの? アルタが?」
「俺は騒ぎたいわけじゃないんだが、たまに迷惑な客が来るからな」
ふうん……? 迷惑な客が突然やってきて、騒ぎ散らして帰っていくのだろうか。ちょっと想像がつかなかった。
宿に入り、アルタは部屋の前に立つ。扉を開ける前に私にちらっと視線を寄せた。
「中に人が隠れてる気配とかするか?」
「え、ないけど。ここアルタの部屋なんだよね?」
「なら大丈夫だ。入っていいぞ」
「……?」
アルタは鍵を開けて部屋に入った。鍵をかけているなら、なんでそんなことを気にするんだ。そもそもどうして自分の部屋に警戒なんてしているのだろう。
アルタの部屋は一言で言って物がなかった。宿暮らしの探索者はたいした荷物を持たないことが多いが、アルタはそれに輪をかけて物がない。探索用の装備を除けば、大きめのザックが一つ置いてあるだけだ。
何かあれば、ザックを担いですぐにでも部屋に出られるような。そういったように見受けられた。
(アルタって……。何と戦ってるんだ……?)
部屋の中でこそ警戒を絶やさず、身の回りのものはきっちりと纏めてある。ここまで見れば嫌でも感づいてしまう。こいつは、何かに備えているのだと。
思えば私はアルタのことをよく知らない。こいつが呪いを解くために迷宮に潜っていることは聞いたが、素性についてはさっぱりだ。私も自分の素性を教えていないけれど、アルタが隠していることはきっと私よりも多い。
探索者は互いの素性を詮索しないという不文律があるが、さすがにこれは気になってしまう。聞いていいか悪いかで言えば、きっとダメなのだろう。しかし……。
「で、話ってなんなんだ?」
壁にもたれかけたアルタが言う。迷った末に、私は本題を優先することにした。
「前回の迷宮探索の話なんだけどさ。僕、あの銀水晶の小部屋で迷宮の遺宝を見つけたんだ」
「……マジ?」
「マジ。なんか壁に穴掘ったらでてきた」
遺宝が穴掘ったら出てくるような代物ではないことは知っているが、残念ながら事実である。あの小部屋の中で何かに見つめられたような気がして、その違和感を追っていった先に遺宝があったのだ。
「あの場は脱出を優先したくて黙ってた、ごめん」
「そんなことはいい。《万象回帰の王杖》か!?」
「ううん、それとは違うもの。出口で待っていたあの女は、《魔神の瞳》って呼んでた」
「《王杖》じゃないのか……。どういうものなんだ。説明してくれ」
「うん。と言っても、これなんだけど」
私は紅に変わった目を見せた。《魔神の瞳》は今、私の中にある。あれを手に入れて以来、私の目は遺宝の影響を受けて変質した。
この目が《魔神の瞳》そのものというわけではないが、《瞳》の力はここにある。《魔神の瞳》は私自身と同一化し、目を介してその力を引き出せるのだろうと解釈している。
なので、ひょっとすると私の目を引っこ抜いたところでどうにもならないのかもしれない。それに気がついたのは迷宮から脱出した後だ。
「この《瞳》にはどこかの世界で魔神と呼ばれた誰かの知識が詰め込まれてるんだ。ほとんどは危ないものだから気軽には使えないけど、解放すればこの世界にない魔法の知識が得られる。あと、莫大な魔力も」
「知識と魔力か……。なあ、それを使って俺の呪いを解けたりしないか?」
「うん。それを試そうと思ってた。だから……えっと。その、ですね」
呪いを解くにはまず、アルタの呪いを詳しく調べなければならない。そうするにはどうすればよいか。特に何も考えずにここまで来てしまったが、私はようやく自分が何をしようとしているのかを理解した。
「なんだ?」
「服を、脱いでもらえますでしょうか」
いや、その、あのですね。
今更かもしれないのですけれど、私、中々際どいことをやっているのではないかと思うんですよね。
こんな夜更けに知り合ったばかりの男の部屋に上がり込み、あまつさえ服を脱がそうとしている。言い訳するようであれだが、そういったつもりはまったくないのだ。私はただ、あくまでも仕事の話をしにきただけで。
「ルーク」
「……はい」
「帰れ」
今まで見たこともないほどの真顔だった。こんなに冷たい視線を浴びせられたのははじめてだ。思わず身がすくむ。
「ダメ、でしょうか」
「ダメだ」
「でもでも、呪いが解けるかもしれないんですよ!?」
なぜか敬語になる。なぜか必死だった。なぜだ。
しかし、この言葉はアルタにも効いたのか。頭を抱えてしばらく逡巡した彼は、特大のため息を吐き出して服に手をかける。
「お前、もっと色々気をつけろよな……」
返す言葉もなかった。いや、男同士っていう建前があるなら別にいいのでは? でも何か致命的に間違っている気がする。わからない。ルーチェ・マロウズは混乱している。
私の目はぐるぐるになっていたが、とにかくアルタは背中を向けて服を脱いだ。その時なぜか、私の中で大切なものが失われたような気がした。




