2-3 仲いいね(※細かいことには目をつむれば)
「そういうわけで、僕たちのパーティ名は不運組となりました」
「ふーん。いんじゃね?」
アルタの反応は淡白なものだった。別に気にしないタイプらしい。いろいろな意味で。
その日の夜、私とアルタはギルドの酒場で合流した。あの日めちゃめちゃ疲れていた私たちは連絡先の交換を忘れていたが、探索者なんて夜になれば酒場で酒を飲むものだと相場が決まっている。夜に酒場を訪れると、案の定この男もここにいた。
「ルーク、お前何食ってんだ」
「ジャムだけど」
「ジャムはそうやって食うもんなのか」
私は夕食代わりに、果実の砂糖漬けに苺ジャムをたっぷり乗せたものを食べていた。飲み物は牛乳にはちみつと砂糖を配合したハニーシュガーミルク。我ながら胸焼けするほどの甘ったるさである。
なんというか、とにかく甘いものが食べたくて仕方ないのだ。甘いものは人並みくらいにしか好きではなかったはずなのに、抑えきれない衝動が私に甘味を求めさせる。
味覚はもう十分だとしきりに訴えかけているのに、糖分の摂取をやめられない奇妙な衝動が私を支配していた。
《瞳》の仕業だということは疑う余地もない。おかげで私は胸焼けしながらジャムを食べ続けるという拷問を受けている。味覚と健康、それから財布(甘いものは高いのだ)に三重のダメージを受けて、私は息も絶え絶えになっていた。
「食べなきゃ……食べなきゃいけないんだよ……」
「あんまり甘いのばっか食べてると虫歯になるぞ」
「そんなことわかってるんだよ! でもやめられないの!」
「そうなのか。ちょっとくれ」
返事をする間もなく、アルタは私のジャム瓶にスプーンを突っ込んだ。ひとすくいのジャムを口にいれ、しばらく舌先で転がす。
「大丈夫だ。特に毒や依存性のある薬物とかは入ってない」
「当たり前だろ。何言ってんだお前」
「これ、ちょっと甘いな。なあルーク、このジャム貰っていいか?」
「気に入ったならあげるけど」
「さんきゅ。代わりにこれをやろう」
「いらない。絶対にいらない」
アルタはチキンソテーに大量のマスタードをぶちまけた、食物に大して極めて侮辱的な何かを押し付けようとした。なんてもん食ってんだこいつ。私には理解し難い、独創的な味覚の持ち主だった。
「ていうかアルタ、毒が入ってるとかってわかるの?」
「よく使われるやつはな。あんまりマイナーなのは知らん」
「……なんで?」
「前に覚えた」
毒の知識なんて一体どこで覚えたのだろう。実はこの男、毒とかも使うのだろうか。
あの戦闘スタイルで毒を使うなんて想像がつかないけれど……。気にはなったが、素性を無闇に詮索しないのは探索者のマナーだ。
「ところでさ、もう一つ話したいことがあるんだけど」
「なんだ」
「アルタが探してる迷宮の遺宝のことなんだけど……。ちょっと場所変えない? 内緒話したい」
食事も終わったところで私は今日の本題に入ることにした。何を隠そう、私はわざわざこいつと飯を食いに来たわけではないのだ。
話したいのは私が手に入れた遺宝のことだ。人の多い酒場で話すには危ない内容なので、できれば二人きりになれる場所がよかった。
「人気のない路地裏ならいくらでも知ってるが」
「もっと落ち着けるところがいい」
「じゃあ、馬車でも借りるか」
「馬車かあ。この時間だとさすがにもうやってないと思うなぁ」
考えてみると、二人になれる場所なんてそうないことに気がつく。私の宿なら条件は満たせるが、自分のテリトリーにこいつを誘うのは抵抗があった。私は自室でまで男装しているわけではない。部屋の中には、私の素性に繋がるものなんていくらでも転がっている。
となると、残る選択肢は一つだけだ。
「ねえアルタ。そっちの宿行ってもいい?」
「本気で言ってるのか?」
「うん。そっちさえ良ければ」
「あー……。まあ、別にいいけど」
我ながら名案である。こいつの宿なら特に問題はないだろう。個人的には、この男がどんな生活をしているのかという興味もある。
酒場から出て、私たちは夜道を歩く。澄んだ空を月明かりが抜ける、涼やかな夜だった。
「ルーク。夜遅いけど眠くないか? 寒いし風邪でも引いたら大変だ。明日でもいいんだぞ」
「……ひょっとして今、僕、子ども扱いされた?」
「あんなかわいいもの食ってたからなぁ。ちゃんと飯食えよ、背が伸びんぞ」
私は無言でアルタの横腹に手刀を入れた。余計なお世話もいいところである。
「いやまあ……。なんだ、その」
「なんだよ」
「寝るなよ、泊めないからな。話が終わったらちゃんと帰れ」
「当たり前だ」
「寝る前には歯も磨くんだぞ」
「それ以上言うと本気で怒るよ」
何でこいつに子ども扱いされなきゃいけないんだ。実態はともかくとして、ルーク・マロウズは十八歳の男で通してるのに。
まさかこの馬鹿に、私の完璧な男装が見破られているなんてあるまいに。どうしてこんな扱いをされているのか不思議でならなかった。
*****
――これで男だって言うのは無理があるんだよなぁ。
夜道を歩きながら、アルタは横目に相棒の顔を盗み見る。
ルーク。ルーク・マロウズ。自称十八歳の自称男。本人はそう言い張っているが、いくらなんでもそれは無理があるだろうと、アルタは内心思っていた。
「そろそろラベンダーの季節かな。迷宮の中だと四季なんてないけど、地上だとふとした時にこういう実感があるのが嬉しいよね」
夜風に乗じて流れてきた香りに、ルークは鼻歌なんかを歌い出す。さっきまで怒っていたのにもう機嫌が直ったらしい。アルタは淡白に相槌だけを返した。よく表情の変わる奴だと思いながら。
アルタがルークの性別に気がついたのは、前回の探索にて転移罠で飛ばされた先にあった、銀水晶の小部屋でのことだ。
アルタがあの部屋にたどり着いた時、気を失ったルークが目に入った。咄嗟に生存を確認しようとしたが、迷宮内でアルタはガントレットを装備している。脈を測ったり呼吸を確認するには一度防具を外さなければならない。その手間を惜しんで、アルタはルークの左胸に直接耳をつけた。
わかったことは二つ。ルークにはまだ息があることと、薄いながらも確かにあることだ。
アルタは勘が鋭い方ではないが、一度違和感に気がつけば次から次へと証拠が出てくる。顔立ちは柔らかいし、背丈も男としては随分と低い。背負った時の体の華奢さは確かに少女のものだったし、そもそも声の高さからして無理がある。これだけ証拠が揃えば、いくらアルタが鈍くても気がついてしまう。
女であることは疑いようもない。おそらく年下。アルタはそう当たりをつけていたし、その推測は正しかった。
しかし、本人が男だと言い張っているのならば、わざわざつつくような真似はしない。アルタにとってルークはあくまでも迷宮探索の上での相棒だ。パーティ間に男女のあれこれを持ち込むのは、一言でいうと面倒くさい。
隠し事があるのはアルタとて同じだ。互いの痛い腹を探らずに仲良くやりたいと考えていた。
少なくとも、そう考えてはいたのに。
「アルタってもう六年も迷宮探索してるんだよね。ずっとこの街にいるならさ、宿じゃなくて持ち家ほしいって思ったりしない?」
「いや、考えたことないな」
「そっかー。僕、お金貯まったら家買うつもりなんだよね。なんだか長いパーティになりそうだし、どうせなら折半できないかなって思って」
「お前、それ、一緒に住むって意味か?」
「あー……。そっか。ごめん、今のなし。忘れて」
なんなんだ、この無警戒さは。
迷宮内では油断なく周囲に警戒を向けているのに、地上に出た途端この腑抜けっぷりである。こんな夜更けに男の部屋に来たいだなんて言い出した時は、はっきり言って正気を疑った。この女、自分が何を言っているのか本当にわかっているのだろうか。
アルタは警戒の対象ではないのか。それとも、よっぽど自分の男装に自信があるのか。その推測は、残念ながらどちらも正解である。
「……俺が、しっかりしないとな」
小声で呟く。まるで、しっかり者だけど大事なところが抜けている妹ができたようだ。ついつい余計な心配をしてしまうのも、アルタにとっては仕方のないことだった。




