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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-2 急に仕事するな。

「それで、ルークくん。まだ隠してることあるわよね」

「なんですか?」

「目。綺麗ね」


 やはりそこが気になるか。

 今回、迷宮の遺宝(アンノウン)超越者(オーバード)のことも、あえて私は報告しなかった。というよりも、できなかった。なぜなら報告した結果どうなるのかまったくわからないのだ。


 超越者との遭遇はまだいい。問題は遺宝の方だ。ただ発見するだけでも歴史書に名を刻むような代物を、私のような小娘が手にしたなんて知られたら、何がどうなるかなんて想像もつかない。きっとロクでもない災難に見舞われるのだろうなという予感だけがあった。


「正直に言うと、どうすればいいのかわからないんです。きっと言うべきだと思うんですけど……。言ってしまったら、どうなってしまうのかわからなくて」

「面倒事なの?」

「はい。とびっきり」


 スノーベルさんはテーブルにグラスを置く。頬杖をつき、ぞくりとするような真顔で、正面から私の目を見た。


「あなた、しっかりしてるようでまだまだ子どもね」

「子ども、ですか?」

「私は仕事としてここにいるわ。あなたの関係性も、仕事上の取引相手でしかない。私が初めてあなたに言ったこと、覚えてる?」


 その言葉は覚えている。二年前、私が素性を偽って探索者となった時、応対してくれたスノーベルさんは今と変わらぬ顔でこう言った。


 ――困ったことがあれば相談に乗るわ。だけど、私を信用しないように。


 彼女の言う通りだ。子どもと言われても仕方ない。

 これは私の人生に関わる話であり、私の生殺与奪権に直結する話でもある。そんな大切なものをおいそれと話してはいけない。この警告こそが、彼女がくれた最大級の優しさだった。


「目、イメチェンしてみたんですよ。どうですか?」

「似合ってるわ」


 内心の自省を顔に出さないよう、私はにこりと作り笑顔を浮かべた。

 話はそこで終わりだ。スノーベルさんは二度とこの話題を出さないだろうし、私も彼女に打ち明けることはない。少なくとも、今日のところは。


 スノーベルさんは必要な仕事はきっちりするのだ。もしも私が遺宝のことを話せば、彼女はギルド職員としての対応をするだろう。そうなれば優先されるのは組織としての倫理であり、私の意思なんてものは限りなく意味がなくなる。

 ギルドは探索者の味方であってくれるが、それでも他人だ。何もかもやってくれるわけではない。私を守るのは、あくまでも私でなければならない。


「でも、あなたのことは個人的に気に入ってるわ。本気で困ってるなら休日に会いに来なさい」

「余計ですよ、それ」

「ガキはガキらしくしてりゃいいのよ、十六歳」

「十八歳です。男です。ルークです」

「おんなじよ」


 ……本当に、優しい人だ。だからこそ頼りすぎてはいけない。あくまでも仕事として、互いを利用するような関係でいたい。そう思った。

 ひとまず迷宮探索についての報告はこんなところだ。暗闇コウモリやアルザテラワニの討伐依頼についても報告すると、スノーベルさんは面倒くさそうにカウンターへ戻り、報酬を取ってきてくれた。それからまた酒場の席に座って酒を飲む。今日は何が何でも飲むらしい。


「それと、今日はもうひとつあるんですけど」

「まだ何かあるの?」

「はい。パーティの結成手続きを」


 紆余曲折の末、私はアルタとパーティを組むことになった。

 思うところはある。たっくさんある。あいつと行けば死ぬほど面倒に巻き込まれるだろうし、きっとまた死にそうな目にも遭うだろう。平穏を愛するルーチェ・マロウズとしては、あんな凶運男なんて近づきたくない人物の筆頭だ。

 しかし、利害関係が一致している上に能力の相性が極めて良い。あの大馬鹿野郎が理想的なパートナーであるというのも、大変に認めがたい事実なのであった。


「ああ、やっぱりそうなったのね」

「わかってたんですか?」

「なんとなくね。君ら、よく似てるじゃない」

「……どこが?」

「運がないところ」


 うるせえよ。薄々気づいてたよ。私、運ないなって。

 村からは追い出されるし、パーティからも追放されるし。アルタには無理やり連れ出されるし、《魔神の瞳》なんていう厄介なもん拾うし、挙句の果てには超越者にまで目をつけられる。一体私が何をしたって言うんだ。もう泣きたかった。


「でもね、お姉さんちょーっとだけ心配になっちゃうんだけど」


 スノーベルさんは声を潜めて顔を近づける。なんとなく嫌な予感がした。


「ルーチェちゃん、ああいう男が好きなの?」

「何いってんだお前」

「確かにあなた、ダメな男に引っかかりそうなタイプだけど。受付の職掌を越えてでも忠告するわ。あの男だけはやめときなさい、大変よ」

「それ以上言うとぶん殴りますよ?」


 私が、あいつを? 冗談もほどほどにしていただきたい。こんな侮辱を受けたのは初めてだ。我が十六年の生涯で受けた最大級の不名誉である。


「まあ、迷宮じゃよくある話ね。生死の境を駆け抜けた男女が恋に落ちるなんてしょっちゅう聞くわ。面白そうだし受理してあげるけど、あんまり入れ込みすぎないようにね」

「何もかも違うんですけど。本気でやめてください」

「パーティを組む時は探索方針を決めてもらうんだけど、何にする? デートとか?」

「探索者ギルド内の腐敗摘発と、職員の業務態度改善でお願いします」


 そっちがその気なら相手になるぞ。貴様が犯してきた不正や怠慢の証拠など、私はいくらでも握っているのだ。

 無言で火花を散らすことしばし。悪徳不良受付嬢は、ふっと笑って視線を外した。


「冗談はこの辺にしておきましょうか」

「そうですね。それがいいと思います」

「探索方針、どうする?」


 パーティを組む時に探索方針が必要だというのは本当だ。魔物討伐や素材採集など、何を主軸に活動するかを伝えておくことで、ギルドが方針に合った依頼を紹介してくれることがある。

 考えていない場合は未定でもいいのだけど、今回はちゃんと決めてあった。


「迷宮攻略。僕たちのパーティは、迷宮の踏破と遺宝の探査を目的とします」

「……へえ」


 それは、早死にする探索者が掲げる方針の第一位だ。

 迷宮探索者は数多くいれど、その多くは稼ぎ口を求めて迷宮に潜っているのが実態だ。本気で迷宮を攻略しようとする探索者なんて、現実を知らずに理想だけを追い求める世間知らずか、迷宮という未知に骨の髄まで浸かってしまった中毒者(ジャンキー)か。そうでなければよっぽどのワケアリと相場が決まっている。

 そして私たちこそが、よっぽどのワケアリに他ならないのだ。


「まさかルークくんの口からそんな言葉が聞けるなんて。よっぽど何かあったのね」

「ですね。人生ぶっ壊れるくらいのことがありました」

「面白そう」

「面白がらないでください」


 この女、もう隠す気もないくらいに性格が悪かった。


「ま、若者なんてそれくらいのほうが丁度いいわよ」

「それ本気で思ってます?」

「個人的には。君は若いくせに達観しすぎよ。もっと人生楽しみなさい」

「命がけの迷宮遊びなんて死んでもごめんですよ」

「でもやるんでしょ?」

「……やりますけど」


 本当に頭が痛いのだ。アルタがどうかは知らないけど、私は迷宮を攻略するということの意味を十分に理解している。こんなリスキーなことなんて絶対にやりたくない気持ちは多々あるが、ままならない事情があった。


「それでは勇敢なる探索者よ。君たちの名を聞きましょうか」

「あー。パーティ名、ですか?」

「考えてないの?」


 そう言えば考えていなかった。アルタともまったく相談していない。

 どうしよう、適当に決めてしまってもいいのだけれど、あいつ結構こういうの気にするタイプかもしれない。一回帰って話をした方がいいだろうか。でも、それはそれで面倒だ。


「だったら私が決めてあげましょうか?」

「何か案があるんですか?」

不運組(ラック・ド・ラック)


 うるせえよ。

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