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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
2章 それでも、幸せになってほしい誰かがいるから
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2-1 仕事しろ。

 迷宮から帰還した探索者には、ギルドに探索結果を報告する義務がある。

 多くの探索者はその日の内に報告を済ませ、依頼報酬を受け取っては、ギルドに併設された酒場でそのまま金を落としていく。私も普段ならば、報告後に食事をしてから借宿に帰るのがいつものルーティンだ。


 ただし探索者側に事情がある場合、報告は後日でも構わない。今回私はその規則を存分に利用し、探索から帰還した二日後にようやくギルドを訪れた。


 だって、仕方がなかったのだ。あの日ほうほうの体で宿に帰った私は、最後の力を振り絞ってお風呂に入り、その後ベッドにぶっ倒れた。

 それから目が覚めたのが十二時間後のこと。お腹が空いていたので獣のように食料を食べ漁り、それからまた寝た。次に目が覚めたのが今朝だった。


 人間、死ぬほど疲れていると生物的本能に支配されるものなのだ。昨日一昨日の私は、ただひたすら寝て食べて寝るだけの獣だった。今日からは心機一転、もう一度人間としてやっていこうと思う。


「……こんちはー」


 ギルドの扉をおっかなびっくり開く。これだけ報告が遅れたのは私自身初めてのことである。怒られるようなことではないが、心象は決して良くないだろう。


 報告も兼ねて長い話になりそうだったので、空いている昼過ぎにギルドを訪れた。天下の不良受付嬢ことスノーベルさんは相変わらず午睡を貪っていたが、今日ばかりは彼女を起こすのも気が引ける。私は控えめに声をかけた。


「あの……。スノーベルさん。僕です、ルークです」

「まだ昼休みなんだけど……」

「昼休みは二時間前に終わりましたが」

「それが何。私はスノーベル。文句ある?」

「とっとと起きろ、不良受付嬢」


 前言撤回。私はスノーベルさんを容赦なく揺り起こした。


「あー、ルーチェ。生きてたんだ」

「勝手に殺さないでください。あと、ルークです」

「ねっむ」

「話を聞け」


 私はどうしてこの女に気が引けていたのだろうか。二日遅刻したくらいがなんだ、世の中には年がら年中サボりまくってる受付嬢がいるんだぞ。ありがとうスノーベルさん、あなたは私に勇気をくれた。仕事しろ。


 客が目の前にいるというのに大あくびを決めてくれたスノーベル嬢は、しぱしぱと目を瞬いてようやく私を見た。


「へえ」


 より正確には、私の目を。焦げ茶から紅へと変わった私の目を見て、面白そうに口元を歪めた。


「噂は聞いてるわよ。大変だったみたいね」

「噂、ですか?」

「『呪紋』のアルタがパーティを組んだ時は、結構な確率で事件が起きるから」


 ああ……。『呪紋』と来たか。あの男、二つ名持ちだったのか。

 いい意味でも悪い意味でも、名を馳せた探索者には二つ名がつくことがある。アルタほど特徴的なスタイルをしていたら十分にありえると思っていたが、やはりそうだった。


「二つ名持ちだってこと、教えてくれてもよかったじゃないですか。だったら組まなかったかもしれなかったのに」

「それはないでしょ。どうせ知ってても見捨てられないくせに」

「あんた嫌いだ」


 二つ名がつけられるにはそれ相応のエピソードがある。アルタの凶運について事前に知っていたのなら、私はあいつの誘いを拒否――できたかどうかはわからないが、もう少し気構えはできたはずなのだ。


「それにね、ギルドは探索者同士のやり取りに不干渉。こいつは二つ名持ちだからやめとけなんて、私の立場からは言えないの」

「そんなとこだけ真面目に仕事しなくたっていいのに」

「失礼ね、仕事くらいするわよ。必要のないところは手を抜くだけで」


 この人はこういう人なのだ。手を抜くところはきっちり手を抜くが、なんだかんだで仕事はする。そんなところが信用できる点であり、油断ならない点でもあった。


「まあ、生きて帰ってこれたのならよかったじゃない。さすがに死んでたらどうしようかと思ったわ」

「どうするんですか?」

「飲んで忘れる」

「……その方がいいかもしれませんね」


 探索者なんていつ死んだっておかしくない。もし私が死んだなら、その時はさっさと忘れて貰ったほうがいいのだろう。どうせ、私には身寄りもないのだし。

 そんなことを考えていたら、カウンター越しのデコピンを食らった。


「いたい」

「物分りがいい子は嫌いよ」

「どうすりゃいいんですか」

「話があるんでしょ。飲むわよ」


 飲むらしい。勝手な人だった。

 受付の女傑スノーベルはひらりとカウンターを抜け出して、酒場の一席に陣取った。仕方がないので私も向かいの席に座る。私はレモン水、彼女は蜂蜜酒。もはやツッコむことも諦めて、私は仕事の話をすることにした。


 迷宮探索の成果についてかいつまんで報告をする。浅層に出現した罠を踏み、深層の未探索地区に転移させられた私は、なんやかんやで脱出した。概ねそういった内容だ。


「よく生きてたわね」


 一通り話を聞き終えたスノーベルさんは、そんな笑えない感想をくれた。まったくもってその通りだ。


「浅層に転移罠が出現すること自体は稀にあることね。ギルドが発行している迷宮案内書にも記載があるわ。解除手段も載ってるから、後で目を通しておくように」

「うぐ……。すみません、不勉強でした」


 いよいよもって私のミスである。命に直結する情報を見落として、それで死にかけたとあっては言い訳のしようもない。酒飲みに説教されるのもやりきれないが、言うとおりに案内書はしっかり読み直しておこう。


「でも、結果的に未探索地区の情報を持ち帰ったのはお手柄よ。そこで見つけた新素材、持ってきてる?」

「はい。これですけど」


 かばんから取り出した銀水晶をテーブルに置く。それを手に取ってためつすがめつ眺めたスノーベルさんは、一言つぶやいた。


「綺麗ね」

「そうですね」

「僕のほうが綺麗ですとでもいいたげな顔ね」

「難癖つけるにもほどがありません?」

「言っとくけど、私のほうが綺麗よ」

「無敵かあんた」


 スノーベルさんは銀水晶を懐にしまった。着服する気なのかもしれない。この女なら十分にありえることだ。


「これ、審査しとくわ。もし新素材として認められたら報酬が支払われるから、楽しみにしておきなさい」

「……着服したりしませんよね?」

「今それすごい悩んでる」

「なんでも正直に言えばいいってもんじゃないぞ」


 私はため息を付いて、かばんからもう一つ銀水晶を取り出した。値段がつくなら売却するつもりで、余分にいくつか持って帰っておいたのだ。


「気持ちです。お納めください」

「わかってるじゃない」

「審査結果、早めに教えて下さいね」

「いいわよ。ルークくんとは今後ともいい関係でいたいわね」


 交渉成立。かくして私も腐敗ギルドの片棒を担ぐことになった。

 おそらくあの銀水晶は価値がつくだろうと踏んでいる。その情報を先んじて手に入れることができたのなら、他の探索者が手をつける前に一稼ぎさせてもらうつもりだ。散々苦労させられたのだから、これくらいの役得はあったっていいだろう。

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