1-22 似た者同士の僕らのはじまり
「時々状況を確認しに来ますね。それでは、ごきげんよう」
それだけ言い残すと、瞬き一つの間にナノは姿を消す。
すると止まっていた時間が再び動き出した。風と音が私の世界に戻ってくる。しかし、一番に耳についたのは、私の心臓の鼓動だ。
生きている。私はまだ、生きている。あれとの邂逅を経て、五体満足のまま生きていられる。
へたりこんだまま荒い息を吐き、胸元を掴んで心臓が動いていることを何度も確認した。どくどくと脈打つ心臓の鼓動が、妙に生々しかった。
「……っ! あいつ、どこいった……!」
動き出したアルタは、剣を抜いたまま周囲を警戒した。彼は針のような剣呑さを放っていたが、ナノの暴力的な存在感に比べれば生ぬるい風のようだ。
「いなくなった……。はず、だよ」
「ルーク、無事か。何があった?」
「ちょっと、話しただけ。大丈夫。アルタには関係ないよ」
これは、私の契約だ。
彼女の狙いは私だけだ。彼女が興味を持ったのは私だけだ。他人を巻き込んではいけない。私以外の人間を餌食にさせるわけにはいかない。そう思った。
両の足に力を込め、ふらふらと立ち上がる。心臓の鼓動は今も鳴り止まない。《瞳》を使った反動か目眩までしてきたが、こんなところで倒れるわけにはいかなかった。
「アルタ……。行こう。もう少しで、外に出られる」
「おい、ルーク。言えよ。何があったんだ」
「関係ないってば。放っておいてよ」
アルタは私の前に立つ。私を見下ろす彼の目は、今も真剣なままだった。
「関係ないわけないだろ。俺たち、仲間じゃないか」
「迷宮探索の間だけね。もう数メートルも進めば、僕たちの関係性はそこで終わる」
「だったら今はまだ仲間だろ」
仲間だと。ただ一回きりのパーティを組んだだけで。たったそれだけの縁は、こいつにとって地獄に首を突っ込む理由になるのか。
「アルタだって見たでしょ。あの女は化け物だ。人間が関わっていいようなものじゃない。いいから、全部忘れてよ。僕のことはもう放っておいて」
「そんなの関係あるか。あれがどんな化け物だったとしても、お前が俺の仲間だってことは変わらない」
「……融通の利かないやつだな。君のためを思って言っているんだけど」
「俺も今、同じことを思ってる」
ああ、そう。そこまで言うのか。そんなことまで言ってしまうのか。
つくづくこいつはムカつくやつだ。私の気持ちをここまで的確に逆撫でする奴ははじめてだった。
今、理解した。どうしてこんなにムカつくのか。アルタの何がこんなに私をイラつかせるのか。
同族嫌悪だ。
こんなにも似ていない私たちは、どうしようもないくらいによく似ていた。
「じゃあ、そこまで言うんだったらさ。地獄の底までつきあってよ。僕、どうしてもやらないといけないことができたんだ」
皮肉の一つも言いたい気分だった。これでもまだ諦めないというならもう知らない。
「奇遇だな。俺にも、お前につきあってもらいたい地獄がある」
しかしアルタは、逃げることなく受けて立った。
アルタの言うことは、おそらく彼が考えてもいない正当性を伴っていた。
私は超越者となるために迷宮を踏破しなければならない。アルタは自らの呪いを解くために迷宮の遺宝を探している。私もアルタも、互いの目的を果たすためにはどうしても協力者が必要だ。この危険に満ちた迷宮を、一人で攻略することなどできないのだから。
つまりこれは、取引だ。
そして、私たちの利害は不幸にも一致してしまった。
「ねえ、アルタ」
これも何かの縁というやつか。こうなってしまった以上、この提案は仕方ないことだ。私はこの数奇極まりないめぐり合わせに、いよいよ抵抗することを諦めた。
「僕とパーティを組んで、一緒に迷宮を踏破しない?」
これが運命の出会いだって言うのなら、運命をぶん殴ってやろう。
そんなやるせなさとほんの少しの期待を籠めて差し出した手は、すぐに握り返された。




