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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
1章 才能がなければ運もないけど、何かの間違いで生きている
21/45

1-21 残念ながら主演は君だ。主人公になってくれて構わないし、英雄になっても構わない。どちらもオススメはしないけど。

 ありったけの魔力をつぎ込んで作り上げた魔力の手。魔手(ハンド)なんて生易しい手段は取らなかった。魔力の手で拳を固め、ほんの僅かなためらいもなく、全力でぶん殴る。


 念動力・魔拳(アームズ)


 それは、私にできる最大級の拒絶だ。


「ああもう、かわいいなぁ」


 ナノはそれを、指先でつんと突くだけで弾けさせた。


「そんな風に駄々こねるの、すごくかわいい……。どうしよう、ちょっとくらい自由意志も残しとこうかなぁ? そしたらもっとかわいく抵抗してくれる?」

「……ッ! 念動力(サイシス)! 風魔法(エオーラ)! 火魔法(フラム)! 氷魔法(イーサ)! 土魔法(アレス)!」


 湧き上がる魔力で次々と放った渾身の魔法は、ナノが指をちょいちょいと振るだけで簡単にほどけて消えていく。ならばと振り抜いたショートソードは、ピンと指で弾かれて吹き飛んでいった。


 通用しないなんてものではない。遊ばれている。そもそも戦いにすらなっていない。

 私程度では彼女に戦いを挑むことすらできない。抵抗するなんて夢のまた夢だ。彼女がその気になりさえすれば、こんなお遊びすらもすぐに終わってしまうのだろう。


 超越者(オーバード)。その言葉の意味を、私は身を持って理解させられた。


「つっかまーえた」

「……は!?」


 瞬き一つの間に目の前からナノが消えた。首筋にかかるのは彼女の吐息だ。いつの間にかこの女は、私の肩を後ろから掴んでいた。


「それでは、捕まってしまったルーチェちゃんには罰ゲームです。力抜いて、無理に抵抗しないでね。その方が綺麗に仕上がるから」

「ちょっと……! ちょっと待って! ストップ! それは本当にダメだって!」

「逃げられないよー。誰も助けに来てくれないよー。ここ、止まった時間の中だからね。大人しくお人形さんになりなさい」

「や……ぃあ……っ!?」


 私の中にあるとても柔らかなものに、手が触れたという感覚があった。

 背筋が凍る。総毛立つ。決して触れられてはいけないものに、他人の手が触れている。

 ナノが触れているのは私の心そのものだ。指先で転がすようになぞられて、ぞくりと、感情が波だった。


 逃げられない。抗えない。どうにもできない。好きなようにいじられて、気まぐれに壊される。

 そんな未来予想図を前にして、私にできることはもう一つしかなかった。


「わかった……! わかったから! 言うこと聞くから、それだけはやめて……ほんとに……ダメだから……!」

「はい、よく言えました」


 ナノはぱっと手を離した。

 同時に私の心に触れていた感触も消える。心臓がどくどくと脈打ち、体中から冷や汗が出る。思わずその場にへたりこんでしまった。


「いじめすぎちゃいましたかね。大丈夫ですか?」


 気遣うようなことを言う彼女に、先ほどまでの熱っぽい欲望は感じない。今のところ、ナノは人間を見る目で私を見ていた。


「さっきのは、演技、だったの……?」

「だと思います?」

「はは……」


 どちらでもいいのだろう。彼女にとっては。

 私の心がどうなろうと、それは些細な問題だ。ただ《瞳》を持つ私が超越者を目指すということだけが決定事項で、後のことはどうでもいい。強いて言うなら面白い方が好みなのかもしれない。

 ナノは私と話をしに来たのではない。ただ、遊びに来たのだ。そんなことが嫌というほどわかってしまった。


「では、超越者になっていただけるということでよろしいですね? 私としてもそちらの方が嬉しいです。やっぱりこういうのって、手を加えちゃうのは興ざめですからね。あなたが懸命に足掻く様を楽しませてください」


 私は力なく頷いた。逆らってはいけない。些細な反逆は彼女を喜ばせるだけだ。気に入られてはいけない。この女の前にいてはいけない。これは、ほんの気まぐれで、悪気なく他人の生殺与奪権を握ってしまうものだ。


「それで、超越者の成り方なんですけども。《魔神の瞳》を使いこなすことを目標に頑張ってみてください。その中に含まれている平行現実領域数個分の知識を余すことなく使えるようになれば、自ずと超越者に近づくはずです」

「え、あ、うん……」

「でも、目標だけあってもどうすればいいかわからないですよね。そうだ、せっかくですし大迷宮を踏破するというのはいかがでしょう? ここ、人間向けの訓練施設としても使えるようになっていますから。最奥部にはご褒美もあるので、楽しみにしていてくださいね」

「へえ……。そうなんだ……」


 敬語を使う余裕はなかった。頭の中はもういっぱいいっぱいだ。せめて少しでも言われたことを理解しようとして、私はなんとか言葉を口にした。


「あなたは……。私を超越者にして、何をさせたいの?」


 ナノは変わらぬ笑みのまま、それは楽しそうに答えてくれた。


「なんにも。私たち超越者は、ただ新しいお友達がほしいだけですから」

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