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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
1章 才能がなければ運もないけど、何かの間違いで生きている
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1-17 ふたりともお疲れ、一休みしていきなよ(温情)

 揺られる感触で目を覚ました。

 最低最悪から二番目の目覚めだった。頭は痛い。吐き気もする。こんな感覚はつい最近も味わった覚えがあった。


「……二回目かぁ」


 念動力(サイシス)を発動した後、割れんばかりに頭が痛んだのを覚えている。つまり、私はまーた気絶したらしい。迷宮内でよく気絶するものだと、我ながらに情けなく思った。

 瞳は熱さを失い、莫大な魔力も感じない。迷宮の遺宝(アンノウン)は沈黙を取り戻したようだ。


「起きたか?」

「うん……。ごめん」


 しかも、アルタにおぶわれていたと来たものだ。私が気絶していた間、こいつが運んでくれていたらしい。

 言うまでもなく危険きわまりない状態だ。こんな状態で魔物に遭遇すれば、アルタの身だって危なくなる。探索者のセオリー通りに考えるのであれば、こんな状況で気を失った人間は見捨てられても文句は言えなかった。


「もう少し休んでろ」

「いいよ、自分で歩く」


 まだ頭は痛むが、甘えていられる余裕はない。背中から降りて、自分の足で歩くことにした。

 降りてから気づいたが、アルタはアルタで満身創痍だった。体は傷だらけで、鎧もあちこち凹んでいる。あの結晶狼たちによほどこっぴどくやられたようだ。応急処置もロクにしておらず、流れた血がそのまま乾いて固まってしまっていた。


「……ボロボロだ」

「お互いにな」


 それでも今、私たちは生きている。なんだかおかしくて、私たちはけらけらと笑った。

 ぶん殴ってやろうって思うくらいに怒っていたはずなのに、すっかりそんな気分ではなくなってしまった。喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、なんというか。我ながら損な性格をしている。でもまあ、良しとしよう。


 私たちはなんとか安全な小部屋にたどり着いた。赤水晶と黄水晶が入り混じった小さな部屋だ。この部屋には見覚えがあるし、ここからならどうすれば帰れるかもわかる。

 でも、今日はもうこれ以上動く元気はない。一度へたり込んでしまうと、もう立ち上がって歩こうという気にはなれなかった。


「今日は、ここで野営だな」

「そうしよっか。アルタ、一回服脱いで貰える?」

「何言い出すんだ急に」

「応急処置。早めにやらないと、傷口腐るよ」


 荷物を降ろし、私は容赦なくアルタの服を脱がせた。


「……うわ」


 思わず、声が出てしまった。

 アルタの肉体は異様の一言だった。左頬から首筋にかけてのたくっていた黒い痣が、左半身を覆い尽くしている。まるで、黒龍が彼の体を喰らい尽くそうとしているかのようだ。

 これがアルタの凶運の元凶。呪いに詳しいわけではないが、ただならぬものであることは見て取れた。


「おい、あんまりジロジロ見るな」

「あ、うん。ごめん」


 今は治療が優先だろう。寝ている間に回復した魔力を使い、水魔法(レクタ)で傷口を洗い流す。それから癒魔法(リーハ)で消毒し、包帯を巻けば処置としては完了だ。


「えっと……。終わった、けど」

「おう。ありがとな」


 アルタは血をすすいだ服を着直す。呪いについて聞きたいような気もしたが、どう触れていいものかわからずに、私は言葉をつまらせた。


「ルークって本当に色々できるんだな。治療用の魔法まで覚えてるのか」


 彼の方から話題を変えてくれたのは、正直安堵の気持ちがあった。私にはまだ、アルタの体に絡みつくそれに触れる覚悟はなかったのだ。


「こんなの、全部簡単な魔法だよ。難しいことは一つもできない。器用貧乏なの」


 念のため、私の右腕にも癒魔法(リーハ)をかけておく。包帯を巻いた時は魔力が足りず、飲み水で洗うだけで済ませてしまっていた。

 もっと上位の魔法が使えるのなら、こんな自然治癒力頼みの治療はしなくても済む。体内の再生力を活性化させ、短時間で傷口を塞ぐ魔法だって存在するのだ。


「でも、役に立ってるじゃないか。おかげで助かった」

「そう言ってもらえるなら、悪い気はしないけど」

「それに、結晶狼を倒した魔法はマジですごかったぞ。お前、あんな隠し玉まで持ってたんだな。あれか、切り札ってやつか?」


 念動力(サイシス)迷宮の遺宝(アンノウン)から得られた魔神の知識の一つ。あの場で覚えたそれは、今も私の内にある。

 少なくとも念動力は知るだけで精神が壊れるようなものではないが、かと言って安全なものとは到底言えなかった。

 念動力の中でもっとも基本的な魔手(ハンド)ですら、結晶獣の堅牢な鎧を簡単に握りつぶしたのだ。取り扱いに慎重を要する魔法であることは疑いようもない。


「色々派手だったなー。目もちょっと光ってたし、髪なんか燃え上がるくらいに赤くなってたし。あれ、なんていう魔法なんだ? お前、本気になると変身するのか?」

「え、髪? 赤くなってたの?」

「ああ、真っ赤になってたぞ。なんなら軽く光ってた」


 気になって髪をいじると、いつもの赤っぽい色をしていた。

 私の髪はもともと茶色だったが、魔力の増大に伴って徐々に赤っぽくなっていた。それが一気に光を帯びた真紅にまで変化したとなると、やはりあの遺宝からかなりの魔力が流れ込んでいたのだろう。

 おそらく、私が持つ全魔力の数倍から数十倍か。それだけでもこの遺宝は、並の遺物(ロスト)を凌駕する力を持っていた。


「なあなあ、あれ何やったんだ? 教えろよ」

「……生きて帰ったら教えるよ」

「マジか。よっしゃ、約束な。絶対だぞ」


 この遺宝の使い方もなんとなくわかったことだし、もしこいつの呪いを解く術がわかれば教えてやろう。それくらいの義理はある。


 干し肉と保存食でスープを作り、食事をとる。今回の調理は私がやった。アルタよりはよっぽどマシな味付けにしたはずだが、この男は特に言及することなく普通に食っていた。腹に入ればなんでもいいらしい。


「片付けとくから、寝てていいよ。見張りもやっとく」

「ああ……。すまん、先寝かせてもらうわ」


 私はさっきまでアルタの背中で寝ていたので、今度はこいつに寝てもらうことにした。数時間後には交代して、起きたらいよいよ脱出だ。


 転移罠を作動させてしまった時はどうなるかと思ったが、なんだかんだでなんとかなるものだ。

 過去最大級に過酷な探索となってしまったが、得るものはそれなりにあったと思う。迷宮内未探索エリアのマッピングに、おそらく新素材であろう銀水晶の入手。結晶獣を倒すこともできたし、さらには迷宮の遺宝まで手に入れられた。

 遺宝については、手に入れたことを素直に喜べるわけでもないのだけど。


(……これ、どう考えても私の手に余るよなぁ)


 こんな物を手に入れても、一体どう使えばいいのだろうか。魔法の才能がある人間なら何か思いつくのかも知れないが、所詮は村娘上がりの探索者である私には使い道などとても思いつかない。

 むしろ面倒の種にならなければいいけど、と、私は疲れた頭でぼんやりと考えていた。


「なあ、ルーク」


 横になったまま、アルタは言う。


「一度きりって約束だったけどさ。地上に帰ったら、正式にパーティを組まないか? 俺たち、良いペアになれると思うんだよ」


 それについては全くの同感だ。私だって、まさかここまで互いの能力が好相性だとは思っていなかった。きっと私たちは良いパーティになれるだろう。

 ある意味では、これこそが今回の迷宮探索における最大の成果なのかもしれない。こいつとなら上手くやっていけそうだ。私はそう思っているし、きっとアルタもそう思ってくれている。


 だけど、返事は決まっている。私はアルタの顔も見ずに答えた。


「やだよ。こんな大冒険、二度とごめんだ」


 いくら相性がいいからって、こんな大変な迷宮探索なんて二度とやるものか。

 地上に戻ったら今度こそ安心安全な単独(ソロ)生活を始めるのだと、私は強く思いなおした。

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