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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
1章 才能がなければ運もないけど、何かの間違いで生きている
13/45

1-13 何も思わないでいられるほど、強くいられたらよかったのに

 銀と赤とが入り混じった洞窟の途中に、開けた空間があった。いくつかのパーティがまとめてキャンプできるほどの広さだ。見上げるほどに高い天井からは大きな水晶が何本も垂れ下がり、どこからか差し込んだ光を乱反射してきらきらと輝いていた。

 こういった広間は探索者が体を休めるのにも使われるが、それは魔物にとっても同じことだ。特に強力な魔物ほど、こんな風に開けた場所に好んで棲み着く。

 私たちがたどり着いたこの場所にも、そんな魔物が住み着いていた。


「よりによって、結晶獣か」


 結晶獣。これまで倒してきた成りかけ(・・・・)の魔物と違い、全身余すことなく結晶化した獣だ。

 結晶化する元となる個体によって性質は変わるが、共通して極めて高い戦闘力を持つ。全身硬質化した体に弱点はなく、爪牙の鋭さは他の魔物の比ではない。ある程度の魔法耐性まで兼ね備えた強敵である。


 この場所に住み着いているのは、魔物化した狼が結晶獣に変異した個体だ。結晶狼と呼ぼうか。美しい毛並みは淡く色づいた蒼水晶に置き換わり、瞳は黄水晶に、牙と爪の代わりには発色の良い赤水晶が輝いていた。


 結晶狼は今のところ床に伏せて体を休めている。まだこちらに気づいている様子はない。


「アルタ、あれ無理だ。引き返そう」


 少し手前で待たせていたアルタと合流し、広間の様子を説明する。結晶獣は前のパーティでも倒したことがない。オオトカゲが変異した結晶獣に挑んだことはあるが、あの結晶の鎧を打ち破ることなく撤退を強いられてしまった苦い記憶があった。


「そんなに強いのか?」

「他の魔物に比べてもあいつは別格。水晶洞窟の頂点捕食者だね。二人で挑むのは無謀だと思うよ」

「そうか。個人的には戦ってみたいが……。また今度にするか」


 そうしてくれ。あいつとやり合うなら、ぜひとも私のいない時にしてほしい。

 私たちは来た道を引き返し始めた。銀水晶の方に戻ることになってしまうが、それはもう仕方ない。きっと探せばまた赤水晶の区画に繋がる通路もあるだろう。迷宮探索にこういったことはつきものだ。

 一度安全を確認した道を引き返すだけなので、私はいくらか気を緩めていた。だから、雑談混じりにこんなことを口走った。


「前のパーティであいつに挑んだ時はもう散々だったよ。僕の剣なんて簡単に弾かれるし、魔法だってほとんど通用しない。もうお手上げもいいところだったよね。ある意味、あいつのせいでパーティから追放されたって言っていいのかも」

「追放? お前、あの魔物のせいで追放されたのか?」

「そう言えば言ってなかったっけ。僕、役立たずで追放されたの。器用貧乏なんだよね。元から何やっても微妙だったんだけど、結晶獣戦では僕の悪いとこ全部出ちゃった。他のメンバーがなんとか上手くやってる中、僕だけが何もできなかったから」


 もちろんその一回だけが原因ではないが、決定的だったのはやはり結晶獣戦だったように思う。パーティの仲間たちが各々の得意分野を生かして戦闘に貢献する中、私一人が何をやってもダメだったのだから。


「……あれ」


 なぜか今、胸が痛んだような気がした。

 すべて事実だ。別に否定するようなことではない。私はどこまで行ってもただの村娘だし、探索者としての功名心なんて持ち合わせていない。生きていけるだけのお金が稼げればそれでいいんだと、自分でもよくわかっている。

 だから別に、結晶獣に勝てなくたっていいじゃないか。

 そう思っているはずなのに、どうして胸が痛むのだろうか。


「ルーク」

「んぁ?」


 後ろからアルタに肩を捕まれる。なんだ、急に。振り返ると、無駄に背が高い男はいつになく真面目な顔で、私の目を覗き込んでいた。


「やっぱやろうぜ。あいつ倒そう」

「え、なんで?」

「お前の仇討ちだ」

「僕死んでないんだけど」


 言うがいなや、アルタはさっさと広場の方へと足を向けて歩きだす。ちょっと待て、本気でやるつもりなのか。


「待って、待ってってば。挑んだって勝つ見込みないでしょ。どうするつもりなの?」

「やってみる。なんとかなるだろ」

「そんな気軽に喧嘩売れる相手じゃないんだってば……! 今の状況わかってる? 脱出が優先でしょ!?」

「だったらあの道通ったほうが早い。最短ルートだ」

「まず一回足を止めてくれない!?」


 歩き続ける馬鹿をなんとか引き止める。アルタは一応足を止めてくれたが、完全にやる気の目をしていた。


「……マジでやるの?」

「やる」

「やめてって言ったら?」

「俺一人でやる。ここで待ってろ」

「なんで急にやる気だしたかなー……」


 アルタは投げやりに天井を見上げて、呟くように答えた。


「お前の話聞いてたら、なんかムカついた。お前の顔見たらもっとムカついた」

「僕のせいなの!?」

「よくわからんが、多分そうだ」


 お、おう……。そうなのか。本人でもよくわかっていないようだが、そういうことらしい。

 なんだか腑に落ちないけれど、アルタは何が何でもやるつもりのようだった。もうこいつのことは見捨てて一人で他の道を探そうかとも思ったが、それができるなら苦労はしない。


「もう一回聞くけど、本気でやるの……? 頼むからやめてくれない……?」

「やる。絶対にやる。やるったらやる」


 きっとここで、そうなんだ頑張ってと突き放せるのが、立派な探索者というやつなのだろう。探索者は常に冷静でなければならない。感情に流されて自分から危険に首に突っ込むようでは、命がいくつあっても足りないのだ。

 では、私が立派な探索者かと言うと。まったくもってそんなことはなかった。


「うー。あー……」


 ここでアルタを見捨てられるほど、ルーチェ・マロウズは理性的な人間にはなれない。

 結局こうなるのだ。見捨てられず、押しに負けて、流されてひどい目に遭う。思えば今回の迷宮探索だってこんな風に始まった。それを思い出すと、誠に遺憾ながら諦めがついてしまった。


「アルタ、ちょっと待って。一回ここで休憩しよう」

「休みたいなら一人で休んでろ。その間に倒してくる」

「そうじゃなくて」


 頭を冷やしてほしいわけじゃない。むしろ一度ちゃんと考えたいのは私の方だ。今すぐこのまま挑みに行く、というのだけは避けたかった。


「やるなら一緒にやろう。でも、どうやって倒すか考える時間がほしい。ダメかな?」


 付き合うと決めたなら、最後まで。私は諦めて腹をくくった。

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