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追放された村娘に《魔神の瞳》は荷が重い  作者: 佐藤悪糖
1章 才能がなければ運もないけど、何かの間違いで生きている
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1-11 ようこそ迷宮へ。全ての希望を捨ててこい。

 迷宮の遺宝(アンノウン)のことは、とりあえずアルタには伏せておくことにした。

 この遺宝の知識を使えば、アルタの呪いを解呪する術もわかるのかもしれない。しかし、だからと言って今すぐ知識を引き出せるかと言えばそんなことはなかった。


 だって、こんなにもヤバそうな代物なのだ。今すぐこの場で試すと言うのは無理がある。使うにしても、せめてもう少し安全な場所で試させてほしかった。

 それに、無駄に期待させてしまえばアルタの集中力を削いでしまうかもしれない。今は脱出に集中してほしい。遺宝の話はその後だ。


 しかし。いざという時のために、言うべきことは言っておくことにした。


「アルタ。もし途中で僕が死んだら、この眼を引っこ抜いて持ってって。きっと役に立つと思う」


 ここは深層の未探索区域。生きて帰れない可能性なんていくらでもある。簡単に死ぬ気なんてさらさらないが、その時はその時だ。

 そういう考えで、少なくとも純度百%の善意のつもりで私は言った。

 返ってきたのはガントレットのデコピンだった。


「……いたいのですが」

「変なこと言うからだ」

「これ、真面目な話なんだけど」

「お前は死なない。考えるだけ無駄だ」


 ネガティブなことを言ってしまったのは悪かったけど……。まあ、いいや。一応伝えたからな。後のことは知らんぞ。


 私たちは銀水晶の小部屋を出て、見覚えのある通路を求めて深層・水晶洞窟を進んでいた。洞窟内を埋め尽くす水晶の色は変わらぬ銀。見通す限りの銀色だ。どこかから漏れた光が乱反射して、カンテラもいらないほどの明るさだった。


「さっきも言ったけど、できる限り戦闘は避ける方針で。ここからは会話も控えめで行こう。音とかもできるだけ立てないように」

「ああ、わかった」

「道は僕が先導する。索敵のために離れることがあるけど、その時は移動せずに待っててほしい。安全を確認できたら合図するよ。ハンドサインはさっき教えた通りね。何か質問は?」

「大丈夫だ。全部理解した」

「その上で聞きたいんだけど」

「まだ何かあるのか?」

「本当に僕が先導でいいの……?」

「はぁ?」


 いやだって、不安になってしまうじゃないか。確かに斥候の心得はあるけれど、私のスキルは専門職のそれではない。深層でも通用するかどうかは結構な賭けだ。

 しかも、失敗は許されない。もしこれ以上危険な罠を踏んだり、危険な魔物に見つかりでもしたら、私たちは二人揃って死んでしまうかもしれない。

 正直に言おう。私はもう、プレッシャーのあまり泣きだしそうなのである。


「あの、ほんと、失敗したらごめんね。もしかしたら見つかっちゃったり、罠とか踏んじゃうかもしれない。一生懸命頑張るけど、僕、何やってもそこそこ止まりの探索者だから。無理なこともできないこともいっぱいあるから……あだっ」


 デコピンをもう一発食らった。私は額を抑えてうずくまった。


「落ち着け」

「……たいへんにいたいのですが」

「今からここ出るまで泣き言禁止な。破ったらデコピン」

「うー、あー!」

「鳴いてもダメだ。ほら、行くぞ」


 くそう、やるしかないんだろ。わかってる、わかってるよ!

 雑念が生存率を下げるなんて話、いくらだって知っている。泣き言をやめて、腹をくくって迷宮に向き合うことにした。


 気持ちを落ち着かせ、意識して集中状態を作っていく。スイッチを切り替えると、波立っていた心は夜の湖面のように静かに凪いだ。頭が冷えて、自分の内と外との境界線が明確になる。

 足りないものを求めたって仕方ない。今持っているもので勝負するしかない。呪文のように唱えると、私の内から甘さが消えて、意思に満ちた。


 この感覚は、嫌いじゃない。


 ブーツの柔らかい面で、硬質な水晶の床を音を立てないように踏む。小石はできるだけ避けて、振動を抑えながら。体幹の位置を常に意識し、一本の線を引くようにまっすぐ歩く。足を置く先は常に確認してから。少しでもおかしなものがあればそこは踏まない。斥候職の隠密歩法は、ただ歩くだけでも神経を使うものだ。


 少し進んだところで、小粒ほどの結晶がばらまかれている床を見つけた。踏むと砕けて音が鳴り、周囲の魔物を呼び寄せる仕掛け罠だ。深層では比較的よく見るタイプの罠である。

 罠自体は私でも解除できる程度のものだが、あの罠の周囲には魔物の寝床があることが多い。罠を解除して慎重に通るか、引き返して別の道を探すか、あるいは。


 少し考えた後、私はアルタに待機するようサインする。一人、罠のある方へ身を潜めた。


(……ああ、やっぱりいた)


 遠目に通路を調べると、見えづらい位置に小さな横穴がある。高さは十数センチほど。小型の魔物の巣穴だろう。耳を澄ませると、かすかに何かが歩き回る音がする。気配は二体。足音からして、おそらく昆虫かそれに類するものだ。


 おそらく結晶イシムカデだ。水晶洞窟に生息するムカデの迷宮種。全長は大の大人ほどもあり、その名の通り結晶に含まれる魔力を好んで摂食する。牙や骨格の一部が結晶に置き換わっているため非常に硬い。


 あの魔物は振動に敏感だ。たとえ罠を踏まずとも、巣穴の近くを通れば襲いかかってくるだろう。私は一度道を引き返し、アルタと合流した。


「結晶イシムカデ。二匹。倒せる?」


 声を潜め、無声音で確認する。アルタも同じく無声音で返した。


「硬いな。節を狙えば斬れなくはない」

「僕が隙を作る。あわせて」


 巣穴から少し離れた場所に移動し、右手を床につける。床の上を這うようにゆっくりと魔力を伸ばし、巣穴の前に魔法を練った。

 私の方は準備完了。アルタも両手剣を構え、頷いた。


 左手で小石を投げる。狭い通路にカツンと音が響くと、突然気配が騒がしくなり、横穴から二体の結晶イシムカデが飛び出した。


「――氷魔法(イーサ)


 仕掛けていた魔法を発動する。巣穴を覆い尽くしていた私の魔力は、冷え固まって氷となった。


縛氷(バインド)


 一瞬に凝結した氷は、今まさに飛び出そうとしていた結晶イシムカデたちの体の一部を凍りつかせる。

 私の魔法で作り出せる氷は、小さく脆い。深層の魔物が全力で暴れればすぐに砕け散るだろう。それでも、奴らの動きを封じ込めるという役目は果たせた。


「任せろ」


 飛び出したアルタは、暴れるムカデの頭をグリーヴで踏み潰す。間髪いれずに剣を振り下ろすと、一体の頭がすぽんと切り飛ばされた。


 もう一体も同様に処理しようとしたが、アルタが頭を押さえるよりも一瞬早く、イシムカデが氷の拘束を脱した。ムカデは節足動物独特の素早い動きで剣を回避し、今度はアルタに牙を突き立てようとする。

 そこに、私が魔法を挟み込んだ。


風魔法(エオーラ)


 左手から伸ばした魔力で風を掴む。それを、力任せに叩きつけた。


槌風(ハンマー)……ッ!」


 風の一撃を受けて、結晶イシムカデの頭が揺れる。軸がぶれた攻撃をアルタは難なく回避し、返す刃で魔物の首を刎ね飛ばした。

 ――周囲に魔物の気配はない。戦闘終了だ。


「もういないよ。お疲れ、怪我は?」

「ない。いい腕だ、援護感謝する」

「そっちこそ。あんな硬いの、よく斬ったね」


 やはりこの男、凄まじく強い。

 水晶洞窟に出現する敵はどいつもこいつも体が硬く、生半可な斬撃では通用しない。しかしアルタはそんなことお構いなしとばかりに、ものの見事にぶった切ってくれた。


「いや……。前に一人で来た時は斬れなかった。誰かが隙を作ってくれるだけで、こんなに簡単に行くものなんだな」


 アルタは感触を確かめるように手を見つめる。それからおもむろに両手剣を構え直し、目を閉じて、虚空を一閃切り払う。それはつい先程魔物の首を切り飛ばしたのと同じ動きだった。


 なんとなくわかった気がした。確かにこの男は強い。しかし水晶洞窟という階層は、剣士にとって致命的なまでに相性が悪いのだ。おそらくアルタはここで壁にぶつかって、だから共に迷宮を探索する仲間を求めたのだろう。


「やっぱさ。パーティって、いいよな」


 浸るように呟くアルタに、私は思わず口を挟まざるを得なかった。


「……ねえ、アルタ」

「なんだ」

「ここの魔物、打撃武器を使うと比較的楽に倒せるよ。多分アルタなら一人でも」

「え、マジ?」


 マジである。

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