第69話「自覚と決心」
「みんな、良い子達だったわね」
みなさんとお別れして、帰りの車内。
運転席の母が、嬉しそうに話しかけてくる。
「ええ、皆さん本当に良いお友達です」
「ふふ、そうね。麗華にも、良いお友達が出来たみたいで安心したわ」
「そうですね」
こればっかりは、母の言う通りだった。
同じ四大美女と呼ばれてきた彼女達とは、境遇が同じだったこともありすぐに打ち解けることができた。
これまでの人生、常に一定の距離を置かれてきた対人関係だけれど、みなさんとは等身大のお付き合いが出来ている。
そのことが、わたしはとにかく嬉しかった。
胸を張ってお友達と言える出会いが出来ていることに、ただただ感謝したい気持ちでいっぱいなのであった。
「まさか麗華から、別荘でBBQしたいだなんて言い出すとは思わなかったもの」
「ふふ、だって大切なお友達ですから」
誘う時は少し勇気が必要だったけれど、今ではやっぱり企画して良かったという気持ちでいっぱいだった。
それだけ、今回の集まりはわたしにとってもずっと楽しかった。
きっと母も、わたしがこうしてお友達と楽しく過ごしていることに満足してくれているのだろう。
嬉しそうに微笑んでいるその顔には、まるでそう書いてあるようだった。
「それにしても、最初は驚いたわ。まさか本当に、麗華に負けないぐらい可愛い子ばかりだから」
「ええ、嘘ではなかったでしょう? みんな本当にお綺麗です」
「ふふ、じゃあ麗華も負けてられないってわけね」
「何の話です?」
「さぁ? 何かしらね」
そう言って、全て分かっているかのように微笑む母。
そんな母の態度に、わたしは顔が熱くなってくるのを感じた。
――バレバレ、ですよね……。
そう、もうわたしのこの秘めてきた気持ちは、既に母にはバレているのだろう。
だからわたしは、気持ちを知られていたことが恥ずかしくはあるけれど、この際だから少し相談してみることにした。
「わたしは、どう見られてるんでしょうか」
「そうね、他の子も可愛いから心配になっちゃうわよね。でも、麗華ちゃんだって負けてないし、きっと良く思われているわよ。――そうね、わたしの見立てではまだ五分五分といったところね」
「五分五分、ですか」
「うふふ。自分の娘だけど、麗華ちゃんをもってして五分五分だなんて、普通に考えて可笑しいわね」
そう言って面白そうに、コロコロと笑い出す母。
何を笑っているのかは言われなくても分かるため、わたしも可笑しくなって一緒に笑った。
たしかに、自分で言うのもなんだけれど、これまで何度も告白されたり異性の方からアプローチされてばかりだったわたしが、いざ自分から向き合おうと思ったら上手く行く確率は五分五分だなんて、よりにもよってなんでそんな争いをしているのだろうと我ながら呆れてしまう。
「みんな可愛いし、個性もそれぞれ――。だから、女性として優劣を付けるのは無理に近いのだけれど、それが対良太くんとなると話は別ね」
「別、ですか」
「ええ、対良太くんとして見た場合――」
「楓花さん、ですよね」
「あら? 分かってるのね」
やはり、当たりだったようだ。
母の見立てでも、やはり楓花さんが一番良太さんに近い。
それはわたしも分かっていたことだから、そのことに対して何も言うことは無い。
昨晩、わたし達は同じ部屋で眠った。
それはもちろん、お友達と一緒に寝るという経験は楽しかったし、そのことに対しては満足している。
しかしながら、それでも良太さんの隣はやっぱり楓花さんだったのだ。
妹なのだから、当然と言えば当然だろう。
しかし、その当然でも明確な距離感に、どうしても差を感じてしまう。
このことに対して、家族でも無いわたしがずるいなんて思うことはきっとお門違いなのだろう。
それでも、良太さんの妹として、わたし達より常に近い距離に当たり前のようにいられる楓花さんのことが、羨ましくないと言えばそれは嘘になる。
今のわたしがそんな風に思ってしまうのは、あの時の良太さんの本当に何気ない一言がキッカケだった。
それは、別荘へ到着して荷下ろしをしている時のこと。
不意に良太さんから言われた「親子揃って美人」というさり気ない誉め言葉。
普通に考えれば、それはただのリップサービスというやつだろう。
けれどわたしにとっては、その言葉以上に嬉しかったのだ。
ニッコリと微笑みながら、手伝ってくれる良太さんが私に向かってそう言葉にしてくれたことが、あの瞬間は本当に嬉しく感じられてしまったのだ――。
人間、何がキッカケになるかなんて本当に分からないものだなと実感する。
わたしの場合、さり気ないあの時の一言がキッカケで、それまで抑えていた気持ちが決壊するように溢れ出してしまったのだ。
他の人からは、もっと直接的に好意の言葉を向けられてきたけれど、何も感じなかったというのに――。
それからのわたしは、良太さんを見る度にドキドキと意識してしまっていたのだからもう仕方が無い。
あの言葉をそのまま受け止めるなら、良太さんはわたしのことをよく思ってくれていると思えるだけで、こんなにも嬉しくなってしまっている自分がいるのだから――。
「それで、麗華ちゃんはどうするの?」
「どう、ですか……そうですね、このままじゃ駄目ですよね」
「そうね、のんびりなんてきっと出来ないわね」
「ええ、だからわたしも頑張ってみます。上手く行っても行かなくても、後悔だけはしたくありませんから」
「うん、よく言った! 応援しているわよ。それから、このことはもちろんパパには黙っておくわ」
そう言って、悪戯に微笑む母。
そんな母に釣られて、わたしも思わず笑ってしまう。
きっとこの道は、簡単では無いのは確かだろう。
けれどわたしは、さっき言葉にした通り、後悔だけはしないように頑張ってみようと心に誓った――。
胸の奥にしまっておくはずだったこの温かい感情と、ちゃんと向き合いながら――。




