第55話「天使モード発動」
パァーン!
部屋で一人PCをいじっていると、物凄い音がした。
驚いた俺は、咄嗟に音のする方へ視線を向ける。
するとそこには、部屋の扉をあける楓花の姿があった。
いつものジャージを着て、両手で抱えるようにお菓子と飲み物を手にしているため身体で扉を押し開けた故の音だったようだ。
もっと静かに入って来て欲しいものだが、完全にこれから俺の部屋でくつろぐ気満々といった感じだった。
「お、お前なぁ……。もうちょっと静かに……」
「シャラップ!!」
心臓に悪いから注意すると、何故か叱られているはずの楓花に逆ギレされる。
しかも、なんで英語なんだ?
こうして完全に我が物顔で部屋に入ってきた楓花は、俺のPCの横に持ってきたお菓子と飲み物をばら撒く。
そしてクッションを手にすると、よっこいしょと言って当たり前のように俺の横にくっつくように座るのであった。
「――なに? 言いたいことがあるなら言えば?」
「いや、お前がシャラップって言ったんだろ」
「めんどくさいなぁ」
「めんどくさいのはお前だ。で、今度はなんだ?」
「何って、今日も可愛い妹が遊びに来ただけだよ」
持ってきたスルメをむしゃむしゃとしゃぶりながら答える楓花。
「可愛い子は、スルメしゃぶりながら会話しないんじゃないか」
「は?」
「は? じゃねーよ。それこそ柊さんや星野さんなら、そんなことはしないと思うぞ?」
「いや、何で今その二人が出てくるわけ? ――戦争?」
「身近な人で分かりやすい例えをしただけだし、戦争もしない」
不満そうに膨れる楓花。
二人の名前を出したら戦争とか、あの子達をライバル視してたりするのだろうか。
そう思った俺は、ちょっと試してみることにした。
「――まぁ、そうだな。柊さんは良いよな、落ち着いてるっていうか、清楚な感じでさ」
「ちょっと、お兄ちゃん? だから何で今、麗華ちゃんの話をするわけ?」
「別にいいだろ、共通の友達なんだし」
「ダメです。全然ダメです。百点満点中五点です。今お兄ちゃんは、このスーパースペシャルなプロ妹のわたしを独り占めしてるんだから、他の子の話をしてはいけないんです」
「……お前のどの辺がプロなんだよ。要介護レベルの間違いだろ」
「そこも可愛いところでしょうが。全く、お兄ちゃんレベルが足りないんだから」
そう言ってまた新たなスルメを手にした楓花は、俺に向かって「はい、お兄ちゃんア~ン」と差し出してくる。
「スルメであーんするな」
「いいから、美味しいよほら」
「――ったく、あーん」
何故かそのまま、スルメを加える俺。
まぁ確かに、久々に食べてみると中々美味しかった。
「どう? 妹からあーんして貰ったスルメのお味は?」
「はいはい、美味しいよ」
「ふむ、やっとデレたか。うんうん、よろしい」
満足したのか楓花は、そのまま俺の肩に自分の頭をポンと預けてくる。
お風呂上りなのだろう、まだ少し湿り気を帯びた髪からは、シャンプーの良い香りが俺の鼻腔を擽る。
「――良い匂いするでしょ」
「え? ああ、まぁ……」
「へへん、女子力上がるシャンプー買ったんだー♪」
「ああそうかい。だったら俺じゃなくて、もっと気になる男子に嗅がせてやれ」
「それは必要ないんだなぁ」
そう言って、ほれほれと自分の頭を擦り付けてくる楓花。
その結果、俺の周りは完全の女子の匂いに包まれる――。
「もう分かったっての。あーあ、これが星野さんだったらなぁ」
「シャラップ!!」
試しに、わざと星野さんの名前を出してみたところ、本日二度目のシャラップを発動した。
さっきより怒っているのは、やはり星野さんとは張り合うような仲になっているからだろう。
「分かった、完全に理解した」
「な、何をだよ」
「お兄ちゃんは、わたしという天使のような妹がいることの有難みを全然分かってない」
自分で自分のことを天使とか言い出す楓花。――いや、まぁ確かに世間では大天使とか呼ばれてるから、間違ってはないのが少し恐ろしい……。
「天使モード発動!」
そして楓花は、突然どこかのロボットアニメのようにモードチェンジを宣言する。
一体何をするのかと思えば、そのまま楓花は俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
「……ねぇお兄ちゃん、このままずっとこうしててもいい?」
そして上目遣いで、甘えるように俺の顔を見上げながら、少し潤んだ瞳でそんなことを言ってくる。
そんな、急に中身が入れ替わってしまったかのようにキャラチェンジする楓花だが、確かにこの感じであれば、天使のように可憐で可愛くて……そして割とウザかった。
「そういうのいいから」
「もう、何言ってるの、お兄ちゃん?」
「だからいいって」
「――ノリ悪い」
「あのなぁ。そんな媚びた楓花はしんどいだけだ。俺は普段のお前の方が好きだからやめてくれ」
「――今、なんて?」
「え? だから、普段のまんまの方が良いって」
「いや、さっきと同じ言葉で言って」
「え? ――えっと、なんだっけ? そんな媚びた楓花はしんどいだけだ。俺は普段のお前の方が良いからやめてくれ」
「もうっ!!」
言われた通り言い直したというのに、何が不満なのか立ち上がって怒りを露わにする楓花。
マジで今日は情緒不安定過ぎないかと、何かの病気すら心配になってくるレベルだ。
「な、なんだよさっきから」
「惜しいのよ!」
「惜しい?」
「そう、惜しいの!!」
クソー! と悔しそうに、足をドタドタと踏み鳴らす楓花。
だから俺は、そんな楓花に呆れて一度溜め息をつきつつも、もう一言だけ付け加えてやることにした。
「――まぁ、そんな楓花も可愛いと思うし、割と好きだぞ」
「ふぇ?」
「だからもう座れ、あまりドタドタすると下の部屋に響くだろ」
そう言って楓花の顔を見上げると、その頬を少し赤らめながら何とも言えない変な顔をしていた。
「お、お兄ちゃんはさぁ……」
「なんだよ」
「そういうところだよ、もうっ!」
ぷっくりと頬を膨らませながら、また大人しく隣に座る楓花。
そして俺の肩にその身を預けてくると、すっかり大人しくなった楓花と一緒にVtuberの配信を楽しむことにした。
ちなみに今日は、きらりちゃんの配信はお休みだった。
代わりに今日は、同じVtuberグループの竹中がギャルゲー実況をするという、タイトルだけでも出オチレベルで笑える配信をしてくれていたおかげで、日が変わるまで全力でギャルゲー実況する竹中を一緒に楽しんだ。
そしてその間、ずっと楓花は俺に身を預けてきていたわけだが、そんな今日の楓花からは少しだけ、妹ではなく女性を感じている自分がいるのであった――。
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