第38話「変わらぬ日常?」
月曜日。
眠たそうにしつつも、今日もちゃんと早起きした楓花と共に、俺は家の玄関を出る。
楓花じゃないが、また今日から一週間が始まってしまったという気怠さは否めない。
今日も天気は良く、朝日を浴びながら一度大きく伸びをすると、すぐに視界に入ってくる一戸建ての大きな家。
――あの家が、きらりちゃんの家なんだよなぁ。
今までずっと応援していたVtuberが、まさかこんなに近くに住んでいたなんてなぁ。
未だに信じられないが、それは夢でも幻でもないのだ。
だからこそ、改めてこうして気になってしまうのも仕方のないことだろう。
――それに、あんな美少女だったなんてなぁ……。
……っと、いかんいかん。変なこと考えちゃったなと気持ちを切り替えると、隣で楓花が怪しむように俺の顔を覗き込んでくる。
「何考えてるの?」
「な、何も考えてねーよ」
「ふーん、あっそ」
咄嗟に誤魔化すと、楓花も少し言ってみただけといった感じですぐに興味を失う。
しかし、少し星野さんのことを思い出しただけでこれだから、楓花は本当にエスパーなのかもしれなかった――。
◇
いつも通り学校へ向かっていると、突然声をかけられる。
「あ、楓花さん、良太さん。おはようございます」
声をかけてきたのは、四大美女の『大和撫子』こと柊さんだった。
金曜日ぶりに見る柊さんは、今日も朝から和風美人といった感じでどこまでも美しく、こちらへ駆け寄ってくるその姿は駅ですれ違う人々の視線を簡単に釘付けにしてしまう。
それぐらい、四大美女というのはその場にいるだけで、周囲へ影響を与えてしまう存在なのだ。
透き通るような白い肌、そのサラサラとした綺麗な黒いストレートヘアーを少し靡かせながら、小走りで駆け寄ってくる姿はただただ美しく、俺まで思わず見惚れてしまう――。
「おはよう麗華ちゃん」
「おはようございます」
そして、柊さんは楓花と朝の挨拶を交わすと、二人は嬉しそうに微笑み合う。
気が付けば、すっかり二人は友達と呼べる間柄になっており、こうして二人を繋げることが出来たのは俺としても嬉しいことだった。
そして、四大美女が一人から二人になったことで、周囲の視線は更に集まってくる。
どこからともなく「おぉ……」という声が沸き上がるのは、最早仕方のないことだろう。
それから俺は、楽しそうに会話をする二人の後ろを歩く。
こうして後ろを歩いていると、よく分かることがある。
それは、やっぱり二人が周囲から注目を浴びているということ。
そして、そんな二人が何を語り合っているのか、きっと気になっているのだろうということ。
だから、まさかこの二人が「目玉焼きには醤油か塩コショウか」なんて、今日も朝から割とどうでもいい会話で盛り上がっているなんて、きっと誰も思いもしないだろうなと思うとちょっと笑えてくるのであった。
「――で、良太くんはどっち派?」
「え、どっち派って?」
「だーかーらー、醤油派? それとも塩コショウ派?」
そしてやっぱり、その下らない論争の判決は俺へと委ねられるのであった。
しかしどっち派かと言われても、俺個人としては気分でどっちも食べるから、どっちも好きだしそこに正直優劣の差はあまりない。
まぁでも、強いて一番好きなのを挙げるとすれば――、
「マヨネーズだな」
「は?」
「え?」
俺が素直に一番好きな調味料を答えると、楓花は呆れるような表情を浮かべ、そして柊さんまでも困ったような表情を浮かべているのであった。
――え、そんなにマヨネーズ駄目!?
なんなら、マヨネーズなら塩コショウ、醤油の両方と相性が良いんだけどなぁと思っていると、一度溜め息をついて楓花が口を開く。
「まぁ今回は、引き分けということで」
「ええ、そうですね」
どうやら今の反応は、別にマヨネーズが駄目ということではなく、単純に俺が白黒付けずに引き分けで終わらせたことに対するものだったようだ。
だから、ここで俺が「二番目は塩コショウだけどね」とか要らないことを言うと、きっと荒れるに違いないので黙っておくことにした。
ちなみに、今回は醤油派が柊さんで、塩コショウ派が楓花だったようだ。
何となくイメージ通りだなと思いながら、今日も学校へ向かうのであった。
◇
「――おはよう、エンペラー」
「エン? なんだ?」
教室へ入ると、朝から晋平を含むクラスメイト達が俺の席へと集まり出す。
しかし、いきなり俺のことを『エンペラー』と呼んでくるのは、一体全体どういう風の吹き回しだろうか。
「惚けるなよ。今日も大天使様と大和撫子の二人を従えて登校してたろ!」
「従えるっていうか、後ろついて歩いてただけだけどな」
「まぁいい、それよりもだ。――聞いたぞ? お前週末、また別の四大美女と一緒にいたらしいじゃねぇか」
「は? えっ? ど、どうしてそれを!?」
「たまたま見かけた奴がいるんだよ」
しまったな……。
まさかあの現場を誰かに見られてるなんて、全く思いもしなかった……。
しかし、その謎はすぐに明らかとなる。
何故なら、それはあの日星野さんと一緒に行った喫茶店、それはどうやら同じクラスの田山くんの家のお店だったらしい。
田山珈琲店――な、なるほどな。
いくらなんでも、世間狭すぎるだろ――。
星野さんとの世間の狭さならば大歓迎だったのだが、この狭さは予測不可能。
今後はクラスメイト――いや、同級生の苗字が看板となっているお店は避けるしかないのだが……そんな無茶な話は無いだろう。
「今度は『南中の聖女様』とまで仲良くなって、一体どうなってんだよお前の周り!」
「そんなの俺が聞きたいよ……。それに彼女とは、普通に友達になっただけだ」
「と、友達だとっ!?」
友達という言葉に、全員飛び退くように驚く。
何でそんなに驚くのかと思っていると、震えながら晋平が理由を教えてくれた。
「い、いいか? 聖女様はな、四大美女の中でも一番誰とも交わろうとしないことで有名なんだよ。大天使様も孤高の存在としては有名だが、それでも必要があれば話はしてくれるから、最低限のコミュニケーションは取れてたらしい。だけど聖女様に至っては、男女関係なく完全に距離を取っているせいで、会話をすることすら許されないって話なんだよ。それをお前――」
「――そうか、じゃあそれは完全に誤解だな」
「誤解?」
「ああ、彼女はそういう女の子じゃない。本当は明るくて素直な良い子なんだ。だから彼女がそうなんじゃなくて、周りが彼女をそうさせてるだけだ。――それは、そうだな。今お前達がそうやって、よく知りもしない相手のことを噂話とかイメージで決めつけてるのも同じ話だ。それで彼女自身、困ってるとも知らずにな」
何の話かと思えば、本当に何の話だって感じだった。
楓花や柊さんのこともそうだが、こうして噂やイメージばかりが先行して、彼女達は勝手にイメージを植え付けられているのだ。
周囲は無自覚でも、大切なのはそれを向けられた本人がどう思うか。
彼女は周囲を拒絶するような子じゃないし、むしろもっとみんなとコミュニケーションを取りたいと思っている普通の女の子だ。
だからこそ、Vtuberという活動を通して、あんなにも楽しそうに人との交わりを持っているのだから――。
「――そ、そうか。……いや、言う通りだな。すまん……」
「いや、俺だって人のことは言えないさ。だけど、星野さんはきっとみんなの思っているような子じゃないとだけははっきり言っておく。だから、今後はお互い気を付けていこうな」
そう、こういう話は何も四大美女に限らず、世の中に結構ありふれた話なのだ。
例えば、SNSの炎上とかも良い例だろう。
人は事情を詳しく知らないことでも、得られた情報から自分の価値観を照らし合わせて、物事を判断するしかないのだから。
ただそうした時、今回の星野さんの件のように、それが真実と異なる場合が非常に厄介なのだ。
彼女はただ容姿に恵まれたというだけで、話してみれば普通の女の子。
なのに、周囲から聖女様と崇められ、勝手に噂が一人走りして印象付けられてしまうようなこともあるから、俺達は知らないことに対してちゃんと見分ける能力が必要なのだろう。
それから俺は、趣味やVtuber活動の事は秘密にしつつも、みんなに星野さんがどんな女の子かをやんわりと説明する。
本当は明るくて、素直で、良い意味で普通の価値観をした、配信上を除けば純真無垢という言葉がしっくりくるような美少女なのだと。
すると、みんな思っていた印象とは異なっていたようで驚いていたが、意外にもすんなりと受け入れてくれた。
それはきっと、実際にこのクラスへやってくる楓花や柊さんという、同じ四大美女の素顔を知っているからだろう。
「なるほど、良太の言うことはよく分かった」
「そうか、良かった」
「だがその上で、また新たな問題が生まれた」
「問題?」
「ああ、その話が本当なら――聖女様、可愛すぎんか?」
真顔でそう言う晋平に、「本当に聖女様だ」とか言いながら賛同するクラスメイト達。
どうやら、星野さんが普通にコミュニケーションを取れる相手という事実が、彼らの評価を更に引き上げてしまったようだ。
こんな風に、ただ話をしただけで多くの人に影響を与えてしまう辺り、星野さんも楓花達と同じく四大美女の一人なんだということを実感させられる。
こうして、結局新たな四大美女と繋がりをもった俺の二つ名は『エンペラー』ということに変わりはないようで、この際だから最後の一人とも仲良くなっちまえよと、最後は何故かみんなから応援されてしまうのであった。
ストックが許される限り、毎日7時・12時・18時・21時の4回更新!
もし良ければ、評価やブクマ頂けるととても励みになります!
評価は下の☆☆☆☆☆を、思われた数だけ★に変えて頂ければ完了です!
よろしくお願いいたします!




