第30話「寝起きとグッズ」
――ドスンッ!
突然、背中に痛みが走る――。
「……いてて、なんだ?」
その衝撃に目を覚ますと、何故か俺はベッドでは無く硬い床の上で横になっていた。
おそらく先程の痛みは、ベッドから落ちた時の痛みだろう。
しかし、寝ながらベッドから落ちることなんて、これまで一度もなかった。
何が起きたのかよく分からないながらも、おかげですっかり目が覚めてしまった俺は身体を起こして状況を確認する。
そして立ち上がった俺は、ベッドから落ちた原因をすぐに理解する――。
何故なら、俺が寝ていたはずのベッドの上には、仰向けに大の字で横になって眠る楓花の姿があったからだ。
髪は寝ぐせでぐしゃぐしゃになっており、暑かったのか掛け布団は足元の方に押しやられ、はだけたパジャマからは白いお肌のお腹が丸だしになっていた。
――そうだった。昨日は楓花と一緒に寝たんだったな……。
要するに、寝相の悪い楓花に俺は蹴落とされたのだろう。
兄を蹴落とす寝相とかどんだけだよと思いつつ、とりあえず時間を確認する。
すると、昨日寝る前にアラームを設定した時間の丁度五分前だった。
こうして、寝相の悪さは最悪だけれど、目覚まし時計としては無駄に優秀な楓花のおかげで、俺は寝過ごす事なく計画通り起きる事が出来たのであった。
「お兄ちゃ……豆……食べて……へへ……」
今日も訳の分からん寝言を口にする楓花。
恐らく夢の世界でも、苦手なグリーンピースあたりを俺に食べさせて喜んでいるのだろう。
まぁそんなふざけた妹だが、気持ち良さそうにスヤスヤと眠っているためこのまま起こさないでおく事にした。
それに起きられると、出掛ける俺について来ようとする可能性が高いため、この隙にさっさと身支度を済ませる事にしたのであった。
◇
身支度を終えた俺は、部屋にスマホを忘れている事に気が付く。
――しまった……。
せっかく楓花を起こさずに身支度を済ませたのに、このざまである。
俺はそっと自分の部屋に戻り、楓花を起こさないようにそっと枕元に置いてあるスマホをポケットへ入れる。
しかし、僅かに床が軋む音がすると、まるでその音に引き寄せられるように楓花の目がパチリと開かれる。
そして目を覚ました楓花は、むくっと上半身を起こすと、眠たそうに目元を指で擦りながらこちらをじっと見てくるのであった――。
「お、おはよう」
「……なんで着替えてるの?」
「出かけるからだよ」
「……なんで先に起きてるの?」
「お前に蹴落とされたからだよ」
そんな俺の返事に、意味が分からないと言うように楓花は首を傾げる。
――いや、蹴落としてるのはマジだからな。
まぁ寝ているわけだし、無自覚なのは仕方ないのかもしれないけれど。
「……どこ行くの?」
「ああ、ちょっとな」
「……わたしも行く」
「駄目だ。もう時間が無いから、俺はこれから急いで向かわないとダメなんだ」
「……むぅ、何があるの? 女の子?」
「ま、まぁ女の子と言えば女の子だが、お前には関係無いだろ」
俺の大好きな桜きらりちゃんのグッズを買いに行くんだから、女の子と言えば女の子だ間違ってはない――まぁバーチャルの世界だけど。
すると、さっきまで眠たそうにしていた楓花だが、ばっとベッドから飛び起きたかと思うと、まだ寝ぼけているのかその勢いのまま抱きついてきた。
「この浮気者っ!」
「は、はぁ!?」
「一晩共にしたって言うのに、酷いっ!」
「紛らわしい言い方するなっ!」
そんな俺のツッコミも虚しく、そう言って自分の顔を俺のTシャツに擦り付けてくる楓花――。
まぁ寝ぼけているのだろうと、俺はさっさとこの場から離れる事を決意する。
仮にここで楓花の支度を待っていたら、開店には確実に間に合わないからだ。
「まぁ話はあとだ。俺は本当にこれからすぐに出ないと駄目なんだ」
「女のところに!?」
「あーもう! ちげーよ! いつも見てるVtuberだよ! 一応女の子だろ?」
「え? Vtuber?」
「そうだよ!」
「……紛らわしいのよ、バカ」
すると、楓花は呆れたようにため息をつくと、抱きついて離さなかった手をようやく下してくれた。
どうやら相手がVtuberだと知った途端、どうでも良くなったみたいだ。
まぁ実際そうなんだけど、俺はその態度がちょっと癪に障った。
確かにバーチャルだけれど、きらりちゃんのデザインはもちろん中の子だってちゃんと女の子だし、もしかしたらめちゃくちゃ美少女かもしれないだろと。
でも、今はそんな事どうでもいい。
無事に解放された俺は、楓花の気が変わらないうちにさっさとお店へ向かうべきなのだ。
すると楓花は、やはりVtuberと知った途端どうでもよくなったのか、はたまたまだ寝足りないのか、まるで何か良い事に気が付いたように「いってらっしゃ~い」と上機嫌に返事をすると、それから布団を頭から被ってモゾモゾし出すのであった。
それが何なのかはよく分からなかったが、こうして俺は今日のところは一人で出かける事に成功したのであった。
◇
少し予定より遅れてしまったが、無事に駅前のアニメグッズのお店へとやってきた。
既に開店してしまってはいるが、まだ開店後間もないため、店内にはそれほど人はいない様子だった。
この調子なら大丈夫そうだなと思いつつ、俺はすぐにお目当てのVtuberグッズのコーナーへと向かう。
するとそこには、ちゃんと桜きらりちゃんの所属するVtuberグループの特設コーナーが設置されており、まだ桜きらりちゃんのグッズも全て置かれた状態だった。
俺は心の中で『地方バンザイ!』と叫ぶ。
その高まりを胸に秘めながら、とりあえず最初に目についた桜きらりちゃんのアクリルキーホルダーへと手を伸ばす。
しかし、その時だった――。
俺が手を伸ばすのと同時に、同じくそのアクリルキーホルダーへ手を伸ばす人物が一人――。
そして俺の手とその伸びてきた手は、図らずもぶつかってしまう。
「「あっ」」
手がぶつかった相手と俺の声が、見事に声がシンクロする。
そしてその声は、驚く事に女の子の声だった。
慌てて俺は手を引っ込めると、まだ数はある事だしその女の子に譲る。
「す、すいません! どうぞ!」
「あ、いえ、こちらこそ……」
「いえいえ、どうぞ」
「いえ、本当に大丈夫ですので……」
譲り合う二人――。
引っ込み事案なのだろうか、か細い声で言いずらそうに断ってくる女の子。
そして俺は俺で、その子の姿を見て驚いてしまう。
絹のようにキレイな金髪のストレートヘアーに、楓花よりもはっきりとしたブルーの瞳。
そして少し小柄だけれど透き通るマシュマロのような白い肌をしており、一目で彼女が北欧辺りのハーフか外国人である事が分かる。
変装だろうか、マスクに伊達メガネをしているのだが、それはファッションのためにしているとは思えない。
けれども、それでも彼女がとんでもない美少女である事が一目で伝わってくるのであった。
それこそ、楓花や柊さんに引けを取らないレベルの――――。
偶然触れ合ってしまった手。
そして、見れば一目で吸い寄せられるようなとんでもない美少女。
それだけでも情報過多なのだが、更に俺はもう一つの事に気が付いてしまったのだ。
そしてそれは、先の二つの事よりも俺にとっては重大な事だった。
最初は引っ込み思案なだけかなと思ったが、その声は恐らく意図的にか細くされている事に気付いてしまったのだ。
そして俺は、彼女がそうしないといけない理由も分かっている。
何故なら、それは俺のよく知る声そのものだったから――。
「――きらりちゃん?」
自然と俺は、そんな言葉を口にしてしまう――。
そしてその言葉に、目の前の彼女は目を丸くして驚く――。
そう、彼女から発せられたその声は、Vtuberの桜きらりちゃんの声そのものなのであった――。
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