第23話「感想」
突然部屋に入って来たかと思うと、そのまま抱きついてきて泣き出す楓花。
そんな楓花の様子に戸惑いつつも、とりあえず泣き止ますため頭を優しく撫でてやる。
「どうした?」
「……お兄ちゃんは、グスッ、どっか行っちゃたり、しないよね?」
少し落ち着いてきたところで優しく声をかけると、楓花はばっと顔を上げながら、逆に訴えかけるようにそんな事を聞いてくる。
なんで俺が? と思ったけれど、泣いている楓花は至って真面目に聞いてきているようなので、理由はよく分からないが俺も真面目に答えることにした。
「――まぁ、いつかは離れ離れになるだろうな。それこそ、大学進学したら一人暮らしになるかもしれないしな」
そう、俺達の住んでいるこの町は、残念ながら都会とは離れている。
だから、例えば大学へ進学するにしても、自分の学力に合う大学は近場では本当に限られており、それ以外になるとどうしても都心の方へと出ていく必要が出てきてしまう。
そうなると俺は、一人暮らしをしなくてはならなくなるだろうし、たとえ大学が近場で済んだとしても、大学を卒業して就職する時、きっとまた同じ話になるだろう。
だからむしろ、俺がこうしてこの家に居られるのは、今のうちと考えるべきなのだろう。
そう思うと、こうして今のように家族と共に過ごせる時間というのは、本当に限られてるんだなと実感する。
だから俺は、寂しさを感じつつも正直に答える。
この先ずっと、楓花と一緒にいてやれる保証はないと。
「だったら……だったらわたしも! そこで一緒に住むもんっ!」
すると楓花は、そう訴えながら、まるで俺から離れたくないというように腕にぎゅっとしがみ付いてきた。
今はジャージ姿だが、さっきまで外出していたから眼鏡はしておらず、そのうえしっかりとお化粧までしている事で、今の楓花はいつもの干物の感じとは違う。
つまりは、今俺の腕に抱きついているのは、この町で四大美女と呼ばれている美少女。
そしてそれは、俺の腕に当たったその柔らかい感触と共に、俺は相手が妹だというのにもかかわらず、あろう事かこの状況に少しドキドキしてしまっているのであった――。
そんな感情、死んでも楓花にバレるわけにはいかないため、俺は必死に隠しながら話を続ける。
「一緒って、学年が違うだろ?」
「一年後、同じ大学行って同じ家に住むもんっ!」
「いやお前、そもそもなんでそんなに俺と一緒がいいんだよ?」
「それは――馬鹿! 馬鹿兄貴っ!!」
言葉に詰まった楓花は、何故か怒って俺の腕をポカポカと叩いてくる。
そんな全てが意味不明な楓花だが、これも今日観た映画に影響されているのだろう。
色々見どころの多い作品だけれど、どうやら楓花にとっては、主人公がヒロインの元から離れていくシーンが一番心に残っているようだ。
まぁそれでも、なんで兄妹の俺なんだよって感じはするのだが、思えば楓花は昔からいつも俺にべったりのお兄ちゃんっ子だったから、まぁ楓花は楓花なりに色々と思うところがあるのかもしれない。
何故そう思うかというと、それは楓花には絶対に言わないが、俺だって離れる事が寂しくないわけではないからだ。
いざ楓花が居なくなる事を考えると、勝手に部屋に入ってくる事も、干物中にパシりにされる事も無くなるだろうし、色々と清々するのかもしれない――けれどやっぱり、それが無いなら無いできっと寂しくなるだろうから。
楓花がいるから、俺は退屈しないで済んでいるのだ。
だからこそ、そんな楓花が近くにいない状態を思うだけで、それはやっぱりちょっと寂しい事だった。
だから俺は、腕をポカポカと叩いてくる楓花の腕を掴みながら言葉を付け足す。
「……まぁ、お前が同じ大学受かったらな」
「えっ?」
「お前が俺と同じ大学に合格できたなら、考えてやらんこともない」
「ほ、本当っ!?」
「で、でもな、きっと広い家に住む余裕なんて無いから、それが嫌なら――」
「大丈夫っ! むしろ狭くていいっ!」
そう言って、さっきとは打って変わって満面の笑みを浮かべる楓花。
そんな満面の笑みを至近距離で向けられると、ふと脳裏にこの間父さんの言った言葉が蘇ってくる――。
『おい良太! 付き合ったらちゃんと報告するんだぞ?』
俺は即座に、何を考えているんだと考えをかき消す。
しかし、気を抜いたら思わずそんな事を考えてしまう程、目の前の楓花は子供から一人の女性に――しかも、誰もがその姿に目を奪われてしまうような美少女へと成長しているのであった。
◇
それから楓花は、自分の部屋には戻らずそのまま俺の部屋に居座った。
そして、さっきまでの涙はどこへ行ったのやら、また俺のベッドの上で横になりながら、ギャグ漫画を読んでケラケラと笑っている。
「ねぇお兄ちゃん、続きとってー」
「お前の方が近いだろ、自分で取れよ」
「無理ー、はやくしてー」
「あーもう、はいはいこれな」
「ありがとー♪ お兄ちゃん大好きー♪ あと飲み物とってきてくれたら最強ー♪」
「それは知らん」
こうして夜ご飯の時間まで、楓花は俺の部屋に居座りながら、ひたすら漫画を読み続けているのであった。
こんな風に、気を抜くとすぐにいつもの干物状態に戻ってしまう楓花に呆れつつも、まぁそんな楓花の方が気楽でいいかと思う自分がいた。
なんやかんや言って、結局こうして楓花と一緒にグダグダと過ごす休日も悪くはないなと思える程度には、俺は俺でこの時間を楽しんでいるのだから――。
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