第21話「同級生」
――えっと、楓花の知り合い……?
突然現れた見知らぬ男の子に睨まれながら、俺はどうしていいのか分からず戸惑うしかなかった。
しかし、こんな人混みの中で睨まれ続けているわけにもいかない。
とりあえず、彼は何か大きな勘違いをしているようなので、まずはその誤解を解く事にした。
「――えーっと、楓花のお知り合いですか?」
「ふ、楓花っ!?」
極力平静を装いながら、落ち着いてまずはそう問いかけると、彼は俺が楓花を呼び捨てにした事に対して酷く驚いている様子であった。
――うーん、やっぱりこれ、勘違いしてるよなぁ……。
そう思った俺は、とりあえず単刀直入に俺と楓花は兄妹である事を伝える事にした。
「その、何か勘違いしてるようだけどさ、俺と楓花は――」
「ど ち ら さ ま で す か ?」
しかし、俺の言葉をかき消すように、楓花は張り付いたような笑みを浮かべながら彼に向かってそう言い放ったのであった。
――え? 知り合いじゃないのか?
てっきり楓花の知り合いか何かだと思っていたが、どうやらそういうわけでも無さそうだ。
というか、よく考えたらこんな楓花に異性の知り合いがいるなんて事自体、普通に考えて有り得ない話だった。
「――いや、俺は中学の時の同級生で、その、風見さんが無理矢理――」
すると彼は、そんな楓花に気圧されてしまったのか、しどろもどろになりながらも今ここに割り込んできた理由を口にし出す。
どうやら彼は楓花と同じ中学だった同級生で、やっぱり俺達の関係を勘違いして止めに入ってくれたみたいだ。
まぁ勘違いではあるのだが、一応彼は楓花の事を助けようとしてくれたわけで、悪い奴では無さそうだけど……。
それにこう言ってはなんだが、見た目も普通にイケメンだし、言い方は悪いが女の子には不自由して無さそうだなぁというのが彼に対する率直な印象だった。
でも、そんな外見も中身も良さそうな彼もまた、楓花の事が気になっているのだろう。
この間のストーカー紛いの男子同様、楓花を前にした彼はその顔を真っ赤に染め、それだけでもう楓花に気がある事が丸分かりだった。
「いや、わたしは今日、良太くんと遊びに来てるんだけど?」
「りょ――!? い、いや、でもさっきは嫌がって――」
しかし、楓花はやっぱり彼の事なんて気にしない。
俺と一緒に遊びに来ている事をやたらと強調した楓花は、そう言って俺の服の裾を指で掴み、彼に向かって俺達が仲の良いアピールまでしだす。
そんな事をされては、楓花に気がある彼は当然戸惑ってしまう。
俺を名前呼びしていること。そして、仲良くしている様を目の前で見せつけられた彼は、驚きを飛び越して驚愕の表情を浮かべる。
「さっき? あぁ、あれはわたしが良太くんに我儘を言ってただけだよ。仲良しが故ってやつ? だから、わたしは平気だからもう大丈夫だよありがとう」
一応、助けに入ろうとしてくれた事は分かっているのだろう。
淡々と事実を説明した楓花は、そう言って話を終わらせにかかる。
ニッコリと張り付いた微笑みながら、全部貴方の勘違いだからもう帰っていいよと言うように――。
その結果、彼は固まってしまっていた。
きっともう、楓花に投げる言葉が見つからないのだろう。
人間、思考が停止するとこうなるのかと少し感心しつつも、こうして目の前で一人の男が失恋する瞬間に立ち会ってしまったのである――。
「じゃあ、そろそろ映画の時間だからバイバイ」
しかし、やっぱりそんな事など全く気にしない楓花は、そう彼に伝えると俺の腕に抱きつきながら「行こ? 良太くん」と言って引っ張るように歩き出すのであった。
これではまるで、彼からしてみれば俺が楓花の彼氏だと思われるんじゃと思ったが、恐らく楓花もそれが目的なのだろう。
だからここは、そんな楓花に大人しく合わせてやる事にした――。
◇
「おい、良かったのか?」
「いいのよ、たまにいるんだよね」
彼との距離が十分離れた事を確認した俺は、やっぱり気になって小声で確かめる。
すると楓花は、物凄くうんざりとした表情でそう吐き捨てるのであった。
「普段は話しかける勇気も無いくせに、さっきみたいに何かキッカケが目の前に転がってきたら、ここぞとばかりに近付こうとしてくるやつ。わたしはお前らのご都合ヒロインじゃないっての。せっかくのお兄ちゃんとのデートなのに邪魔するな」
プンプンと怒りながら、溜め込んだ毒を吐き出す楓花。
それを聞いて、俺はなるほどなと思った。
きっと楓花には、楓花にしか分からないような苦悩があるのだろう。
それこそ、四大美女と呼ばれる程の身の上にもなれば、俺の見えないところで色々とあることの方がむしろ自然なのだ。
だからこそ、相手に付け入る隙を一切見せずにバッサリと切り捨てるのは、一見キツいようにも思えるが楓花なりの配慮なのだろう。
もしここで、相手にほんの少しでも望みを残すような態度を取る事の方が、きっと残酷なのだ――。
そんな楓花の成長に感心をしつつも、さっきの話の中で一つだけ間違っている事があったため、大事なことだしここはちゃんと伝えることにした。
「いや、デートじゃないぞ?」
「ふぇ?」
「だからこれ、デートじゃないぞ?」
信じられないものを見るように、驚く楓花。
だが俺は、さっきしれっと楓花がデートと口にした事を聞き逃したりはしない。
そこだけは、ここでしっかりと訂正させて貰う。
今日は楓花の我儘に付き合ってやってるだけで、兄妹でデートだなんて甚だ可笑しな話だからな。
「――お兄ちゃんは、大きな勘違いをしてます」
「勘違い? 何が?」
「男女が一緒に映画を観に行く事は、たとえそれが兄妹でも、デートはデートなのっ!」
そう言うと楓花は、いじけるように頬をぷっくりと膨らませる。
そんな、どうしてもこれはデートなのだと譲らない楓花だが、兄妹なのに何故そんなことで意地を張るのかちょっと謎だった。
でもまぁ、普段は引きこもって家を全く出ないあの楓花が、今日はこうしてちゃんとおめかしまでして表に出てきているのだ。
そんな楓花を見ていると、ここであんまり否定するのもちょっと可哀そうかなと思えてきた。
だから俺は、これから一緒に映画も観るわけだし、今日ぐらいは楓花に合わせてやってもいいかと折れる事にした。
「――まぁ、そう言われるとそうなのかも、な。悪い、じゃあ気を取り直してデートを楽しむか」
ならば、やるなら徹底的にだ。そう言って俺は、楓花の手を取った。
デートと言えば手繋ぎという俺の安直な考えではあったのだが、ちょっとは楓花のお望み通りデートっぽくなるだろうと思って。
すると、手を握られた楓花はというと、見る見るうちにその顔は真っ赤に染まっていき、恥ずかしがっているのが一目で分かった。
これはデートなのだと言って譲らないから、こっちがそれっぽく振舞ってやったというのに、いざそうなると恥ずかしがってしまう楓花の事が、不覚にもちょっとだけ可愛いなと思えてきてしまう。
「――これは、違うから」
「違う? じゃあ、やめた方がいいか?」
「――やめなくていい」
目を合わさずに、ぼそっと呟くようにそう返事をする楓花。
そしてぎゅっと、繋いだ手を握り返してくるのであった。
だから俺も、ここは「そっか」とだけ返事をし、それから映画館までそのまま手を繋ぎ合いながら向かったのであった。
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