弟子の成長
「師匠、お待ちしてました!」
元気のいい声で、俺とナナさんを出迎える鳥。クッキングバード・レギオンの内の一羽だろう。
「久しぶり。人の言葉を話せるようになったのか」
「モンスターの言葉が分かる人は少ないですからね。沢山の人に料理を食べてもらう為には必要な事でした。とと、そんな事より、さあ奥へ!」
クッキングバード・レギオンの後に続いて、リリィ達が待っている席へと向かう。その途中、ガラス張りになっていて調理スペースが見れる場所があった。そこからはグツグツと煮える鍋に浮かんだクッキングバード・レギオンが真剣な表情でスープの味をみていた。
「知ってたけどやっぱりシュールだわ……」
呟きが聞こえた訳ではないだろうが、こちらに気づいて驚きの表情を浮かべた。その後、鍋から出ようか迷いながら目礼をしてきた。まだ出汁が取りきれていないらしい。
「ねぇライ君。さっき師匠って呼ばれてたけど、この子達とはいつ出会ったの?」
「チュートリアルが終わって……一週くらいしてからだったかな? もっと早かったっけ?」
「……早くない? その時期にこの子達に会おうとしたら、かなり危険な場所に行く必要があると思うんだけど」
「空までカッ飛んで、たまたま通り掛かった大怪鳥にキャッチされて巣までお持ち帰りされたので」
「ヴィルゾーヴってばなんでそんな事を……」
なんでだろうね? あの時は厄災発生の元である怨嗟装備を装備してたから、それで興味を持たれたのかもしれないな。たしか帰り際に忠告されたし。
「ライ、遅い……」
「久しぶりです店主さん!」
「ようシフォン。で、なんでフィーネは萎びてるんだ?」
「ライがなかなか来ないから、このいい匂いの中で何も食べてない。地獄はここにあった……」
「先に食べてても良かったのに」
「ふふふ、それじゃあフィーネも限界みたいですし、直ぐに持ってきますね。店主さんが来るって聞いたうちの子達が「修行の成果を見せるんだ」って張り切ってるんで、いつも店で出してるメニューとはちょっと違うんですけど」
「お、それは楽しみだな」
噂で美味いのは聞いていたし、実際来てみてもあの行列に繁盛具合だ。普段のメニューでもかなり美味いのだろう。それなのに更に特別なメニューとなると、期待せざるを得ない。厨房へと向かうシフォンとクッキングバード・レギオンを熱い眼差しで見送っていると、ナナさんが話掛けてきた。
「ほほぅ。シフォンちゃんとも知り合いなのはさっき聞いたけど、見事に知り合いが女の子ばっかりだね」
「俺のハーレムです」
「わお! ライ君やるーぅ」
「違うでしょ!」
「そうですよ! 嘘ですからね!」
「……スープはよ」
悪ノリしたら秒で否定された。悲しみ。
「まあ冗談はこの辺にして。紹介するよ、こちら俺のチュートリアルを担当してくれたナナさん」
「よろしくね」
「ナナさん……?」
何故かナナさんと聞いて不思議そうな顔をするリリィ。ティナも少し驚いた顔をしている。フィーネは……萎びたままだ。
「それでこっちが友達のパーティーメンバーで、エルフがリリィ、ポニテがティナ、萎びてるのがフィーネね。なあ、ナナさんがどうかしたのか?」
「知らないの? チュートリアルで出て来るナビの中でも、とびっきりのスパルタだって有名なのよ?」
「すっごく厳しいから出て来たらチュートリアルはスキップするかキャラを作り直せって書かれてましたよ!」
「マジで?」
そんなに厳しかったかな? 召還魔法で出て来たモンスターを二匹倒すだけだったし、俺みたいな偏ったステータスしてなければ余裕だと思うんだが……。
「心外だなぁ。そんなに厳しくなかったよね?」
「まあ、基本口出しとかしないで観てるだけだったし」
「チュートリアルに何日も掛かる時点でおかしいでしょ!」
「はっ! 確かに!」
自主的に挑んでたから何も言われなかっただけで、リジェネスライムを別のモンスターに変えてくれと言っていたらよりヤバいモンスターと戦う事になっていたのかもしれない!
「やだなぁ、そんな事しないよ。そのまま戦ってもらうだけだってば」
チラリとナナさんの方を見ると、笑顔でそう言いきられた。またナチュラルに思考を読まれてるし。
「でもリジェネスライムは事故みたいなものだからね? さすがにあれ以降、最初のモンスターで躓くような人はいなかったよ」
「つまり二回目の戦闘で躓く人はいる、と?」
「……」ニコリ
笑顔で黙秘された。
「体験者の話だと、ギリギリ倒せるかどうかの強さをしたモンスターと戦う事になるみたいね」
「全力で戦ってワンチャンあるかどうかって話みたいですよ? ライリーフさん、よくあのステータスでクリアできましたね」
「本当ね。下手なボス戦より厳しかったって人もいるのに」
「下手に戦えるステータスをしてなかったから、かな?」
今思い返してみても、召還される順番が逆だったらより悲惨だったろうなってくらいには綱渡りなチュートリアルだった。いやはや、本当によくクリア出来たな俺。
「あ、ほらほら。私の事は置いといてさ、料理が来たみたいだよ」
「ふおぉ……!」
ナナさんの一言でフィーネが復活した。いや、これはフィーネじゃなくても生き返る。何故ならこの場にいる全員の意識が、運ばれて来る料理に釘付けになったのだから。
「お待たせしました!」
「今の僕らの持てる全てを注ぎ込みました!」
「どうぞ御賞味ください師匠!」
「お、おお……」
なんてこった、料理が輝いて見えるぜ! まだ食べてないのに美味いって分かるわ。もう匂いだけでも白飯三杯は食えてしまいそうな程に美味い!
噂のスープはもとより、リャパリャパ炒めの格も俺が作る物を遥かに凌ぐクオリティだ。そして何より目を引くのが、中央に置かれた鳥の丸焼き……鳥の丸焼き!?
「まさか!?」
思わず整列するクッキングバード・レギオンの数を数える俺。一、二、三、四……六羽しかいない! こいつら十羽で一組だった筈なのに!
「おま、嘘だろ……?」
「……? ああ! それは市場で買ってきた鳥ですから、僕らじゃないですよ」
「さすがにまだ自分達の肉を使える程の回復魔法は覚えてませんからね!」
「他の子達は休暇中で店にいないんですよ」
「なんだ、そうだったか。本気で焦ったぜ……。えっ、まだ?」
「ライ! 早く食べよう! 熱々を食べないのは弟子に失礼!」
「あ、ああそうだな。いただきます!」
とりあえずスープから……むおっ!? な、なんだこの美味さは! 鳥の出汁だけじゃない、あらゆる出汁の良い所を全て兼ね備えたかのような奥深く力強い味わい。暴力的なまでの美味さなのに全く飽きが来ない。無限に飲めるぞこのスープ!
「……凄まじい腕前だな」
「この味の為に、日々の食事から拘ってますから」
誇らしげなクッキングバード・レギオン達。その顔には、料理人と食材、その両方のプライドが浮かんでいた。
「もう絶対俺より上にいるよお前達。んむ、このリャパリャパ炒めも超完璧な炒め具合だし」
「あ、それは私が作ったんですよ! リャパリャパ炒め本家の店主からやっと合格もらえましたね」
「ああ、そう言えば初めて会った時にも食べたっけ、シフォンのリャパリャパ炒め」
リャパリャパ炒めはよく食べられてるメニューらしいし、別に俺が本家本元って訳でもないんだけど。まあ、嬉しそうだしいいか。
「ふぅ、最高の時間だった……」
「本当、こんな美味しい料理初めて食べたかも」
「シフォンさん、鳥さん達もご馳走様でした!」
「はい! また食べに来てくださいね!」
最高に美味い料理もすっかり食べ終え、シフォンに見送られながら店を出ようとした俺達だったが、不意にクッキングバード・レギオンの一羽に呼び止められた。
「し、師匠!」
正確には俺が。
「ん? どうした?」
「あ、あの……久しぶりに師匠の作ったご飯が食べたいです!」
「僕も!」
「私も!」
わらわらと集まって来るクッキングバード・レギオン。まあ、作ってやるのは構わないんだが……。
「もうお前達が作った方が美味いと思うぞ? それでも食べたいのか?」
「それでも食べたいです!」
「食べたいです!」
「しょうがないなぁ。簡単なので我慢してくれよ?」
シフォンに許可を貰って店の厨房を借りる。手持ちの食材で作れそうなのは……ふーむ、豚の生姜焼辺りでいいか。煉獄の虚島にいた時も作ってやったし。本当は肉をタレに漬け込んでおきたい所だが、今回は時間がないので肉焼いてタレを絡めるだけ。手抜きですまんな弟子達よ。
「ほれ、できたぞー」
「やったー! 師匠のご飯だ!」
「うぅ、おいひいよー……」
泣く程か!? 味見したけど、普通の味だったぞその生姜焼!
「ライ。この子達にとって、ライの作ったご飯はお袋の味。久しぶりに食べるからな気もする」
「あ、なるほど。……ん? なんでフィーネがそんな事を知ってるんだ?」
「この子達とはライのご飯について語り合う仲だから」
「そっかぁ。……フィーネも食べるか?」
「もちろん!」
クッキングバード・レギオンの目標は親子丼。
部位欠損の回復を目指して修行中。




