ランク上げ ~魔法の力~
「この姿になったからには速攻でぶっ倒す。覚悟しろよカバ野郎!」
「ヒュー! いいぞウォーヘッド、ぶちかましてやれ!」
「噂以上にモジャモジャっすね!」
ウォーヘッドの変身が終わると同時に、ルルとライトがアーツを食らわせつつベビーモスから離れる。俺は役に立たなそうなので引き続きBGM担当だ。ピ~ヒョロロ~。
「……気の抜ける音はこの際無視だ。食らえ、フルバースト!!」
「モ、フモォ……!?」
絶え間なく浴びせられる水の弾丸に、ベビーモスの動きが鈍る。突進を使おうにもウォーヘッドの動きが速く、狙いが付けられずに走りだせないようだ。
「ナイスウォーヘッド! オーバーヒート、からの……天地両断!」
お、今のは片手剣の上級アーツだな。コーデル王国の騎士団に使っている人がいたので間違いない。モーションはシンプルな上段からの剣の振り下ろしだが、攻撃範囲が剣の間合いよりもかなり広く設定されているので、今のように敵との距離が開いていても命中する。威力も上級なだけあって、なかなかに高い。もっとも、ベビーモスには火属性アーツよりはマシって程度のダメージでしかないみたいだが。
「うげ、オーバーヒートありでもこの程度しか減らないのかよ」
「本当に相性悪いっすね。それじゃ次はあたしが……」
ルルがライトに続いてアーツを発動しようとした時、それまで景気良くばら蒔かれていた弾幕が途切れてしまう。
弾幕から解放されたベビーモスは、接近して来ているルルに気付き反撃の前足スタンプ攻撃を放つ。
「ブモォ!」
「わっ!? ちょっとウォーさん! なんで攻撃止めてるんすか!?」
「や、やっちまった……弾切れだ」
「ピヒュッ、うちで魔力補給してたんじゃなかったのか!?」
「すまん、前回使った時に補給し忘れてた! アーツで俺のMP分なら補充できるが、こいつの消費量じゃまた直ぐに弾切れになっちまう」
普段から使ってれば忘れる事もなかったろうに……。とはいえ恨み言を言っても状況は変わらないか。ベビーモスのHPは残り六割弱、有効属性無しでどれだけやれるだろうか?
「ライリーフ、クインティア用の水属性マガジン作ってたりしないか? もしくは今作れたり」
「悪いが持ってないし、さすがに戦場でアイテム作れる程生産職極めてない」
「だよなぁ……」
せめてあの燃える汗さえ封じられれば、時間は掛かるけど負けることはないんだが……。
「む、閃いた!」
「あ、嫌な予感……」
「ライト、なんで呆れた顔してるんすか?」
「ライの顔を見ろ。あれは何か頭悪い方法を思いついた時の顔だ」
「聞こえてんぞ? まあ見てろって」
あれが汗だってんなら、出口である汗腺を塞げばいいんだよ。次に汗を撒き散らした時にタイミングを見計らって、っと!
「魔力全開でオイルコート!!」
「ブモ!?」
「どうだ! ただのフライパンがテフロン加工も真っ青のツルツルスベスベ焦げ付き知らずになる、生活魔法オイルコートの味は! 全身まるっと油で覆われたお前が、汗を撒き散らす事はもはや不可能!」
「すごいっす! ライト、ベビーモスがテカテカになったっすよ!」
「うん、そうだな……」
「見たかライト? 俺のこの完璧な策を! さあ、あとは殴るだけだぜ!」
「いや、めっちゃ燃えてて殴りづらいんだけど」
「何ぃ!?」
振り向くとベビーモスが燃え上がっていた。それはもう見事な大炎上である。どうやら地面に残っていた汗から引火したらしい。
「何してんすかライ、熱くて近づけないんすけど!?」
「おかしいな……脳内シミュレーションでは完璧だったのに」
「一応ダメージはあるみたいだが、割りと平気そうだなあいつ。鎮火に残りの弾使った方がいいか?」
「待った、俺が吸い取る。フレイムアブソーション!」
アーツの発動と共に、ベビーモスを覆う炎がライトの持つ盾へとみるみる吸収されて行く。
「ああ、あったなそんなアーツ。対人戦以外で使ってんの初めて見たぜ」
「これ、結構大きめの炎にしか使えないうえに自分で出した炎には使えないから出番少ないんだよなぁ」
「それ使えるなら普通に殴れるじゃん! 殴りづらいもクソもないじゃん!」
「ハハハ、言ってから思い出したんだわ。ま、こいつのバフ倍率はかなり良い感じだからな、ここからは炎属性アーツでもいいダメージになるぜ!」
「さっきオーバーヒート使ってたから無理じゃないっすか?」
「あ、やべ、ダメじゃん!」
ベビーモスの攻撃は全員避けられているし、このままぐだぐだと戦い続けても勝てはするだろう。ただそれだとかなり時間が掛かるからなぁ。できればあと数回クエストを追加でこなす為にも、サクッと倒してしまいたい。魔法……魔法さえ使えたなら……。
「あ、俺魔法使えたわ」
「生活魔法だろ? さっきも使ったじゃん」
「ふっふっふっ、あんな小細工と一緒にしてもらっちゃ困るなライトくん。俺は既にそのステージから大きく成長を遂げていたのさ!」
「な、なんだって!?」
「それなら最初から使えばいいじゃないっすか」
「きっと忘れてたんだろ? それか俺に水鉄砲使わせたくて黙ってたかだな」
「両方大正解だぜウォーヘッド!」
忘れてたし、変態が颯爽と駆け回る様も見たかった。
「フモモォ!」
「おっと、慌てなさんなベビーモス君。そんなに急かされずとも直ぐに相手してやるって」
突進のアーツを手頃な岩へと誘導しつつ、華麗に回避しいざ変身!
「さあ来いアーデ、変身の時間だ!」
『ほいほいお久。お芋の里から喚ばれて見参アーデだよー。いやぁあそこかなり良い所だね。空気綺麗だし、お芋美味しいし、なんと言っても世界樹のお膝元だもん。今度隠れ里の皆も招待したいんだけどさ、いいかな? いいよねー?』
「戦闘中なんだけど!? 変身急いでもらっていいかな!?」
『あ、ごめんごめん。良い所だったからさ、誰かに話したくて仕方なかったんだ。ほら、あそこのお芋達うちのこと見えないじゃん? 話し相手がいないのは退屈なんだよねー』
「いいから! 変身!」
『分かってるってば。はい、いいよー』
「よっしゃ!」
アーデが宿ったイヤーカフを指で撫でる。三つの宝石が光輝き、その輝きは瞬く間に増大して俺の全身を覆い尽くす。魔法少女物のアニメであれば、ここで変身バンクが挿入される所だが、残念ながらスプルドはそこまでしてはくれない。一瞬で変身は終了してしまうのだ。でもせっかくだから変身の決めポーズだけはとらせてもらうぜ!
「魔法少女ライリーちゃん華麗に推参! あたしの魔法で月までぶっ飛ばしてやんよ!」
「うわ、ライがめっちゃ可愛くなったっす。あの耳に着けてたのってオシャレ目的じゃなかったんすね!」
「あっはははは、魔法少女とかマジかよライ! それは予想してなかったぜ!」
「えぇ……? なんでそんなノリノリで変身できんのこいつ」
「羞恥心は家に置いてきた。ハッキリ言ってこのゲームについていけないからな」
「お前の羞恥心って取り外し可能だったのか。あと、飛んでるとパンツ見えんぞ」
いやん、ウォーヘッドのエッチ! でもな、スカートの中を見ようとすると、謎の光さんが遮ってくるから見れないんだぜ? 俺はリリィの撮影会の時にそれを知って軽く絶望した。絶対に中が見えない角度で、ギリギリ見えそうなタイミングを追究することで克服したがな。
「それはともかく……先ずはチャージ一回で様子見かな? トゥインクル・チャージ」
炎を吸収されたベビーモスの体表は、幸いにもオイルコートでテカっている。つまり汗腺は油でコーティングされたままだ。汗を気にしなくていいんなら、攻撃のタイミングは計り放題だ。ウォーヘッドをターゲットしたベビーモスの無防備な横腹目掛けて……。
「行っくぜ~! トゥインクル・スマッシュ!」
「グモォ!?」
ナイス、クリーンヒット。クリティカルも乗ったかな?
「ヒュー! 今の良いダメージ入ったな!」
「あたしのアーツより効いてるっすね!」
「おいおい、普通に強いなそれ。普段から使えよまったく」
「ブーメランかな?」
クリティカル有りのチャージ一回でこのダメージなら、最大でもチャージは三回くらいで十分だな。名も無き悪意の化身の時みたいに五回チャージしたのを使ってもいいが、あれはこっちの腕も吹き飛ぶし、そうなると倒した後が大変なので封印だ。VITでも上げれば耐えられるようになるんかね?
「止めのスマーッシュ!」
「ふぃ~、ライがライリーちゃんになってから楽勝だったっすね」
「今回はメンバーのジョブが物理寄りに偏ってたからな。魔法職がいればこんなもんじゃね?」
「魔法(物理)だったけどな、あれ。お、結構な経験値貰えてるな」
「んでドロップはしょっぱめかぁ……。ライのラックリンク有りでこのドロップなら周回はしなくていいな」
「そっすね」
「よし、それじゃギルドに戻ってランクアップだ!」
「「「おー!」」」
こうして俺達の冒険者ランクは、Bランクになったのだった。
「所でライリーフ、お前いつまでその格好でいるんだ?」
「え、気が向いたら戻るけど? ウォーヘッドこそモジャモジャしたままだぜ?」
「しまった!」




