ランク上げ ~ベビーモスは汗かき~
迫り来るベビーモスに、ウォーヘッドが魔導小銃を乱射する。しかしベビーモスの走りは衰える事は無く、巨体を揺らしながら鼻息荒く弾丸を弾きながら猛烈な勢いで迫り続けている。
「くっ、足止めにもなりゃしねぇか!」
ライトとルルのバフはまだ不十分だ。ここは不用意に叫んで気づかれた責任をとって、俺が肉の壁となり時間を稼ごう。
「ウォーヘッド、撃ち方止め! 俺が前に出る!」
「いやいやお前じゃ止められないだろ!?」
「あの突進はきっとアーツだ。俺に当たれば止まるし銃も効くようになるだろうよ!」
あの質量との正面衝突は装備の耐久値的によろしくなさそうなので、全て外してインナー姿で相撲の時間だ!
「はっけよーい、のこぶべら!?」
ダンプカーにでも轢かれたかのような衝撃と共に、きりもみしながら跳ね上げられる。もうこのふっ飛び方にも馴れてきた気がする。
瞬殺されたが問題無い。予想通りベビーモスの突進は俺に当たった時点で止まり、ウォーヘッドがすかさず撃ち込んだ弾丸も弾かれずにダメージを与えている。トップクラスの避けタンクプレイヤーであるウォーヘッドがダメージを与えてヘイトを稼げたのだ、これで二人がバフを盛るだけの時間は確実に稼げるだろう。
「この野郎、めちゃくちゃ堅いな。クインティアが豆鉄砲みたいに思えてきやがるぜ。おいライリーフ! 派手に吹き飛んだが大丈夫か!?」
「ハッ、このくらいいつものダメージ調整だぜ!」
「ふはっ、大雑把なダメージ調整もあったもんだな!」
軽口を叩きながら、思考操作でメニュー画面から装備を着け直す。世界樹装備一式に、武器は幻影水晶の剣とトマホーク。おっと、今日は石のトマホークじゃないぜ? ちょっと奮発してアイアントマホークだ! 当然石のトマホークよりもATKは高く、しかも何回か手元に戻って来るみたいなので、もしかしたらこっちの方がコスパ優秀かもしれない装備だ! さっさと切り替えておくんだったぜ!
「ハッハーァ! 隙だらけだぜカバちゃんよォ!」
無防備な尻めがけてサイクロントマホーク! 石のトマホークの時よりも鋭い風切り音が心地良いぜ!
「ムモォ!」
「全然効いてねぇ! 怒らせただけだぞライリーフ!」
「あっれぇ……?」
物理ダメージ通り難い感じかね?
「待たせたな! バーニングスラッシュ!!」
「あたしも続くっすよ! 双破・裂空掌!」
ライトの斬撃から爆炎が立ち上り、風を纏ったルルの掌撃が更に炎を大きくする。膨れ上がった炎はベビーモスの姿を覆い尽くした。
「派手なアーツ羨ますぃ……」
「ボケッと見てんなライ! 直ぐに下がれ!」
「え?」
「汗が飛んでくるぞ!」
ベビーモスが動きだす。煩わしそうに炎から抜け出すと、濡れた犬が水を飛ばすように体をブルブルと震わせた。するとどうだ、岩のような見た目の体からは不釣り合いな量の汗が周囲に撒き散らされた。
ベビーモスから放たれた時、それは間違いなく液体だった。だからこそ汗とライトも言ったのだ。しかしそれは瞬く間に状態を変化させた。そう、炎へと。
「あの見た目で炎属性ってのはこういう事か……」
炎の雨を天翔天駆で空へ向かう事でやり過ごす。ライトの声掛けがあと少し遅れていたら、俺は火だるまになっていた事だろう。
「ルルとの合わせ技でやっと一割削れたかどうかか……。分かっちゃいたけど、本当に俺の攻撃と相性悪いなこいつ!」
「ライト、そのうち半分は俺の射撃のダメージだ。物理ダメージの通りが悪すぎるな」
「やっぱりウォーさんが水着になるしかないっすね!」
「ぐっ、ぬ、いや、もうちょっと粘ろうぜ? 弱点とかあるかもだしよ」
「掲示板情報だと魔法弱点らしいぞ?」
渋るウォーヘッドにライトが止めの情報を提示する。
このパーティーで魔法ダメージを稼げるのは、魔導小銃を装備したウォーヘッドのみだ。それに加えて、弱点属性の水の弾丸を扱えるのはモジャモジャ水着スタイルの時だけ装備できる超高級水鉄砲のみとなれば、もはや変身しか道は残されていない!
「さあウォーヘッド、今こそ怪人海坊主(笑)に変身する時! 安心しろ、恥ずかしさ軽減の為に変身BGMを俺が演奏してやるから」
こんなこともあろうかと、世界樹の縦笛を作って持って来ていたのだ。やはり事前準備は大切である。
「ライリーフてめぇ、他人事だと思いやがってノリノリで! 笛なんて持ってきてるならもっと役に立ちそうなアイテム作って持ってこいや!」
「ピ~ヒョロロピピ~」
「無視すんなよ!? ちくしょう……こうなりゃヤケクソだ! 変身ッ!!」
傭兵スタイルが解除され、夏の浜辺が似合う装備が展開される。股間を強調するブーメランパンツ、風に靡く色鮮やかなアロハシャツ風マント、焼けた砂をものともしないビーチサンダル、夏の日射しから視界を保護するサングラス。そして何よりも体を覆うその剛毛、まさに漢の中の漢である。手にした超高級水鉄砲であらゆる敵を粉砕だ!
「ちなみにあれ、変身って言わなくても装備変えられるんだってさ」
「ウォーさん実はノリノリなのでは?」
ベビーモスを押し留めながらのルルとライトの会話は、笛に邪魔されウォーヘッドの耳に届くことはなかった。




