邂逅
ダンジョンに少し手を加えた後、昼食を食べた俺は再びゲームにログインしていた。当然目的は封呪の洞穴へ向かい、フードの男が現れるのを先回りして待ち受ける為である。まあ、そうは言っても奴さんが来るとは限らないんだけどね!
「ふんふんふふ~、ん?」
障害物やモンスターを全てガン無視して、鼻歌交じりで気持ちよーく滑空していた俺が目にしたのは、明らかに増えている騎士達だった。途中の開発拠点にもけっこうな人数がいたし、全体で見ると三倍くらいに増えていそうだ。
「ただいまっと」
「貴様、何者だ!」
「空から現れるとは不気味な奴め!」
「うん、なんとなくこうなるんじゃないかとは思ってたよ」
今の俺はピリピリしてる現場の中に突如現れた不審者だ、そりゃあ囲まれて武器も向けられるだろうよ。けどさ、囲んでる内の何人かは昨日面識あるだろうが!
「お前らは俺のこと知ってるだろ? ちょっとソフィアの所まで案内してくれよ」
「ふっ、貴様なぞ知らんな。この間までここにいたのは魔法少女のライリーたんだ! 断じて! 男では! ないッ!!」
「そうだ! 玉をとって出直して来るがいい!」
「くっそ、魔法少女の魅力に呑まれた連中だったか!」
ジリジリと顔見知りの騎士達が包囲を狭めてくる。対して新顔の騎士達は困惑気味だ。今のやり取りだけで部外者ではない事を察したらしい。
「ライリーたんを返せ!」
「我らの新たな光を!」
「お、お前達いったいどうしたんだ……? 彼は関係者なのだろう?」
「止めてくれるな友よ! ライリーたんはこの男が存在しては降臨できないのだ!」
「ライリーたんのためにもこの男を消さねばならないのだよ!」
「おーい、俺が死んだらライリーも死ぬぞー?」
「そんな筈はない! 現に、貴様がいない時にライリーたんは現れたではないか!」
「ライリーたんは貴様がいると出てこれない呪いに掛かっているんだ! そうに違いない! 故に貴様を消さねばならんのだ!」
ほほう? そうまでして俺を排除し、ライリーに会いたいと?
「しかたないにゃー。へーんしー「やめろぉぉぉぉお! 我らの幻想を砕くなァ!!」お、おう、悪かったよ。なにも泣くことないじゃんか」
「先ほどの無礼は謝る……。謝るから帰ったふりして変身して出てきてください……」
「ボーガン様ー! 男が空から降って来てから同僚がおかしいんですけど! どうすればいいでしょうかーッ!!」
同僚の奇行に耐えられなくなった騎士の一人がボーガンの爺さんを呼んだので、俺は変身することなくソフィアの元へ辿り着けた。
「ライリーフ君、よく戻って来てくれました。それで、ライリーちゃんにはいつ変身するのですか?」
「……ソフィアよ、まさかお前まで」
「ふふふ、冗談ですよ。あ、いえ、一部の部下が熱烈に再会を望んでいるので、可能なら変身してもらいたいのは事実ですけど……」
「うわぁ……」
いったい何が彼らをそこまで掻き立てさせるのだろう。まさか魔法少女の魔力だとでも言うのか?
「しかたないわ、ライリーちゃんは魅力的な魔法少女だもの。彼らが夢中になるのは当然よ」
「あ、ダイヤさん」
今日は変身後の姿である、実に心臓に優しい。
「彼らはまだ魔法少女の尊さの、その一部のみしか体感していないから過激になってしまっているのよ。より深く魔法少女を知ったとき、きっと彼らは変身前の貴方を含めてライリーちゃんを愛してくれる筈よ!」
「それはそれで嫌なんですけど!?」
俺には姫プ願望なんてないので頼まれてもお断りだ!
「ええ、分かっているわ。魔法少女は人知れず活動するものですものね、あまり表立ってファンが増えるのが不本意なのよね?」
「そもそもファンとかいらないし! ……む?」
「これは……」
「二人とも、どうかしましたか?」
「ソフィア、お客さんだ。装備を整えて出迎えるぞ」
第六感とも言うべき感覚が、接近してくる不穏な気配を捉えた。それは存在を隠す気など無いかのように、真っ直ぐに封呪の洞穴を目指して進み続けている。
「ライリーフくん、この気配は間違いなく私が戦ったフードの彼のものよ。でも、あの時とは比べ物にならない程禍々しい力を感じるわ……」
「マジかぁ……」
天幕から外に出て、気配の主を待ち構える。
騎士達も隊列を組み、空気が張り詰め緊張感が増していく。
気配の主が近づいてくる程に、重苦しく淀んだ魔力を否応なく認識してしまう。そして――。
「来たか……」
草木のせせらぎすらも消え失せたかのような静寂の中、森の奥からフードを目深に被った男が姿を表した。
「ん? 王国騎士団が何故このような場所に……?」
「私はソフィア・アドベント、王国筆頭騎士です。貴方は……貴方はシリウス・エイルターナー様なのですか!?」
人とは思えない程に禍々しい気配を垂れ流すフードの男に、ソフィアは動揺しているようだ。いや、ソフィアだけじゃない。この場にいる全ての騎士が動揺している。
まずったな、これは俺が事前にフードの男がシリウスかもしれないと伝えてしまったせいだろう。もし仮に奴がシリウス本人だとしても、この様子じゃとても無事とは言い難い。最悪、もう人間ですらない可能性があるのだから。
「如何にも、確かに私はシリウス・エイルターナーだが……ふむ、なるほどな。私を探してここに先回りしていたのか。国を守護する騎士達をこれ程動かしてしまった事に、いささか罪悪感を覚えるな……」
おおっと、マジでシリウス君なのかよ。しかし予想が当たった嬉しさよりも、何か嫌な予感がしてならない。
「それなら先に家に帰ってりゃよかったんだよ。あんた、なんだってこんな場所を優先したんだ?」
「君は……? 見たところ騎士ではなさそうだが」
「公爵にあんたを探すよう依頼された冒険者の一人だよ」
「そうか、父上が……」
「そうさ、十数年経っても諦めずにあんたの事を探してたんだ。自由の身になれたなら、何を置いても真っ先に家に帰るべきだとは思わないか?」
言葉の節々に感じる感情は、間違いなく人のそれ。なのに、なのに何故だ? 身に纏う気配のせいなのか、どうしても違和感が拭えない。
「ああ……。ああ、君の言う通りだ。けど、駄目なんだ。この身に巣食う呪いを浄化しなくては。私は、悪しき者を呼び寄せてしまう。今尚私を愛し続けてくれている家族に不幸を招いてしまう! だから……! だからこの封呪の洞穴で、我が身に宿る呪いを引き剥がさねばならないんだ!」
「おいおい、マジで言ってんのか……? 俺としてはこの洞窟、そんないい場所じゃないと思うんだけど?」
「何故、そんな事を言うんだい?」
その時俺は、フードの奥に隠れた目を見てしまった。
「こんなにも清浄な空気に満ちているんだ、きっとこの呪いだって封じれる筈だろ?」
「道を塞げ! 絶対にこいつを洞窟の中に入れるなッ!!」
暗く濁った瞳、こいつは絶対に正気じゃねぇ!
「……争いたくはないんだが、阻むのであれば仕方ないな。力ずくでも押し通らせてもらおう」
タン、とシリウスが足を鳴らす。その瞬間、奴の足元から勢いよく隆起した地面が俺達を襲った。
「クソが! 天才魔法少年って話だったけど、詠唱も無しのワンアクションでこれかよ!」
「ライリーフくんまずいわ! 今のは攻撃じゃない! 彼、洞窟までの道を作ったみたい!」
「はあ!?」
ダイヤさんに言われて後方を見てみれば、隆起した地面の津波は洞窟の入り口があった場所へと真っ直ぐに進んでいる。あった、と過去形なのは、入り口が埋まってしまっているからだ。
「まさか、あの中を通っていったのか!?」
そりゃ争いたくないって言ってたけどさぁ! 戦う気満々の俺達を無視して目的地に直行は狡いって!




