野性的な髪長姫
ここで暫しゴリラについて語ろう。
ゴリラとは、霊長目ヒト科ゴリラ属に分類される構成種の総称だ。一頭の雄を中心とした群れ、または複数の雌雄からなる群れを形成し、植物食傾向の強い雑食である。
そんなゴリラの雄は、年を取ると背中の体毛が鞍状に白くなり、所謂シルバーバックと呼ばれるようになるんだとか。
スプルドに出現するモンスターは、ファンタジー物に小説やマンガ、ゲームに登場するモンスターもいるが、現実世界に存在する動物をモデルにしているモンスターもかなり多い。さて、そんな中で俺はかつてゴリラをモチーフにしたモンスターと遭遇したことがある。――キューティクルコングだ。
長く美しい髪をしているゴリラで、髪をファブァッサ!と靡かせ威嚇してくる。その際、甘酸っぱい柑橘系の良い匂いがするのがめっさ腹立つ。
キューティクルコングも、現実のゴリラ同様群れを形成する。ボスの基準は長く美しい髪である。たまにグレてアフロやリーゼントする個体もいるが、基本的には長く美しい髪を持つ者こそが一番偉く、一番強いのだ。意味が分からない。
群れの頂点に君臨するキューティクルコングには、ある変化が起きる。頭髪の色が変色し、白銀になるのだ。キューティクルコングのシルバーバック化は、ボスにのみ許された特権らしい。
キューティクルコングのボスになるのは基本的に雄だけだ。理由は簡単、シルバーバックになるのは雄のみだから。
――しかし何事にも例外は存在する。数十年に一度、シルバーバックを打ち破り、雌であれば本来変色しない筈の頭髪の色を変色させ群れの頂点へと君臨する伝説の女帝。それこそがラプンツェルコングなのだ!
と、これは後でソフィアに聞いた情報だったりする。一通り語ってスッキリしたので本編に戻るぜ!
……
…………
………………
「ら、ラプンツェルコング……」
ソフィアが呆然とそう呟く。その呟きに反応したのか、ラプンツェルコングはスッと目を細めた。
「森ノ結界ヲ越エタカ……。立チ去レ人ノ子ヨ、コノ先ハ我等ノ領域。資格ナキ者ヲ通ス訳ニハイカヌ」
くっ、ゴリラ面でまたなんて美声してやがんだこいつは! 目を瞑っていたら、嗅覚と聴覚で惚れかねない。しかし目を開ければそこにあるのは破壊力抜群の衝撃的ビジュアルをしたゴリラ! おお、脳がその現実を受け入れられず、ステータスに混乱のデバフが発生しているではないか。存在するだけで精神にダメージを与えるモンスターとは厄介な。
「ら、ライリーフ君! ラプンツェルコングが人の言葉を喋っています! どどどど、どうしましょう!? 私に与えられた権限はモンスターの討伐と土地の整備の指揮のみで、現地の住民との交渉は含まれていないのです! あぁ、でもラプンツェルコングが……」
ソフィアもソフィアで、混乱と興奮が入り交じって言動が若干ポンコツ化している。というか、なんか片言っぽいと思ったら人の言葉で話し掛けて来てたのかこのゴリラ。
日々モンスター言語のスキルで異種コミュニケーションをしている俺には分かる、このゴリラはとんでもなくヤバいと。
モンスター言語のスキルは、モンスターの鳴き声等を人の言葉に変換してくれるスキル。イベントやクエスト限定で登場するモンスター等の例外はあるものの、原則として強かったり珍しかったりするモンスターの言葉の方が分かりやすい。
さて、それを踏まえて考えてみるとこのゴリラが如何にヤバいかが分かるだろう。何せ片言ながらも自力で人の言葉を喋っているのだ、そこら辺で出会えるユニークモンスターやネームドモンスターよりぶっちぎりで強いに決まってる。黒髪から金髪に変化しているんだ、某戦闘民族の例もあるし間違いない!
ソフィアがいくら強いと言っても、無策で挑んでいい相手ではないだろう。幸いこのゴリラとは会話が成立するし、ここに来た目的である戦闘音の確認だけさせてもらったら陣地まで引き返そう。
「ソフィア、ここは俺に任せてくれ」
「ライリーフ君?」
「コホン……知らぬ事とは言え、無断で貴女達の領域へと足を踏み入れた事をまずは詫びましょう。しかしながら、私達にもなすべき事があり、その為にこの地へと出向いたのです。先ほどから聞こえてくる激しい戦闘音、その現場を確認せずに戻る訳にはなりません。嗚呼、美しき御髪を持つ麗しの御嬢様! どうかこの運命の出会いに免じて、我等をお招き頂けないでしょうか? いえ、もう戦闘音とかどうでもいいので私めとデート等!!」
「……」
「……」
…………何を口走ってんだ俺ェ!?
混乱か? 混乱がいけないのか? 混乱状態で会話したからこんな妙な口調になって、その上ゴリラをナンパしたと!?
凍りついた空気に冷や汗をかきつつ、チラリとステータス画面に目を向ける。そこには混乱の他に、魅了状態を示すアイコンが浮かんでいた。おそらく、混乱でMNDが低下したせいでレジストに失敗してしまったのだろう。
くっ! 戦闘中じゃないからデバフなんて関係ないと思ったが、中々ふざけた効果を発揮してくれるじゃないか。ソフィアがあり得ない物を見たような顔でこっちを見てるし、ラプンツェルコングからは冷ややかな目を向けられている。くそったれ、こっちだってゴリラはお断りだ! ソフィアの方が一億倍も好みじゃボケ!!
「戯レ言ヲ……産マレタバカリノ赤子ニスラ劣ル毛髪デ、コノ私ガ靡クト思ウテカ。身ノ程ヲ知ルガヨイ」
「むむ、私では魅力が足りないと? ならばここはプレゼントで好感度稼ぎを……うん?」
「戦闘音が近付いてきている?」
完全にフラれているのに、なおもラプンツェルコングを口説こうと試みる俺(混乱&魅了状態)の暴挙を止めたのは、森の奥から此方へと向けて近付いてくる戦闘音だった。
気が逸れた事で魅了状態から脱した俺は、ストレージからプレゼントとして取り出そうとしていた世界樹の果実をしまう……つもりが混乱のせいで取り出して丸かじり。食べたおかげで混乱も回復できたのだが、ちょっともったいない。
しかーし! これで俺を苛むデバフは消え去った! マジでグッジョブだぜ戦闘音の主! お礼として取れたての世界樹の種をプレゼントしてあげたいくらいだ。
そんな事を考えながらラプンツェルコングの後方を眺めていると、ついに戦闘音を響かせていた者の正体が明らかになった。
「ウホォォォォオ!!」
片方は言わずもがな、ゴリラである。そしてもう片方はと言うと……。
「ぬうううんッ!!」
はち切れんばかりの鍛え抜かれた筋肉。戦闘のダメージでボロボロになった、フリフリでパツパツの衣装。
そこには土埃にまみれながらも雄々しく輝く、魔法少女魂を胸に秘めた彼の御仁、プリティ・ダイヤモンドさんの姿があった。




