騎士のお仕事 5
大丈夫? 体ペラペラになってない? なってないね、ならばよし。籠手と鎧が耐久値0になってぶっ壊れてるけど、予備があるから問題無い。
「ちくしょうめ、内臓全部飛び出したかと思ったぞ……」
ぼやきつつメニュー画面を操作して、予備の籠手と鎧を装備する。そのついでに木刀も取り出す。
雑魚を相手にしていた時は、両手ともトマホークの投擲に使っていたが、ここからは一対一。右手に木刀を持ちながら、隙をみて左手でトマホークを投げつけるスタイルで挑む。トマホークの残りは37個、これを投げきったら二刀流にシフトする予定だ。
HPが削れたことで、憤怒の逆鱗が発動しステータスが上昇している。前回はスキルの他にステータスも奪われていたせいで、幻影水晶の剣の効果も上乗せしないとダメージを与えられなかった。しかし今回はステータスの低下も無く、あの時よりレベルアップしているおかげでそもそものステータスも高くなっている。ただし非常に残念なことに、こんな大物と戦う予定はなかったので幻影水晶の剣を持ってきていない。果たしてその差がどうでることやら……。
「サイクロントマホーク!」
牽制とダメージが通るかの確認の為に先ずは一発。ボスの七つある頭の内、攻撃しようと動き始めた狼の頭に向けて投げる。
「っしゃあ!」
投げ放たれたトマホークは狼の頭に深々と突き刺さった。ダメージは通る! 回復されるからほぼ無意味な数値だが、ワンチャン狙えるってことだろ? 俄然やる気が漲ってきたぜ!
攻めるとして、一番初めに狙うなら……それは胴体、そしてその奥にあるコアの破壊を目指すべきだ。なにせアレを壊せば回復能力が無くなるんだ、壊さないでおく理由がない。
攻撃の出頭をトマホークで潰され、怯んだボスへ向けて一気に駆け寄る。七つの頭による攻撃が一番厄介なのは、中距離で戦っている時。しかし近距離、いやいっそのこと超近距離に持ち込んでしまえば自在に動く七つの頭の強みを大幅に削れる!
胴体部へとたどり着いたら遮二無二に剣を振るう。当然ボスは動くし、攻撃もしてくるが、飛んでくる頭にはサイクロントマホークをぶつければ怯むのはさっきの牽制で分かっている。徹底的に張り付いてコアを破壊してやんよ!
「オラオラオラァ!」
素晴らしく調子がいい。胴体にダメージを蓄積させつつ、順番に迫ってくる七つの頭を華麗にサイクロントマホークで迎撃。こんなに上手く戦えるなんて、スポーツとかで言うゾーン状態にでも入っちゃてたりするのか? ステータスの低さを感じさせない獅子奮迅の怒涛の攻撃に感動すら覚えるぜ。って言ってもまだコアを覆う外殻部分すら壊せてないんだけどな。木刀の攻撃は骨部分には相性良くても、スライム性の緑のドゥルドゥルした所へのダメージは最悪と言っていい。打撃による衝撃は殆ど吸収されちゃうからね。
「それでも後少し……で?」
後少しでコアの外殻が破壊できる、一気にぶっ壊してやんぜ! そんなことを言おうとしていた俺は、いつの間にかきりもみしながら中空を舞っていた。遅れてやってくる全身の痛みが、嫌でも攻撃を受けた事実を知らせてくる。
バカな!? 七つある頭への対処は完璧だった筈! 眷属もいない状況で他にどんな攻撃手段が……。
「……ッ!」
なんとか空中で体制を整えつつ下を見た俺の目に映ったのは、右前足を振り抜いた状態のボスの姿だった。それは北の大地で生きる熊のように、荒々しくも美しい完璧な鮭捕りのフォーム。他を圧倒する威厳に満ち溢れるその姿は、森に君臨する王者の風格すら備えている。
ボスに取り込まれる前は、この技で数多の鮭を捕らえてきたであろう熊の頭は心なしか輝いてすら見え……いや、実際輝いてるな。なるほど、今のはアーツだったか。
「ぐぁっ……」
脳内が余計な思考で埋め尽くされたせいで、せっかく体勢を整えたのに地面に落下してしまった。しかもあの攻撃、追加効果があったようで、地面に落ちた瞬間から俺の体が動かない。ビクンビクンと痙攣するその姿は、さながら川から陸に打ち上げられた鮭そのもの。
まずい、まずいぞ。まだ一つもアーツを修得できていないのに、掬い上げと落下ダメージでウォーキング・デッドの効果二回分を消費させられた。攻撃を食らった感じ、あの鮭捕り攻撃は予備動作も無くほぼ0フレームで放たれるので回避は不可能。だが対処できないからと言って距離をとると、七つの頭による攻撃が激化してすぐにやられるのは容易に想像がつく。
「くっそ!」
どのみちダメならせめて前に出ろ! 気合いでスタンを解除して、迫る攻撃を回避しながら前に進む。ボスの懐に入った方が、一撃でも多く入れられるってもんだ! それに、前回の戦いでも使って来なかった……あれ、使ってたっけ? 記憶が曖昧だけど、たぶんアレがとんでくる確率は低い筈ッ!
「うりゃあああああ!!」
何でもいい。何でもいいから攻撃アーツプリーズ!!
鮭捕り攻撃に怯えながらもがむしゃらに攻撃を重ねる。しかし無情にも、再びボスの前足は振るわれた。
「ぐわっ……チィッ!」
さっきは無様な姿を晒す事になったが、二度目ともなればそうはいかない。しっかりと天翔天駆を使って空中に踏みとどまる。
そこに迫ってくるのは猿の頭。どうやら地面に墜落しないと見るや、即座に追撃に動いたらしい。
「食らうかよ!」
下から迫る猿の頭を迎撃すべく、木刀を振り下ろす。やべ、テンションに任せて迎撃しちゃったけど、よく考えてみればアーツじゃないんだから打ち負けないかこれ……?
そんな思いとは裏腹に、猿の頭は木刀の一撃で弾き上げられた。……弾き上げられた? 振り下ろしたのになんで?
ピコン!
《アーツ、始まりの鮭捕りを修得した!》
「はん!?」
なんでもいいとは言ったけどこれは要らねェ! 直前まで奴の鮭捕り攻撃を見ていたからこんなの覚えたのか? 許せん、よくも貴重な攻撃アーツ修得の機会をこんなネタ技で潰してくれたな! 死に戻る前に核だけは絶対に潰してやる!
「雷召嵐武ッ!」
温存していた最後の強化スキルを発動し、左手にも木刀を装備。ボスの傷口から僅かに見える核を目掛けて一気に加速しながら降下する。勢いをそのままに、核に向けて右手に持った木刀を穿つ!
木刀は深々と突き刺さったが、核の硬度に弾かれて横にずれてしまった。しかし核も無傷ではない、僅かにヒビが入っている。次の攻撃でアーツをぶつければ壊せるかもしれない!
左手にも木刀を装備しておいて本当によかった、おかげで間髪いれずにアーツに繋げる事が出来るぜ! ネタ技だろうが攻撃アーツなのは確かなんだ、せいぜいいいダメージ叩きだしてくれよ?
「始まりの鮭捕りッ!!」
アーツの発動に体が自然と動く。顔は地面の方を向き、木刀を持った左手が肩の高さで構えられる。そして――。
……。
…………。
……あの、溜め長くない? しかも何故か動けないんだけど!?
「ごふっ!」
戦闘中に致命的な隙を晒した俺は、当然ボスに蹴散らされた。ちくしょうめ、やっぱりあのアーツ使えねぇ!
これでウォーキング・デッドによる食いしばりは使いきり、次に攻撃を受けたら確実に死に戻る状況まで追い詰められた訳だが……やっぱり核だけでも砕いておきたい!
「うぐっ……」
立ち上がろうとしたが、またしてもスタンしているようで上手く動けない。今度も気合いで!と思ったんだけどやっぱり動けない。どうやらさっきは単純に効果時間が短かっただけのようだ。そんな俺に対して、ボスはゆっくりと近づいてくる。
「ここまでか……」
やれるだけやってみたが、やっぱソロでコイツを倒すのは無理だわ。七つある頭の内の一つも落とす事もできなければ、核を壊すこともできない。終いにゃスタンして手も足も出ずに死を待つばかり……と思ってんだろうが、俺はまだ足掻くぜ!
実力不足重々承知、足りない分は運で補わせてもらおうか! 追い詰められた俺の正真正銘最後の手段、その身で受けてみろ!
「バタフライエフェクト!!」
バタフライエフェクトは体が動かなくても発動できる謎仕様! 攻撃でも防御でもバフでもデバフでもない、強いて言うなればイベント発生スキルであるためにスキル名を発声さえできれば発動する!
宇宙船を撃ち落とし、太古の機械兵器を召喚し、城の天井に穴を空けた。過去に使用した結果は割りと散々なものではあるが、ここぞって時に決めるのが主人公ってもんだろ!
俺の体から溢れ出た蝶達は、今まさに止めの一撃を繰り出さんと悠然と歩み寄って来たボスに……いや、核の横に突き刺さった木刀に向けて飛んで行く。その途端、ボスが苦しむようにもがき、ついには地に倒れ伏せ痙攣し始めたではないか。
「いったい何が……?」
倒した訳ではない、HPは一ミリたりとも減っていないのだから。状態異常でもない、そんなアイコンは表示されていないのだから。
その様子が腑に落ちず、ボスから目を離せないでいると次なる変化が起こった。木刀が吸収されたのだ。しかし変化はそれにとどまらない。ボスの背中がボコボコと隆起し、いつしか美しい女性の姿を型どっていた。腰から下はボスと一体化しているが、それでも尚美しい。
「――」
目が合った。その瞬間から震えと冷や汗が止まらない。今すぐこの場から逃げ出したいのに、体は動かず、瞬きも呼吸も忘れてしまったかのように一心にボスの変化を観測し続ける。
次の変化は更に劇的だった。ボスの背中から生えてきた美女の肉がドロリと溶け、その肉がボスを覆って行く。七つの頭、それぞれが違う生物であった筈のボスは、気がつけば全ての頭が竜のそれに変化していた。スライム由来の緑色の粘液が絡み付いていた骨ばった体も、赤黒く変色して新たな肉体に変化して行く。
より大きく、より禍々しく。地に伏していた七つの頭もいつしか持ち上がり、その全ての目が俺を捉えている。災厄の行き着いた進化の果てに待っていたモノは、その七つの頭で以て俺を食い散らかした。
……
…………
………………
「……」
「ライリーフ君? だ、大丈夫ですか? 装備もボロボロですし、顔色も悪いですよ?」
「……」
「何があったか話せますか?」
「災厄、強い。もういない、幸せ」
「やはりこの地に災厄が……そうですね、もう倒されているのは幸いですね」
「俺、寝る。荷物扱い、いい」
「えっと、起きるまで荷物扱いでいいってことですか?」
「……」コクコク
「分かりました。プレイヤーの方は一度眠ると長いですからね、ゆっくりと休んでください」
ソフィアに軽い報告をしてログアウト。風呂に入り、歯を磨きΩ様に横になる。
「ふぅ……」
恐ぇぇぇぇぇ!! なんだよアレ!? いくらなんでもヤバ過ぎるだろ! 俺達が倒さずに放置してたらアレが闊歩する世界になってたのか? マジで早めに倒せてて良かったわ!
この日、俺はΩ様で寝るようになってから初めての悪夢を見た。バタフライエフェクトで進化したボスに延々と追い掛けられてムシャムシャされる夢だ。しかも夢の中の俺は、効果が修正される前のウォーキング・デッドでも使っているのか、どれだけムシャムシャ食べられても死なないのだ。もしウォーキング・デッドの効果に修正が入っていなければ、俺は夢と同じ体験をすることになっていたかもしれないと朝になって気がつき、初めてウォーキング・デッドの修正に感謝した。
大丈夫?SAN値足りてる?




