合宿2日目 ~漢達の聖戦~
夕食の後は自由時間。それは漢達の戦場を意味する。
昨日、江口によってもたらされた極秘情報。それを元に練られた作戦、そして血で血を洗う優先順位の奪い合い。作戦開始を前に、漢達は皆、興奮と緊張で挙動不審である。
「でさ、俺らが仕掛けるのは何番目になったの?」
「そう言えば稲葉は途中で離脱してたな。俺達は三番目のルートだ」
「てかマジで稲葉はずりーよなぁ。俺らが風呂場でむさ苦しい争いしてる間に女子部屋に潜入してたんだろ?」
「ふふん、羨ましかろう? お前らも女装スキルを磨いて出直してくるんだな」
とは言うものの、俺一人だけおいしい思いをするのも気が引ける。作戦中、不測の事態に陥ったときに囮にでもなってやるか。
「悠、そろそろだぜ」
「ああ、行くぞ!」
寺田、後藤、渡仲、光介、そして俺。このチームは他の部屋と違って、尖った能力を持った戦士がいない。俺の逃走術も、逃げることしかできず、そして対象が俺一人にしか適用されない以上、囮になると決めた段階で無用の長物と化している。
唯一頼りになりそうなのは寺田の頭脳だが、はたしてうまくたどり着けるだろうか?
「……」
「どうした寺田? そんな難しい顔してよ」
「いや……そもそもなんで江口は俺達に情報を流したのか気になってさ」
「後で情報独占してたのがバレた時に、制裁されないようにじゃね?」
「そう、だよな。うん、普通に考えたらそうなるか」
寺田が違和感を感じたように、俺も江口が情報を流してきた点には疑問を持っている。そもそも風呂の時間が違うのに、わざわざ別のクラスの俺達に情報を寄越してきたってところが怪しすぎる。と言いつつも、ワンチャンありそうなので行動に移してしまってるのが現状だ。他校の女子とお近づきになる機会なんて、餌として魅力的すぎるよね!
「っ! 止まれ、誰か来た」
先頭を進む渡仲から指示に、俺達は息を潜めて曲がり角から先の様子を伺う。
巡回ルートがたしかな物なら、今この通路を教師陣は通過することはない。はたして通路の先にいるのは施設の従業員か、それとも……。
「やめようよ番長」
「そうだよ! さすがにそれはヤバいって!」
「はん! 腑抜けが、嫌ならお前らは残ってりゃいい」
そこにいたのは番長と、おそらく番長と同室になった連中だった。
「ふぅ、番長か。脅かしやがって」
「でもなんであいつらここにいるんだ? この時間、ここは俺らが勝ち取った時間と通路だってのに」
「ルール無用の抜け駆けだろ。番長の名は伊達じゃないってことか」
「寺田、言っとくけどあの番長ってただのあだ名だからな? 本当に番長してる訳じゃないんだぜ?」
「なん、だと……?」
マジかよ、俺もてっきり本当に番長やってるから番長って呼ばれてるんだとばかり……。いや、この御時世に番長なんて妙だとは思ってたんだよ? でもあいつ、番長っぽい空気醸し出してくるからさ。そうか……番長は番長じゃなかったのか……ちょっとショックだ。
「ん? あいつらが抜け駆けしようとしているのはいいとして、ならなんで揉めてるんだ?」
「もう少し様子をみるか」
番長達の会話に集中する。
「いいか? そもそも偶然を装って接触しようってのが漢らしくないと俺は思ってたんだ。こんな中途半端なことやるよりも、俺達はもっと漢らしく堂々とした作戦を行うべきだろうが!」
「だからって覗きはダメだって!」
聞き耳をたてていた俺達に衝撃が走る。
「マジかよ番長の奴」
「あの目、本気だぜ?」
「も、もう少し会話を聞こうか」
動揺しつつも寺田が選んだ行動は静観。今はまだ動く時ではないとの判断である。
このまま会話を続けさせれば、番長が覗きを敢行しようとしている理由……勝算の有無が確認できるかもしれない。もし勝算があるのなら、番長のグループと合流もあり得る。
「考え直そうよ番長! 覗きが成功するわけないだろ!?」
「ふっ……俺だって本気で覗けるとは思っちゃいないさ」
「え?」
「ならなんで……」
「いいか? 覗きに俺達が向かった、その事実がなによりも重要なんだ」
「それは、どういう……?」
「覗きにくる男がいる、それはきっと女子の自信につながる。そして内面から溢れ出す自信は、女子をより美しくする!」
「!?」
「古風を気取るのはもう辞めだ……これからは伊達男で行く! 美少女が少しでも世界に増えるように、俺達が泥を被らないでどうするよ?」
「番長……」
「そんなこと考えてたのか。ひき止めたりして、悪かったよ……」
話を聞いた限り勝算は無し。しかしそれでも番長の想いは俺達にも伝わっていた。
お互い顔を見合せ一つ頷くと、俺達は通路の影からゆっくりと歩み出た。
「番長、悪いが話を盗み聞きさせてもらった」
「っ!? チィ、本来のグループに追い付かれたか!」
「待て、そう身構えるな。俺達も同士に加えてほしい」
「……何?」
「分からねーか? 俺達は、お前の熱い想いに動かされちまったんだよ」
「お前達……ついて来れば確実に教師に捕まるぞ?」
「承知の上だとも」
「行こうぜ、番長。俺達ならやれるさ!」
光介がそう言いながら伸ばした手を、番長は無言で、しかし力強く握り返した。
「行こう、これが俺達の聖戦だ」
「へへっ、聖戦ってより性戦のが正しいんじゃねーか?」
「たしかに!」
先に待ち受けるのが逃れられぬ破滅であろうとも、俺達の歩みに迷いはない。作戦なんてありはしない。ただ堂々と、漢らしく、正面から攻めるのみ!
この歩みを阻める者などいやしない。
「む? お前達、ここに何をしに来た。ここから先は女子風呂しかないぞ?」
「覗きです!」
「そうか、覗きか……覗きだと!?」
「はい! 覗きです!」
「な、何を言っているか分かっているのか!?」
「はい! 俺達は、覗きをしにきました!」
ここまで堂々とした覗きがかつてあっただろうか? いいやない! だからこそ、先生の脳は一瞬フリーズし、その結果俺達をそのまま通すことに!
「なるか! 全員動くな! そこで止まれ!」
「チィ、やっぱり駄目だったか! 各自散開! 全力で本丸を目指せ!」
「「「「「応ッ!!」」」」」
もはや事前に得ていたルートの情報なぞかなぐり捨て、蜘蛛の子を散らすようにバラバラの方向へと進んでいく同士達。それを見送りながら、俺は一人、先生と対峙していた。
「くっ、阿呆が八名出た! 応援を頼む! ……稲葉、お前は何故逃げない?」
「最初から囮になるって決めてたんでね。悪いが先生、ここであんたの足止めをさせてもらうぜ!」
「いい覚悟だ。だがそれは無意味なことだ」
「なんだって……?」
「昨日とちがって、今日はここに彼が来ているからだ」
「彼……? まさか!」
「そう、三年生の体育を担当する鬼導先生がなぁ!」
なんてことだ、完全に油断していた!
三年の体育を担当する鬼導先生は、かつてオリンピックにも出場したことがあるトップアスリート! 現役を退いた今でも、トレーニングを欠かしたことはないと聞く。そんな教師を相手にして、ただの高校生が敵う訳がない!
「くそっ!」
「おっと、逃がさんぞ稲葉。お前はここで、大人しく仲間が捕らえられるのを見ているがいい」
「そん、な……」
ものの数分で捕らえられる同士達。やはり鬼導先生が強すぎたのだ。片手で三人も抱えてくるだなんて規格外すぎる。
通路に並ばされ、正座させられながら説教される俺達だったが、その表情は皆晴れやかだ。
「まったく……怒られてるのになんでそんな満足げなんだお前達?」
「先生、俺達は覗きが成功するかどうかはどうでもよかったんだ。ただ覗きに向かう、それこそが目的だったんだから」
風呂上がりだと思われる女子高の生徒達が通る度に、クスクスと笑われている現状……これは当初の計画とは異なるものの、大勝利と言っても過言ではない。
「言ってる意味がまるで分からん……。青春の一ページ的なアレか? とりあえず、次からは人に迷惑をかけない思い出作りをしなさい」
説教は先生の呆れ顔でそう締め括られ、俺達は思ったよりも短い時間で解放されたのだった。
これまでの中でもトップクラスに「何書いてんだろう俺……」感がすごかった。
おまけ1
・江口の誤算
「ククク、やはり順番を守らない馬鹿共が現れたか」
「結構な騒ぎだけど、どうすんだ江口?」
「決まってるだろ? この騒ぎがおさまった瞬間を狙うのさ!」
騒ぎを起こした生徒を捕らえた教師共は、きっとそちらに釘付けな筈。その隙をついてこの江口様が全てをかっさらう!
成功率の違う時間とルートで軋轢を生み、それが原因で起きるトラブルを利用する完璧な作戦!
「さあ、まだ見ぬ女子達のもとへ急ぐぞ!」
「イェーア!」
ククク、予想通り巡回はゼロ! あとはこの角を曲がれば目的は達せられる!
――ドン!
「痛っ……なんでこんな所に壁が、あっ」
「おいどうした江口? あっ」
俺がぶつかったのは壁なんかじゃなかった。それよりもっと恐ろしい存在だ。
「……お前達も、覗きか?」
「いや、違っ」
「誤解です!」
「女子風呂に向かっているのにかァ……?」
三年の体育を担当している鬼導先生。本来ここにいる筈のない強敵を前に、俺の完璧な作戦は無惨にも打ち砕かれたのだった。
おまけ2
・番田 長栄
番長ではなかった番長。
・鬼導 善治
オリンピックの選手として世界の強豪と競い合った過去を持つ体育教師。
機動○士のようなパワーは今でも健在。




