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合宿2日目

いつもこのくらいの文量が書ければなぁ、と思ってます。

 俺はあの後教師に捕まることもなく、無事に合宿二日目の朝を迎えることができた。

 咄嗟に賄賂として使った稲葉流メイク術のメモ、あれがなければ今こうして平穏な朝を過ごせてはいなかっただろう。そしてあの稲葉流メイク術、その実態は俺が変装することに特化した内容であるため、そのままメモに従っても効果は薄い。そのことが合宿が終わるまでに露呈しなければ俺の完全勝利だ。


「ふふふふふ……」

「おい稲葉、お前なんか顔色悪いけど大丈夫か?」

「へへ、ただの寝不足だからお構い無く」

「そんなに昨日潜入した女子部屋が刺激的だったのか!」

「くっ、俺にもお前くらいの女装スキルがあれば……!」

「別に興奮して眠れなかった訳じゃないからな?」


 普段なら寝付きがいい俺が寝不足な理由、それは寝具の問題だ。部屋からベッドがなくなり、代わりにΩ様が設置されてから早数ヵ月。地上に生み出された楽園ともいうべき完成された心地よさ、あれに馴れてしまった今の俺の体は、凡庸な敷布団程度では満足に眠れなくなっていたのだ。


「辛いわー。Ω様当てちゃったばかりに眠れなくなるとか超辛いわー」

「テメー悠、起き抜けに自慢すんのやめろや!」

「ふはははは! いやー、α使いの皆さんは快眠できて羨ましっすわー!」

「この野郎……さてはろくに寝てないから深夜テンションだな!?」


 いぐざくとりぃ。だがろくに寝てないんじゃなくて、一睡もできていないが正解だ。


「Ω様ってなんだ?」

「さあ?」

「スペックヤバめなVRフルダイブマシンのことだよ。こいつ、懸賞で当てやがってさぁ」

「懸賞はいいぞぉ……過去の自分から送られてくるサプライズプレゼント! 雑誌一冊分の投資でとんでもない商品だって入手できるんだ。ただし当ててやろうと思っちゃいけない、その瞬間から勝利の女神は俺達を見限るのさ」

「なるほど……俺がじゃんけんで勝てないのも、勝利を望むあまりに女神から引かれていたってことか」

「渡仲のそれはもう運命だろ」

「一生じゃんけんに勝てない運命なんて嫌だ!」


 朝食の時間までこの調子で駄弁(だべ)り続け、食堂でベーコンエッグとトーストを美味しく頂いた後は昨日に引き続き勉強タイム。

 一時間、二時間と睡魔に耐えながら問題集をこなしていた俺だったが、ふと気がつくとベッドに寝かされていた。


「んぇ……?」

「ああ、起きたか稲葉」

「先生、何故俺はベッドに……?」

「学習時間中に爆睡してたからだ。すごかったぞ? 叩こうが耳元で騒ごうが一切動じずに眠り続けてたんだからな」

「マジすか……」

「最終的にプロレス技かけたりもしたんだが、それでも起きなくてな。仕方なく寝かせておくことにしたんだわ」

「寝てる人間になにやってんすか!?」


 俺も俺でプロレス技までかけられといて何故起きない! そんなことされてたら普通起きるでしょうが!


「ほれ、起きたならこれ飲んで戻れ」


 先生から手渡されたのは、十秒でエネルギー補給ができちゃう感じのゼリー飲料だった。


「もう昼食の時間はとっくに過ぎてるからな。夕食まではそれで持たせろ」

「えー……」

「嫌なら返せ。それ俺が自腹で買ってんだから」

「先生アザっす! ありがたく飲ませていただきます! ところで」

「ん?」

「何故先生もベッドで寝てるんです……?」

「……おにぎりも付けてやるからサボってたのは見逃せ」

「教師がそれでいいのかおい!」


 なんか説教が緩いと思ったら、隣のベッドで先生も横になってやがった!


「堂々と居眠りしていたお前に言われたくはないなぁ。教師だって人間だ、時にはサボりたくなることだってある。お前をここまで運んだついでに仮眠を取る俺を誰が責められようか? いや、きっといろんな人に怒られるな。それでも仮眠の誘惑に勝てなかったのさ」

「そっすか」

「普段ならこんなことしないさ。でもな、先生昨日の夜眠れなかったんだわ」

「ああ、俺と同じっすね」

「赤木達から聞いたが、お前は枕が変わったせいで眠れないとかそんな理由だったろ? 先生は違うんだ。昨日な、見ちゃったんだよ」

「見ちゃった?」

「……幽霊をな」

「……」


 タラリ、と背中に冷たい汗が一筋流れた。幽霊、幽霊だと……? しまった、寝起きで頭が回ってなかったが、目の前にいる教師は護峠先生ではないか! まさか昨日の俺を幽霊と見間違えたんじゃ……。


「最初は生徒だと思ったんだ……でもな、そいつは裸で、そのことに気がついて振り返った時にはもう消えてたんだよ! やたら明るい感じだったんだけど、気になって気になって夜も眠れず――」

「おーっとそろそろ戻らなきゃ! 先生、おにぎりあざっしたァ!」

「待て稲葉! もうちょっと先生の話に付き合ってくれ!」

「さいならー!」


 やっぱり原因は俺だったので、下手に会話を続けてボロを出す前に退散する。ん、おにぎりの具はおかかか。ツナマヨがよかったが食えるだけありがたいと思おう。




 さて、俺は二日目をだいたい半分くらい寝て過ごしたわけだが、なんのペナルティもなく過ごせると考えたのは甘かったようだ。夕食をとるにはいささか早い時間、まだあと一時間は続くと思われた学習の時間が終わりを告げた。


「今日の夕食はカレーです。各自部屋ごとに分かれて作るように」

「まあ、合宿っぽいっちゃぽいけど」

「昨日みたいにバイキングのがいいよなあ?」

「量が食えるならどっちでもいいぞ俺は」

「重石、お前が出てきた物全部食べ尽くすから、施設側から準備に一日時間を欲しいと言われたんだぞ?」

「そうですか……明日が楽しみですね、先生」

「前向きだなぁ、お前は……」


 前日、重石君が大尊(だいそん)の名に恥じぬ吸引力で料理を平らげ続けた結果がカレーの自炊に繋がったようだ。

 俺としては、料理を作ることくらいいつものことだし、それで勉強の時間が短くなるなら万々歳だ。ただ、この施設の調理担当の方々には同情を禁じ得ない。重石君というイレギュラーを乗り越えて強く生きて欲しい。


「そんじゃサクッとカレー作りますか」


 施設の裏にあるキャンプ用の調理場に移動した俺達の前には、人参、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉、カレールー(中辛)と、ごく一般的なカレーの材料が並べられている。


「稲葉、全て任せたぜ!」

「この中じゃ稲葉が断トツで料理上手いもんな」

「最高のカレー頼むぜ悠!」

「別にいいけど……この材料じゃ誰が作ってもそんなに変わんねーだろ?」

「あーっ! 稲葉君に全部任せるとかズルい! そんなの絶対美味しいじゃん!」

「不公平だー! あたしらのも稲葉君に作らせろー!」

「えっ、ちょっ、お前ら何言って……」 


 その流れが広まるのはとても早かった。俺の班、周囲の班、うちのクラス、そして何故か他のクラスにまで一気に広まってしまったのだ。


「馬鹿なのかお前ら!? 一人で作るのは、まあいいさ! でも一度にこの人数のカレーを作れる鍋がないだろうが!」

「あ、作るのはいいんだ」

「っ!?」


 この流れに若干困惑していたクラスメイトの何気ない一言が俺にダメージを与える! そうだよ、普通これだけの人数のカレーを一人で作らされるって状況に怒るもんだ。なのに器具がないだろと怒るなんて……ゲーム内の経験が俺を麻痺させていたようだ。


「ま、まあそういうことだから、カレーはちゃんと班ごとに作るってことで……」

「稲葉」

「……なにかな重石君?」


 後ろから肩にポンと手を置かれたが、振り返りたくない。


「これを使え」

「なにそれ?」

「最先端技術で作られた形状記憶合金の大鍋だ。これなら一度に作れるだろう?」

「合宿になんでそんな物持って来てんだよ!?」

「飯に関する俺の勘は鋭くてな。必要になりそうな気がしたんだ」

「おのれ恨むぞ重石ィ! ピンポイントで余計な勘を働かせやがって!」


 器具の問題が解決したならば、と俺の前に集められるカレーの材料。うちの高校の二年全員、そこに教師陣を加えた約二百人前に及ぶ材料は山のようである。


「てか教師陣だと!? 止める側がなんで悪のりしてんだよ!」

「いやあ、稲葉の作る飯は美味いって聞いたことがあるから、いい機会だし食べてみようってことになって」

「半日寝てたペナルティとでも思いなさいな」

「ちくしょうめ! 飯の時間が遅くなっても知らねーからな!」

「「「イエーァ!!」」」


 なぜか歓声が上がった。こいつら、誰一人手伝う気はないらしい。


「せめて米くらい炊け!」

飯盒(はんごう)の使い方分からないし……」

「なんでそこだけ本格的なキャンプ仕様!?」

「すまん、先生が持ってきたんだ。因みに先生も使い方が分からない」

「何やってんだ先公!? 今すぐ調理場から業務用炊飯器借りてこい!」


 怒鳴ってるばかりではカレーは完成しない。指示を出しつつも俺の手は野菜を切り続けている。大鍋で一度に作るんだ、多少大きめに切っといた方が美味いだろう。だからこれは手抜きじゃないぞ?


「んで、次は……あっ」

「どうした稲葉?」

「あー……重石君、ヘラはある?」

「うん? そこにあるだろう」

「それは普通の鍋用のヘラだろ。この大鍋用のヘラは?」

「……!? 俺としたことが! 稲葉、5分だけ待ってくれ! すぐに持ってくる!」


 ないならないでいいんだけどなぁ、と思いながら待つこと数分。重石君は武器に使えそうなサイズのヘラを持って帰ってきた。


「ブフゥ……ブフゥ……! ま、待たせたな稲葉ァ! これで……これでカレーをッ!」

「お、おう。しっかし、こんなものどこから持ってきたんだ?」

「ブフゥ……ブフゥ……裏の山に生えていた木から削り出した。時間がなかったから(やすり)掛けが少し甘いのには目を瞑ってくれ」

「へー……って作ったの!? 今!?」

「これくらい、島丸ごと食いつくしグルメツアーでは必須の技能だぞ? その場で道具が作れるかどうかで、食べられる量が倍かわるからな」

「そ、そうなんだぁ……」


 大食いの世界がファンタジー並みにぶっとんでるなんて知らなかったよ。

 そんな驚愕に見舞われながらも、それから先の作業は順調そのものだった。

 量は多いが所詮はカレー。ぶっちゃけ野菜を切る作業がしんどかっただけで、後の作業なんて煮込んで灰汁(あく)とってルーを入れるだけだ。


「ん、こんなもんか」


 カレーが完成したので顔をあげると、そこには教師含めて誰もいなかった。が、外に目を向けるとドッジボールをする姿が。


「小学生かよ……」

「ん、これでも高校生」

「いや、君のことじゃなくてね……どちら様?」


 いつの間にか隣に立っていた小柄な少女。じっと俺を見つめてくるが、いったい何者だ?


「……じゅるり」

「あー、カレー食いたいの?」

「ん」


 ……他の連中は軒並み遊んでるし、ちょっとくらいならいいか。


「内緒だぞ?」

「もち」


 とりあえず大盛でよそって渡す。


「……こんなに食べられない」

「ん? ああ、そうだよな。知り合いにちっこいのにめちゃくちゃ食べるのがいてさ、ついその感覚で」

「ふーん?」

「食いきれなかった分は俺が食べるから気にせず食ってくれ。外で遊んでるバカ共がカレーの匂いに気づいて戻ってくる前に、な」

「ん、いただきます」


 ハフハフ、と少しずつ小動物のように食べる姿の可愛いらしいことよ。これがフィーネなら瞬きする間におかわりを要求されているところだ。


「ごちそうさま」

「えっ? そんな少しでいいのか?」

「お腹いっぱい」


 少女は大盛でよそったうちの一割も食べていない。お腹いっぱいだと言っているが、まさかカレーが不味かった……?


「とっても美味しかった」

「本当に? 実は塩と砂糖間違えてて不味いとかでなく?」

「私がもっと食べられたらいっぱい食べてる」

「そっか。まあ美味しかったならよかったよ……っと、そろそろあいつら戻って来そうだな。見つからないうちに帰っときな」

「ん。またね、ライ」

「おう」


 ……ん? ライ? 何故にライ? てかそもそも名乗ってないよな俺?


「あーっ! テメー何一人で先に食ってんだよ!」

「んお!? もう戻って来やがったか! ふん、バカめ……これはただの味見だ! 調理者の特権よ!」

「そんながっつりな味見があるか!」

はたして謎の少女の正体は(棒)

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