合宿1日目 ~風呂場の作戦会議~
「まだだ!」
「うぉ!?なんだよ寺田、いきなり叫んで」
「確かに女子高のお嬢様方の湯上がり姿を拝むことは叶わなかった。しかし!まだうちの学校の女子に対象を絞ればワンチャンある!」
「まだ諦めないとは……ふふ、それでこそ漢だぜ寺田ァ」
「ククク、その冷めることなき情熱が奇跡を呼び起こしたぞ」
「誰だ!」
「俺だよ、三組の江口助平さ」
江口助平!たしかうちのクラスの根本さんの舎弟!自分からエロスゲベと仲間内で呼ばせるほど自分の名前に並々ならぬ誇りを持つエリート紳士がいったい何をしに来たんだ……?
「エロメガネ先輩から特ダネが入った。まずは黙ってこれを見ろ」
「これは……」
「本館の立体マップか?」
携帯型ARデバイスによって風呂場に浮かび上がったそれは、たしかにこの宿泊施設の本館の立体マップだった。しかし妙なのは、赤いルートと青いルートが描かれており、それぞれに異なる時間が表示されている点だ。
「この二つのルートになんの意味が?」
「聞いて驚け、赤いルートは女子校が風呂を使用する時のルートと時間だ」
「何!?」
「そんな極秘情報を奴はこの短期間で仕入れたってのか?」
「さすがエロメガネ先輩だぜ」
野郎共のテンションが上がったことで、より風呂場が蒸し暑くなった気がする。しかしそんなことは問題にすらならない。潰えかけた希望が今再び輝き始めたのだ、この期をものにせずしてなんとするよ!
「この赤ルートを徹底的に頭に叩きこみ、偶然を装い女子高の生徒達と接触するのだ!」
「「「おおおお!!!」」」
「待て貴様等!まだ青ルートの説明が残っているだろうが!」
「そうだった!江口、続きを頼む」
「おうよ。……青ルートだが、これは教師陣と警備ロボの巡回パターンを示している」
ヒューゥ、これまたドデカい特ダネを仕入れてくれたもんだぜエロメガネ先輩。赤ルートと青ルート、この二つを完璧に頭に叩き込まないと俺達のミッションは達成できないって訳か。楽しくなってきたぜ!
「青ルートを避けつつ、赤ルートに自然に寄り添うことができるルートは限られている。そしてこれが俺達の勝利の軌跡、緑ルートだ!」
「なんだこれは!?大胆不敵に見えて、その実緻密に計算され尽くしてやがる!」
「ククク、一目見ただけでそこまで読み取るとは……流石はIQ二万の寺田真吾」
「えっ?あ、うん……」
江口よ、寺田は頭いいと噂されているけど、そんな人外レベルのIQはしてないと思うぞ?
「今からこのルートデータを配る。明日は授業の隙をみてこいつを覚えることに集中してくれ」
「今から明日が楽しみでしょうがねぇよ!」
「そんじゃ今日は解散か?」
「待て、まだ一番大事なことが決まってないだろうが!」
「そうだな。むしろここからが本番か」
進むべきルートが割り出されようとも、それとは別に新たな問題が俺達の前に立ち塞がる。すなわち、誰がどの順番でルートを使用するか。
「全員で一斉に移動することは物理的に不可能。そしてなにより怪しすぎる」
「時間をバラして少人数のグループで移動するのがベストだが……その場合巡回を掻い潜る難易度と女子高の生徒達と接触できる可能性が変動してしまう、か」
先程まで楽しげに明日の予定を立てていた俺達の間に緊張が走る。頼もしかった仲間達は、皆同じ獲物を狙う強敵へと変貌したのだ。
「お前達には悪いが、一番確実なこの時間はこの江口様がいただくぜ?」
江口がルートに表示された時間の一つを示しながら笑う。その瞬間、風呂場中から江口に向けて殺気が放たれた。
「何言ってるかよく聞こえなかったんだが……もっぺん言ってみろや江口ィ」
「そう怖い顔するなよ?もとよりこの情報はこの江口様が恵んでやった物だ。教えずに独占するって手もあったんだぜ?」
「ぐっ……」
「まあ、俺が選んだ時間も確実に接触できるって訳じゃない。だからお互い幸運を祈ろうぜ、なあ?」
江口の野郎、ぬけぬけとふざけたこと言ってくれるじゃねーか。
奴が宣言した時間帯、それは巡回隙が大きく女子高の生徒が移動する可能性が高いだけではない。俺達の側も自由に行動しやすい唯一の時間帯だ。
あの時間帯を選択できないとなると、江口の所属するグループ以外による作戦成功率は、どれだけ多く見積もってもいいとこ三割。そこから更に少しでもマシな結果を狙える時間帯を奪い合うとなると……作戦の決行を待たずして、俺達は大多数が再起不能になりかねない!
悠々と去っていく江口を眺めながら、俺達は唇を噛み締めて怒りに耐えるしかなかった。
「……まず、グループを決めよう」
全員が無言で牽制し合う中、沈黙を打ち破り最初に口を開いたのは、意外にも重石君だった。
「どの時間を狙うにせよ、グループが決定していないと後でまたもめることになるのは目に見えている」
「そう、だな」
「やっぱり部屋ごとに別れるのが無難か?」
「希望する時間が違う場合もあるだろ」
「なら基本は部屋ごとに、それで時間の決定後、望む時間同士であればトレード可ってことでどうだ?」
一人が話し始めたことで、一気に会議は回り始めた。この調子ならグループ分けはすぐにでも決まるだろう。あとはどうやって行動時間を決めるかだが……。
「……光介、俺先に部屋戻ってるわ」
「んだよ悠、最後まで参加しねーのか?」
「のぼせた」
「それじゃしゃーないわな」
風呂は好きだけど、どうも長く浸かってられないのよね俺。
本当はまだのぼせるほどでもないし、うちの部屋仲間がどの時間をゲットするのか気になるが、それはそれとして俺にはちょっとした予定がある。どうせどの時間を選んでも大差ないこの会議よりも優先しなければならないことがな!
わるいな野郎共、俺は一足お先に単独での特殊任務にあたらせてもらうぜ!
・本当は221話で書こうとしてたおまけ
ファース、そこはかつて災厄の襲来によって滅びかけた街である。
しかしこの街は未だ滅びず、何故か国中の元トップ技術者達が集うことになった。
隠居した者、左遷された者、新天地を求めた者。理由は様々なれど、一度行動に移れば世界を動かすに足る者達が集っていたのだ。
それなのに何故街が半壊状態のままになっていたのかと言えば、それはプレイヤーの為である。
『Spread World Online』の大きな目的の一つとして、かつて人々の領域であった廃都をモンスターから取り戻し、再び都市や国として再生させるという物がある。
ファースの再生は言わばそのチュートリアルにあたり、多くの技術者達はその手助けを行い、また自身の持つ技術をプレイヤーに伝える役目を持っていた。
しかし、荒れ地の整備から始まる一連のクエストは一人のプレイヤーによって流れを大幅に狂わされる。
そう、本作の主人公、ライリーフ・エイルターナーが自棄になって一人で荒れ地を全て整備してしまったからだ。
これにより、当初運営が想定していた廃都の再生が遅れることになるが、本来もっと先の領域に到達することで明らかになるモニュメントの設置によるステータス上昇が判明したのでプレイヤーの戦力的には想定より高くなっている。
以上、ご都合主義の裏側でした。




