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バニーちゃんの行動履歴 3

お待たせしました。

そこそこ長めです。

 無駄なサバイバルを決意したあの日から更に一週間、バニーちゃんはすっかり野生に染まっていた。


「フニュ!」

「バウ!」

「よーしよしお前達、食料集めご苦労です」


 自身の力を前に屈服したモンスター達を引き連れ、すっかりお山の大将である。


「おお、このフルーツを持ってくるとはやりますね。お腹撫でてあげましょう。うりうり」

「へッへッへッ」


 市場で購入すると少しお高いフルーツを持ってきた犬っぽいモンスター、そのお腹を撫でるバニーちゃんの姿は、以前に見たようなほぼ下着の体をなしていないボロ布を身に付けただけの姿ではなくなっていた。

 狼の牙で作られた首飾り、胸を覆うレザーメイル、スカートに見えなくもない毛皮の腰巻き、葉っぱの模様が彫られた木靴、小さな魔石のあしらわれた腕輪等々……ぱっと見だと狩猟民族のように見える装備ではあるが、それでも人里に降りるには十分な装備を身に付けている。それなのに何故森の中で暮らしているのだろうか?

 実はバニーちゃん、一度だけ街には行っていた。それも最低限人前に出て恥ずかしくないような見た目の装備を揃えて。

 寝る間も惜しんでモンスターを狩り続けたバニーちゃんは、意気揚々と街へと向かった。装備を揃えるまでに副次的に集まった大量のアイテムを売り払えば、暫くはまともな生活が送れるとルンルン気分で街に入ったのだ。しかし――


「思ったより稼げていませんね……」


 プレイヤーの流入により、モンスターからドロップするアイテムの買い取り価格は軒並みさがっていた。ボスモンスターの物ならば未だに高額で取引されているのだが、しっかりと安全マージンを確保して戦ったバニーちゃんの戦利品各種は、全てプレイヤーが容易に入手してくる物だったのだ。


「……まあ、暫く生活するのには困らない額ではありますしいいんですけどね」


 顔を微妙にしかめながら誰に向けた訳でもない負け惜しみを一つこぼし、気を取り直して宿へと向かう。

 味付けすることもなく焚き火でただ焼かれただけの肉ではない、まともで文化的な食事。土を掘り返してその上に落ち葉を敷き詰めたようなベッド擬きとは違う、ふかふかで全身を包み込んでくるような柔らかなベッド。それを想えばこそ足取りも軽くなるというものだ。

 もっとも食事に関しては、バニーちゃんが知らないだけで、彼女の生活していた場所の周囲にもスパイスリーフの群生地があったのだが……コーデル王国出身ではないバニーちゃんがその事に気がつくことはなかった。


「む……」


 宿へとたどり着いたバニーちゃんだが、その表情は険しい。おすすめとして街の人間から紹介された宿は、彼女の感覚からするとかなりランクの低い宿だったからだ。しかし手持ちを考えると、ここより上のランクの宿に泊まった場合は資金を蓄えることが困難になるのが目に見えている。


「とりあえず食事だけ頂きますか」


 スープとパン、それからモンスターの肉の炒め物を注文し、それらをモシャモシャと食べながら考えを巡らせる。


「食事の味は、まあ悪くはないですね」


 しかし良くもない、と評価を下しつつ、試しに一泊だけしてみてから今後の方針を決める事にした。その結果――


「野営を続けましょう。こんな物にお金をかけるくらいなら野営で十分です!」


 元エリートとしてのプライドがまたしても彼女をより険しい道へと誘った。ベッドも食事も満足いく物でないのなら、最底辺の物であろうとそう変わりはない。ならば野山で自給自足の生活をした方が、より早く再起の為の資金も集まる。そうと決まれば街にもう用はない。生活の彩りの為に調味料を少量買った後、暫く生活した拠点へと戻ったのだ。

 より稼ぐ為には強いモンスターを狩る必要があり、街で生活する気も失せた以上小綺麗な見た目には何の意味もない。

 性能を。見た目など一切気にせず、とにかく性能を重視して装備を揃え、戦い、狩り、より強い装備へと交換していった結果、一人狩猟民族バニーちゃんが完成していた。


「さあお前達、今日も元気に狩りまくりますよー!」

「バウバウ!」

「フニュ!」

「クケーッ!」


 配下のモンスターを引き連れて、彼女は今日も縄張りを増やし続ける。例え相手がネームドモンスターやレアモンスターであっても、その歩みを止めるには至らない。ゆくゆくはエリアボスですら安定して狩れるようになるだろう。

 しかしながらここに誤算が一つ。とあるプレイヤーがイベントストーリーを進めた結果、コーデル王国内のフィールドには突発的に強力なモンスターがポップするようになっていた。そしてその内の一体と不運にも遭遇してしまったのだ。


「なっ、なな……!」

「……」

「なんでこんな所に悪魔がぁ!?」



モンスター

ベルフェゴール Lv37

魔界に住む悪魔の一種

便座に座ると知能が跳ね上がる

悪魔城のトイレが常に使用中な原因



「れ、レベルは低いし数で押せばイケる筈……! お前達、早急に袋叩きの陣を形成しなさい!」


 バニーちゃんの指示が飛ぶがそれに反応する者はいない。何故なら配下のモンスター達は悪魔の姿を目にした瞬間に全員逃げ去っていたからだ。


「なっ……あ、あいつら私を置いて逃げやがった!? チィッ、所詮はケモノってことですか! 懐かれてると思った私がバカでしたよ!」


 その時悪魔ベルフェゴールの目が光る。騒がしいバニーちゃんを敵と認識して魔法を放ったのだ。


「あっ、しまっガボボボボ!?」


 ベルフェゴールの使用した魔法、それは水属性の上級魔法に位置するダイダルウェイブ。怒濤のように押し寄せる水は渦を巻き、まるでバニーちゃんが巨大なトイレに流されているようにも見えた。それを見るベルフェゴールもどこか満足げだ。


「ゲホッゴホッ……流石悪魔、初撃から上級魔法とは殺意高めですね」


 レベルは低くとも悪魔は悪魔、トレントとは強さの格が違う。ノシノシと歩み寄ってくる巨体に、最早これまでと死を覚悟した時それは現れた。


「ついに悪魔まで出始めたか……早くあの場所を見つけ出さねばまずいな」


 ボロボロのフードマントを深く被り、人ならざる気配を放つその男が無造作に腕を振るうと、光の刃が迸り、ベルフェゴールの右腕を斬り飛ばした。


「私の事情に巻き込んでしまってすまない。あとは任せてくれ」


 ずぶ濡れのバニーちゃんをチラリと見やり、それだけ言うと男は再び悪魔へと向かって行く。その強さは圧倒的で、上級魔法すら操る悪魔が何も出来ずに一方的な防戦を強いられる。


「これで終わりだ、ジャッジメントレイ!」


 一際強力な光が上空から降り注ぎ、悪魔は完全に消滅した。後に残るのはドロップアイテムだけである。


「……さて、これは貴女が貰ってくれ」

「えっ、あ、はい!」


 ぼけーっと悪魔が蹂躙される光景を眺めていたバニーちゃんは、ドロップアイテムを渡されたことでようやく再起動した。白昼夢でも見ていたような気分だが、手渡されたドロップアイテムの存在がそれを否定する。


「ところで、一つ訊きたい事があるのだが」

「な、なんでしょうか?」


 男が正面に立ったことで、フードの隙間から素顔を覗き見たバニーちゃんは、「やだイケメン!」とちょっと浮かれつつ、自分が今どんな格好をしているのかも忘れてうぶな感じを装い返答する。


「封呪の洞穴と言う場所を知らないか?」

「封呪の洞穴、ですか? 助けて貰って力になれないのは残念ですが、そのような場所は聞いたことがありませんね」

「そうか……いや、あまり気にしないでくれ。もとより本当にそんな場所があるのかすらわからないのだから」


 目当ての情報がないのならもう用はない、と去ろうとするフードの男。そんな様子に慌ててバニーちゃんは声を掛ける。


「ま、待って下さい! せめてお名前だけでも教えてはもらえませんか?」


悪魔を圧倒する程の実力を持ち、その上イケメン。みすみす逃してしまうにはあまりにも惜しい。名前さえ知ればエリートとして返り咲いたその時に、居場所を探り当て恩返しの名目でお近づきになれる筈。そんな皮算用はバニーちゃん自らの行いによってご破算になる。


「……エイルターナーだ」

「エイル、ターナー……?」


 その名を聞いた時ふつふつと沸き上がる怒り! そもそもあのプレイヤー、ライリーフ・エイルターナーとさえ関わらなければこんな目にはあわなかった! 職場から追放され、トレントにボコボコにされ、野宿を強いられ、配下に捨てられて悪魔にも襲われた!

 ほとんど自業自得なのだが、そんなことは関係ない。復讐の刃は今、ファミリーネームが被っただけのフードの男へと向けられる!


「キエーッ!」

「うわっ、いきなりなんだ!?」

「イケメンだったのに残念です! まさかエイルターナーを名乗るなんて!」

「ちょ、やめ、危ないから槍を振り回すんじゃない!」

「貴方に恨みはありませんがここで成敗されなさい! 恨むならライリーフ・エイルターナーを恨むんですねぇ!」

「なんの話だ!?」


 生き生きと槍を振り回す。自分が戦うまでもなく戦意を折られた悪魔を軽く倒したような相手に向かって全力で。無謀は承知、それでもエイルターナーの名を持つこの男に一矢報いねば!とバニーちゃんの野生の本能とエリートのプライドがタッグを組みバグった思考が指示を下していた。その突きは、フードの男も呆れを通り越して感心する程に鋭い。


「くっ、やむを得ない。あまり女性相手に手荒な真似はしたくないが、暫し眠ってもらうぞ!」

「なんの! バニーガール流秘奥義、月夜の狂宴ルナティックミラージュ!」

「何!?」


 反撃の気配を感じとり、即座に秘奥義を発動してのけたバニーちゃん。無数の幻影が現れ、フードの男を取り囲む。バニーちゃんの姿をした幻影達は、眼を爛々と輝かせ、口元は三日月のように開いていてかなり不気味だ。そんな幻影達、男の近くに現れた幻影は、男の動きを封じるようにまとわりつき、遠くに現れた幻影は男にまとわりついた幻影ごと槍で攻撃する。その様は正に狂気の宴と呼ぶに相応しい光景であった。

 バニーガール流を名乗るこの奥義、何故こんなにも禍々しいのかと言えば、野生に目覚めたバニーちゃんが新たに産み出した奥義だからだ。もっとも、ミラージュステップを元に作り出された奥義であるため、その狂気的な光景とは裏腹にダメージは一切ない。しかしそれでも奥義は奥義。その効果は凄まじく、発動中は一秒毎に恐慌状態の判定が行われ、一度でもレジストに失敗すれば奥義の終了まで恐慌状態で固定されてしまうとんでも性能。並みの相手ならその隙に確実に仕留められる。そう、並みの相手だったなら……。


「まったく厄介な技を……これじゃ下手に加減出来ないじゃないか」

「へ?」


 幻影達に紛れてばれないように近づいた筈が、何故かジロリと睨まれ冷や汗が噴き出す。


「しっかりガードを固めておけ」

「や、やば……!」

「そうすればたぶん死ぬことはない」


 男の足元に魔法陣が展開されるのを見るが早いか一目散に逃走へと踏み切ったバニーちゃん。しかし無情にも逃げきる前に魔法は発動してしまう。


「スターダストバースト」


 それは光属性の上級魔法だった。使用者を中心に半径50メートルを光の奔流が蹂躙する範囲魔法であり、中心に近ければ近い程ダメージは大きくなる。

 幻影達は光にかき消され、脱兎の如く逃げ出したバニーちゃんもまた光に飲み込まれた。


「……どうやら殺さずに済んだらしいな」


 光がおさまり男が辺りを見渡すと、そこには逆さまにひっくり返り白目を剥きながら気絶するバニーちゃんの姿があった。


「それにしてもライリーフ・エイルターナーか、知らない名前だが私の弟だろうか? 家に戻れるようになったら兄として色々と指導せねば」


 そう独り言を漏らしながら、手持ちのポーションをバニーちゃんに振りかけると、男はその場を後にした。



……

…………

………………



「…………はっ!?」


 あれから暫くして目が覚めたバニーちゃん。

 まず初めに感じたのは首の痛み。キ◯肉バスターをかけられたときのような体勢で気絶していた為、壮絶な寝違え方をしているのだから当然である。縦にほぼ90度傾いた視界で辺りを見渡し、フードマントの男がいないことに安堵する。


「や、ヤバい相手でしたねあのイケメンは……。そもそも私は何故に助けてくれた相手に襲いかかったりしたんでしょう? 普通あり得ない行動ですよ」


 冷静さを取り戻したのか、野生に染まりすぎている自分を客観的に見てヤバい奴判定を下したバニーちゃん。地味にショックを受けつつもその心は晴れやかだ。


「きっと逃げやがった配下の中に洗脳能力を持ったモンスターがいたんでしょうね。これもいい機会ですし目指せ高級宿なんて贅沢言ってないで普通に街で暮らしますか」


 あくまで自分のせいではないと責任を逃げ去った配下達に押し付けるスタンス。どうやら強力な光属性魔法をくらっても、心の奥底まで浄化されることはなかったとみえる。


「街に行く前にアジトのアイテムを回収するとして、仕事はどうしましょう? 冒険者になるのが手っ取り早いんでしょうけど、今の暮らしとやることがあまり変わらないのは頂けませんし……とは言うものの街で下働きをするより稼げるのも事実。むー、けど選り好みもしてられませんし、やっぱり冒険者になるしかないですかねー」


 やれやれとため息を一つつき、行動を開始する。途中で何食わぬ顔ですり寄って来た元配下をバッサリ切り捨てて資金の足しにするのも忘れない。

 溜め込んでいたアイテムはかなりの量であり、全て持ち出すのに四往復もするはめになったものの、それらを売って稼げた額は大きく、ちょっとした小金持ちにはなれていた。


「むふふ~♪ いいですねぇ、この両手にズッシリとくる重み! 以前の蓄えに比べれば微々たるものですが、それでも素晴らしさに変わりはありませんね! はぁ……これから減ってしまうのがちょっと残念ですけど」


 金貨の詰まった袋に頬擦りしながらギルドの中を進んで行く。新顔で、女性。しかもギルドに登録したばかりなのに大金を所持している。そんな条件が揃っているにも関わらず、周りの冒険者が絡んでくることはなかった。

 それもそのはず。バニーちゃんの身に付けている装備は全てレアドロップ以上の物で揃えられており、明らかに使い込まれたそれらからは、金を払って買っただけでは絶対に手に入らない歴戦の強者の雰囲気が醸し出されている。故に彼女の進行方向の人波は自然と左右に別れ、本来混雑する時間にも関わらず非常に快適にクエストボードまでたどり着けていた。


「クエストを確認したら必要そうなアイテムだけ買い集めて、残りのお金で服を買いましょう。この装備は良い物ですけど、それだけって言うのは乙女としてアレですしねー、っと。んん? これも依頼なんですかね? ほう、ほうほう、ファースみたいなド田舎にそんな物が……もしここに書いてある事が本当だとすれば破格ですね。カジノ復帰までの繋ぎとしてなら……よし!」


 とりあえず旅行感覚で実際に確かめてみよう。旅に出るならこのままでも問題ないし、服はファースからの帰りにでも買うとしよう。そう計画を立てたバニーちゃんは早速ファースへと旅だった。そして――


「こ、これは!?」


 繋ぎだなんてとんでもない。ここならばオーナーに一泡も二泡も吹かせた挙げ句、血の涙を流すほどに悔しがらせてやることができる可能性がある! いや、私がそう育ててみせる!

 決意を新たにギルドへ向かい、雇用登録を申請。勢いそのままに服屋へ突撃し、何故か売っていたド田舎には不釣り合いな最新式の超高級レディスーツを購入した。来るべき面接へ向けてのシミュレーションも完璧! 後は面接当日を待つばかり。


「そう、そして私は今日その面接を乗り越えてこの施設のオーナーへの面会まで漕ぎ着けた! なのに、なのになんで貴方が出てくるんです! ライリーフ・エイルターナー!!」

「……とりあえず一ついいか?」

「なんです?」

「話が長ぇ!!!」

久しぶりのおまけ

一部状態異常紹介


・毒状態

一定時間毎にHPが減少し、MNDにマイナス補正が掛かる。上位に猛毒状態等がある。


・火傷状態

一定時間毎にHPが減少し、VITにマイナス補正が掛かる。上位に大火傷状態等がある。


・麻痺状態

一定時間毎に体が硬直する状態異常。上位に感電状態が存在し、こちらは硬直のスパンがより短く設定されている。


・スタン状態

極短い一定時間の間、全ての行動が封じられる状態異常。特別な技や道具を用いずに発生させることが可能な唯一の状態異常。とても便利。


・盲目状態

一定時間視界が封じられる。


・サイレント状態

一定時間一切の音が聞こえなくなる。


・クワイエット状態

一定時間声を発することが出来なくなる。


・魅力状態

一定時間魅了をかけてきた相手のことがとても魅力的に見えるようになる。指示を出されると喜んで従ってしまうことも……。


・恐慌状態

一定時間AGI、MNDの値が半分になり、MPが急速に減少し続ける状態異常。数ある状態異常の中でもかなりの凶悪さを誇る物の一つ。

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[一言] 面白くて好きだよ?このアホ。見てる分には
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