第五十一話 怪獣決戦
「手始めにお前達ね」
ドクターが初手に放ったのは、数体のゾンビ。
動きが鈍い、ゾンビの首元に注射器を差し込み、謎の液体を打ち込む。
ゾンビは倒れ、全身に太い血管を浮かべて、体を跳ねさせる。
他のゾンビにも『透明腕』で同じように注射器を打ち込む。
数秒すれば、立ち上がり、肥大化した肉体で青の巨人に迫る。
「注入した液体は何ですかな?アンデット系モンスターは基本的にAGIが低かったと記憶しているのですが。その中でもゾンビは筆頭のはず」
「ふむ…その前にミントはゾンビの原理について考えたことある?」
「ゾンビの原理…」
ゾンビが盲目的に巨人に突撃して往く中、ミントと会話を交わすドクター。
その声音は歓楽的で、悦楽を含んでいる。
講義をするようにミントに教えを諭す。
「私が考えた自論では、アンデット系モンスターは、死んだ素体―――つまり、死体系アイテム・倫理設定のドロップ操作による倒した時の死体が設定的な、怨念や憎悪が憑りつき、素体を動かしていると仮定したわ。その場合、素体を幽霊が動かしている状況で、外部操作に加え、腐った死体のゾンビを動かしているのは非常に不安定なの。だから、腐った肉体を逆に活性化させて、死んでいるからこその肉体能力限界リミット制限上限の撤廃と、素体の電気伝達を無くして、憑依しやすくしたの」
「なるほど…それならば、アンデット系のデメリットの移動速度が解決するわけですか」
ゾンビは四肢を限界―――否、限界を超え続けて振り続け、そこらのプレイヤーよりも数倍速く巨人へと迫る。しかし、なまじ巨人であるわけもなく、手を振り被り、振り下ろす。
純白の雪が粉々に粉砕され、巻き込まれたゾンビは五体が千切れかける。
「そうねぇ…やっぱり、如何せん耐久性が足りないわねぇ」
「そこは、、アンデット系として、仕方ないのでは?」
「いいえ。アンデット系の中には、死霊騎士や首無し騎士、乾いた腐肉人形とか、色々硬度があるモンスターもあるのよ?前に試したときは、皮膚を硬化させることもできたのだけど、アレは中を弄らなければいけないので」
「ネロ、いいでやすか。今のを聞いて、自分も弄れば強くなれるとか思っていても、絶対にやっちゃいけないでやすよ」
日常会話を交わすように狂気的な会話をこなす、人と人外ら。
「もう、限界そうね。じゃ、破棄ついでに役に立ってもらいましょう」
ドクターはパチンと鳴らす。
視線の先では、ゾンビが体を欠けさせていた。その伏している地点は巨人の足元。
―――ドオオオオオオオン!
指の音と共に、爆散するゾンビ。その威力は巨人を揺らぐほど。
なんと、ドクターはゾンビの体内に爆弾を仕掛けていたのだ。
「行き場を無くなった、爆発は何倍にも威力が拡大する…とはよく聞きますが、ここまでとは」
「凄いわよねえ。しかも、中に鉄砂を埋め込んであって、爆発と同時に散らばるようになってるのよ。爆発の威力で高速で散る鉄製の砂はショットガンにも匹敵するわ」
傍では、マウロが「絶対に爆発云々はよくきかないでやす」と呟ている。
「次の手は、何にしようかしら。骸骨かしら?」
「この地形では埋まるのでは?」
「大丈夫よ。加工してあるから。…『召喚』」
現れる我謝髑髏。
普段ならば、つい先日見えた白い姿が見えたが、今回は異様な姿が見せる。
その全貌は、青白い鎧外装を纏った姿にも見える。眼に宿る青の火が揺らめく。
「決戦型生物兵器、武者髑髏」
アンデット系が発する怨念の力を、MPに換算して、武者鎧型の力場を発生させている。青白く揺らめ武者鎧は、高位アンデットが発する負のオーラと同じく、付近の生物にステータス低下効果をもたらす。その鎧に触れると、その蒼の刀に触れると、毒・麻痺・火傷・石化・等々の状態異常を引き起こす。
つまり、状態異常を発する力場の持続力は無限であり、永久機関である。だが、その代償に光系統の魔法系ダメージに極端に弱くなるのだが、この場には、扱える者はいない。
「まるで怪獣大戦ね」
「引き起こした本人が言っても…」
「見物ですな」
「…(コクコク)」
眼を輝かせて、二体の巨獣を見つめるネロを、さらに見つめるマウロ。
ドクターとミントは楽し気に談話している。
その間にも、武者髑髏は巨人へと接近する。近づきながら、右手に巨大な怨念刀を発生させる。
この怨念刀も、呪力によって創造された武器。
刀を以ってして、斬りかかる。
巨人はその手に氷殻を纏う。スパイクが目立つ、ナックルガードのようなもの。凶悪さと強度はそこらの武器を軽く超えている。
非実体で出来た、刀と実態の氷のスパイクが衝突する。
エネルギー体に物理体がぶつかり、刀にめり込む。だが、途中で止まり、スパークを上げて拮抗しあう。
辺りに負のオーラと氷殻片が散らばる。
「水電流魔障壁」
単純な詠唱と共に、現れる電流の流れた水流の障壁。MPを相当に込めた障壁は強度を度している。バリアは流れ弾ならぬ流れ氷の飛来を受け止め、分解させ、防ぐ。
ドクターは『予知・狂眼』と『鑑定』で、青の巨人を分析する。視界内に出現するウィンドウ群を速読、瞬読して、情報を頭の中に刻み込む。
弱点諸々、情報諸々。
読み終わり、ドクターは嘆息した。
―――取るに足らない、と。
「ま、しばらく、武者髑髏でやってみるかしらね」
「むむ…!その様子ですと、勝てる算段がすでについたと?」
「無論。てか、私の方がすぐに終わるわよ」
「なら、早くやって下せえよ…」
「ヤよ。これからが面白いところじゃない」
「はぁー…まあ、いいでやす。勝てるなら…」
勝てるなら…、と繰り返し、瞳に闇を落とすマウロ。
やはり、苦労人気質のマウロはひそりと、ミントの背影からネロと一緒に怪獣大決戦を覗いていた。




