第四十六話 王都動乱・終章 弓師の過去と復讐者の姿
シリアス展開です。
「ではあっしから。『ベノムウェーブ』」
マウロは透明なダガーを一閃する。すると、ダガー内に浮遊していた紫色の粘液がダガー先端から溢れ出し、毒の波がマウロリーに向かう。
「名前がややこしいって姉さんから言われたんでやすよ。早く死んで下せえ」
「これだから下賤なる者は困るのだ。意地汚く、外道な攻撃方法しかない。『神々なる聖』」
毒波に対して、聖気を宿した矢を放って対抗する。
矢を放った、マウロリー前方方向に波が割ける。
大規模なスキル同士の打ち合いは上位プレイヤー勢の戦闘にも引けを取らない。
「まだまだ、いくでやすよ。『ベノムショック』」
「浅はかだ。『紅焔』」
紫煙を放つ、球体がいくつも現れてはマウロリーに飛来して、弾ける。これに対して炎の上位魔法矢で死滅させる。
弾幕と弾幕との衝突。
赤と紫の輝きが空中で弾けては生まれて、生まれては弾ける。
だが、弾幕と遠距離攻撃に関してはマウロリーの方に分がある。やがて、押され始めるマウロ。
「『ベノムドール』」
「むっ…!小癪なやつ」
マウロの身体が毒に覆われたかと思うと地面に沈み込む。
瞬きした瞬間には毒の分身がいくつも現れて、次々とマウロリーに襲い掛かる。
「「「実はこの毒は姉さんの毒とも一体化出来やしてね…『ベノムハンマー』」」」
「何を言って…なぁ!?」
「「「はは。なにを動揺しているでやすか」」」
マウロの分身は協和した声と動きで猛毒の槌を生み出して、殴り掛かる。
ひらりひらりと避ける弓師。しかし、槌を叩きつけるたびに飛び散る毒は避けられない。飛び散った毒が軽装の防具に付着しては腐食させる。
豪奢な防具を溶かされて憤慨するマウロリー。
憤怒しながらも警戒を怠らないマウロリー。さすがは英雄とでも言うべきであろうに。が、警戒は当たり前なのかもしれない。
マウロが同化している毒の名前は【ドクター製オリジナル薬品シリーズNO.023/連鎖的気化生物接触面腐食毒】と言う。
この劇毒は最近ドクターが作成に嵌まっている【薬品シリーズ】である。
中でもお気に入りなのが。猛毒シリーズ。簡単に作れて効果がチラホラ変わる毒系の薬品に注力しているのだ。
これは、製造薬品番号23。連鎖的気化性生物接触面腐食毒。適当に文脈を繋げているように見えるが実際の効果を並べているだけで、効果順に並べると…。
「対象の肌面積の衣服、装備内側の生物部分に接している物体にしか、毒の効果は無く、触れた箇所を腐食させて、腐食した部分から連続・連鎖的に腐食が広がり、外れたとしても気化して対象を気が付かぬうちに殺しにかかる…。本当にエグイ毒を作るもんでさァ」
説明を聞いたとたんに装備を外すマウロリー。しかして選択は正解であって、地に落ちた時点には軽装は変色していた。待つ暇もなく、軽装防具は腐り落ちて消える。
「チッ。最近は散々だな。貴様の様な下等種を相手にする日が来ようとはな」
「そぉぅれはおめでたいことでさァ。あっしからも祝福をお送りいたしやしょう」
冥界樹の幹からコポリと泡立った粘液が漏れる。それは人型を成して、マウロリーに襲い掛かる。
「これはこれはありがとうございやす。クリフォト様」
―――。
木々がさざめいた。
マウロは知っているのだ。この冥界樹クリフォトには意思が宿っていることに。
そもそもだが、意思が無くして、命令など聴けようもないのだが。
クリフォトはしばらく破壊活動をやめて、防御活動にいそしんでいる。
登ろうとするプレイヤーやNPCを叩き落として、防御陣形を置いている。
マウロは感謝を述べたあとに、軽装束を剥がされたマウロリーに相対する。
「気分はどうでしょう?英雄殿」
「貴様に答える義理もないわ。邪道に堕ちた獣めが」
「ありっ?気づてやしたか?」
「臭いニオイをさせて何を言うか…!」
マウロは嘆息して、その体を液体へと変えた。
マウロの種族名は「死毒性粘液義体」である。
その種族に至った方法は外道に堕ちてなお畜生道に至ろうとする根性で成し遂げたとでも言うべきか。
まず、ドクターがマウロの死体を発見後に、蘇生させようとしたのだが、その時にある妙案が浮かんだのだ。
―――アンデット化は人の形を成していなくても発動するのだろうか?
これが始まりであった。
研究厨にして考察厨でもあるドクターはその思考から派生して、ただの死霊術による蘇生は面白くないと思ったのだ。
ドクターはマウロの死体を一旦持ち帰り、王都の地下研究所へと持ち込み、死体を粉々に粉砕した。
それはもう無残な肉と液体とナニカに変貌したマウロにドクターはオリジナルの毒物を何点かとスライムの核をねじ込んだ後、死霊術を発動した。
効果は即席。釜に入れられた謎の物体か液体かに化したマウロは意識が目覚めた。それはもう激痛を伴って。死霊なのにこのまま成仏しようとしたほどの痛みの中のマウロにドクターは一言。
『頑張れば【万矢万貫】に復讐できるわよ』
心理を突いた一言でマウロは現世へと蘇った。
ただし、ドクターが後に語った言葉ではあるが、『スライムの核を入れなかったらただの肉塊人形になってたわね』と。
「こんな体になりやしたが、これはこれで殺すにしては重畳。あっしは満足でさ」
「考えまで邪道に与したか。ならば、この【万矢万貫】が貴様を殺してくれよう」
「冗談はそこまでにしてもらいやしょう。死ぬのはアンタでさ」
「して滅しよう。『神風の矢』」
嘲笑すら含んだ、義務的な口調で刻むは死の宣告。
どれだけ外道な英雄であれど英雄であることには変わりないのだ。
その一矢はすべてを貫く。
その一矢はすべてを粉砕する。
その一矢はすべてを刻む。
その一矢は魂ごと消滅させる。
………はずだった。
放たれるはずだった矢はマウロの体に届く前に消滅した。
それどころかマウロリーは倒れている。
マウロはひたすらに笑みを浮かべている。その笑みは主に酷似していた。
「そりゃあ効くでしょうに。あっしの説明を聞いていなかったでやすか?あっしは言いやしたよ。気化性だって」
「―――…こふっ…」
這いつくばりながら血反吐を吐く、英雄の射手。
その姿はどこかみすぼらしく映った。
マウロはスライム姿のまま近づいて、
「さようならで」
捕食した。
粘液体に浮かぶ英雄は最後に仲間を思い浮かべた。
王となった彼と、聖女となった彼女と、どこかしこへ消えてしまった彼と、暗殺されてしまった彼。
あの頃は楽しかった、と遥か昔のことを思いだす。
王国の姫と結婚した天才剣士に憧れて、
才能の塊だった槍使いに情景し、
聖国の聖女となった彼女に見惚れて、
竜の息吹さえ凌いだ騎士に、安心し、
…剣士が昇天し、槍士は狂い、聖女は自殺し、騎士は何処かしこへ消えて、私は。
一番仲の良かった槍使いは死ねたらしい。
鬼才と呼ばれた槍使いは永遠にも似た時の中で狂ってしまったが、無事に死ねたらしいと。
「(ならばして私も行くべきだろう。あゝ、罪を贖いて、そちらへ往こう)」
弓師の最後に見た光景は、怒ったような仲間二人と、自分と同じ顔をした一人だった。
to be continued…




