第四十五話 王都動乱・終章 爆発は芸術
「そら!行くわよ!」
「ぬわっ!?」
ドクターは右腕を一閃させて五本のMP糸を振り乱す。MPで編まれた糸はマコトを狙い撃ちにするが、なにをどうやったのか剣で受け流される。
避けられた糸は木の壁にぶつかり、耳障りな音を響かせる。
「流石、私の従魔。これくらいじゃ傷もつかない」
「これやっぱり貴方の従魔でしたか。だいぶ色が変わったようですが」
「いいでしょ?私のお気に入りよ」
「そーですかっ!」
回避と同時に幹を蹴って、飛び出すマコト。ドクターは、一歩引いて両腕を糸ごと合わせて技を繰り出す。
「”束刺”」
十本もの糸が重なり合い、豪速で射出される。
MPを多く込め、重複した糸は先端が杭の様に鋭く、鉄よりも固い。
この技は、ドクターがスキルのアシストなしに自ら生み出した『技術』である。
「おぉぉぉ!」
マコトは、剣の腹を盾にして耐える。
その間にドクターは指と糸との間を切断して勢いの乗った”束刺”を押し付ける。そして傍らで、距離を取って、上級の魔力回復ポーションを飲んでいる。ドクターですら確実に生み出せない秘蔵のポーションである。上級は大幅なMP回復と共に持続回復を付与する。これにより、ドクターのMPはしばらく尽きることは無い。
「ズルい、なぁっ!?」
「貴方の身体能力の方がズルいと思うわよ」
マコトは拮抗したのも数秒の間に、“束刺”をドクターの居る方角へ反射する。が、ドクターは勢いが落ちた“束刺”をパラライズドナイフで両断する。
「また私の新技の実験台第一号よ。光栄に思いなさい」
「僕は遠慮するよ」
両者はやはり一定の距離を取っている。
ドクターは新技の実験のために、マコトは遠距離攻撃を防ぐために。共に、エモノを生み出し変える。
片やMP糸をまたも纏わせ、片や、大剣に変えて。
「“織鈎”!」
「はぁぁぁ!」
先端が鈎状になった糸が放射状に伸びて四方八方へ広がり、マコトを襲う。
視界内には自分を包み込むようにして迫る鈎に対して大剣を振り回す。しかし、振り回した大剣は微細に鈎の先端を全て弾き、旋風を起こしている。
「チッ!“織鈎・拘”」
「またですか!?」
「なら、捕まりなさい!」
ドクターは腕を横にぶるんとうねらせる。すると、弾かれた鈎先がドクターの動きと連動して、生き物が如く、うねり震う。
弾かれたはずの軌道は急変更。縦から横への回転に変わり、マコトを軸にして絡めとる…はずだったがいつの間に取り出したか、短剣でMP糸を切られて脱出される。
脱出されたがめげる様子もなく、ドクターはMP糸を大量生産。
“束刺”を大量に作り出して、『束縛』スキルで空中に停滞させる。
「させませんよ!」
「させるのよ」
「無茶苦茶な!?」
「レディファーストって言葉知ってるかしら?」
「知っててもヤです!!」
距離を詰めだすマコト。『透明腕』で薬物の入った試験管を投擲するドクター。
投げられた側は高速で迫る試験菅を避ける。いや、避けるしかない。
中に危険な薬物が入った試験管を断ち切ろうものなら自らが被害を受けるのは明白。だが、避けたは避けたで薬物が床に撒き散らかされ足の踏み場を狭める。ただの害悪な薬物群。
「『解放』!」
空間に大量に蓄積された“束刺”がマコト目掛けて一直線。さながらパイルバンカー並みの破壊力を持った糸群。
「多いですね!」
「…なんで防げてんのよ」
双剣に持ち替えて、“束刺”の側面を裁断して撃ち落とすマコト。やっていることは無茶苦茶だが防げていることは確実で、歯噛みするドクターは新たな技を行使する。
「“束刺・爆”ッ」
「ぐはぁっ…!?」
マコトに迫っていた一つの“束刺”がいきなり分解、再射出される。双剣で防いでいた彼は咄嗟に双剣を交差させて顔を守るが、糸の手榴弾に体の何点かを撃ち抜かれる。
「まだまだ、休ませないわよ!」
雄たけびと同時にドクターは右手に帯電させる。『中級雷魔法』と『束縛』の合わせ技だ。
不穏に思ったマコトは視線を下に写す、そこには水が。
(いつの間に…ッッ―――)
「ガァァァァ!?」
案の定。ドクターは腕を地面に突き立ててマコトを感電させる。
ドクターは笑みを浮かべている。
それは余裕と愉悦の証であり、またの苦痛を意味する。
「あれ?逃げなくていいのかしら?」
「な、なにを?」
突然の注意喚起に喘ぐマコト。衝撃に膝を付いている。
対照的にドクターは睥睨して論文発表のように説明しだす姿は理科教師のよう。
「水に電気を流す。これによって起きる現象は感電と共に、電気分解。電気分解、略して電解。によって気体が発生」
「! ま、まさか―――」
まさかの現象に気づき、動こうとするが、感電した体は麻痺の状態異常を示している。
「その気体名は、水素。そして水素は、加熱・発火により、総体積が膨張し、エネルギー放出の急撃。つまり―――」
ドクターは右手に小さな火を灯している。その火は小さく、朧気だったが、今のマコトにはとても恐ろしいものに見えた。
彼の心情を知ってか、小火の灯った指を鳴らした。
灯り火は小さく跳ねて、火花が散って…彼女は最後に口を開き、
「―――水素爆発」
………――――――。!!!――――――………。
雷が目の前に落ちたかの様な衝撃。遅れて轟雷一発。
起きた現象名は水素爆発。
水素が膨張して起きる現象のそれは、狭い木のドーム内で暴発。一層、威力を増したソレに両雄は。
「糸を壁状にする“織壁”を高速回転させる技、“織壁・廻”を周囲に引き、箱状に囲う“織壁・周”と半球状にする“織壁・球を同時展開した上で『狂人の実験』を併用。なのにこの威力とはね」
硝煙にも似た臭いが立ち込める中、燃えてはいるが糸で編まれた建造物からドクターが姿を現す。姿は汚れ、焦げている。HPも二割程削れている。
しかしながら、生き残ったのは彼女だけでない。
「ホントにもう何で生きてるのよ…」
「こっちのセリフです…なんてもんやってくれてんですか…」
息絶え絶えだがマコトが姿を現す。身体周りには黄金のオーラが漂っていることから『勇者の覇気』を使ったモノだと理解できた。
「最後ですね」
「いーや、終わりよ」
ドクターは右手を上げた。虚空から死体が落ちて来る。
インベントリに保存してある、死体のストックだ。
次いで発動するスキルは、お馴染みになりつつある『死霊術』。
ぐきりと肉体をしならせて起き上がるアンデット。避ける暇もなくマコトに突撃する。
「じゃ、まだー!」
「意外と使えるのよ?ただの死体でも。ちゃんと仕込みをしてあるから」
マコトに纏わりついたゾンビの一匹から時計の針の音が聞こえた。
顔面蒼白にしてマコトは逃げようとするがもう遅い。
ドゴン!先程とは控えめな爆発音。だけれど、満身創痍のマコトを倒すには足りた。
味方ごと吹っ飛ばしたゾンビ爆弾は体内に爆弾のマジックアイテム(ドクターお手製)を文字通り仕込まれたものであった。
マコトの敗因を上げるとするならば、最後の最後に雑魚敵への配慮を怠ったことである。
「芸術は爆発?否、爆発は芸術よ…」
「あっちは大丈夫かしら」
二言。
狂科学者が案じるのは不死身になった復讐者のことであった。




