第四十二話 王都動乱・急章 冥界樹
「とは言ったもののまずは様子見ね。ある程度数減らしてくれないと【万矢万貫】は出てこないだろうし、プレイヤーで実験もしたいし、だけど全員から狙われたら負けちゃうから、待たないと」
「・・・」
「そうでやんすか」
ネロは無言で頷き、マウロは一歩下がって戦場を観察し始めた。
ちなみにだが戦場は古来より【王国】と【帝国】が戦ってきた草原の戦場。【天穿つ決戦場】だ。名前の由来は昔より王国の英雄が帝国兵を討ち滅ぼしてきていたために戦場の地形が歪んだことによる。
実際、戦場は地面がめくれて岩場になっていたり、坂や高地になっている。
プレイヤーや兵士は地形が荒れている中心地から離れた平地に両者揃っている。
「ん?あれは…マコト君かな~?」
ドクターの視線の先には【勇者】ことマコトが王国側の兵士の奥側に鎮座している。
耐久力のある格好の獲物もとい実験体が居ることに喜色の色を顔に浮かべる。が、してドクターはその奥に居るとある人物を凝視している。
その人物は老いが見えるがまだ若々しい顔つきに煌びやかな軽装束に黄金に輝く弓と見覚えのある刻印が入った矢を備えている。
「水目膜」
ドクターの目の直前に水の膜が現れる。
水を圧縮したレンズで遠見の効果が得られる。
これに『見切り』と『鑑定』を組み合わせる。
・・・
出てきた結果はクロであった。
そこには『マウロリー・クロサウ』という名前と【万矢万貫】と称号が出て来る。
「見つけたわよ。マウロ」
「本当ですか姉さん!?」
マウロにしては珍しく大声が出る。
それもそうだ。マウロの復讐相手にして仇であるのだから。
マウロは仇を前にして憎悪を募らせる。体からアンデッド系モンスター特有の黒い瘴気が溢れる。
「やめなさいマウロ」
ドクターが制止する。
「で、ですが・・・」
「ですがもなにもない。そうねー良いこと教えてあげるわ」
「良いことでやんすか?」
いきなり話題を変えられたマウロは挙動不審になりながらも疑問符を返す。
「怒りとは貯め込むものよ」
「貯め込むもの?」
「そう。怒りとはすぐに噴火させるのではなく、貯めて、溜めた末に煮詰めて、温め、噴火させるものよ」
そう語るドクターの顔は邪悪に染まっている。
「・・・確かにそうでさァ。あいつには死んでも死にきれねぇくらいには恨みはありやすからね。只では死にはさせねぇでさァ」
マウロは瘴気を引っ込め、密度を高めた。
しかし、ドクターの表情は芳しくない。
(危なかった。このままじゃ気づかれてたわね。【万矢万貫】に)
戦場では【万矢万貫】ことマウロリーが視線をあちこちに寄越してせわしなくしている。
彼は長年生きて来た勘と英雄の気質が危険を訴えているのが分かるのだ。
だが、王命である以上ここで逃亡でもしようものなら爵位の脱位ならまだしも王国の追放まであり得るからして逃げるわけにはいかないのだ。ここまで積み上げて来た功績と英雄譚。そして傲慢がこの場所に引き留めているのだ。
「その傲慢私が叩き潰してあげるわ」
そんなドクターの白衣の裾を引っ張る者がいる。ネロだ。
ネロは裾を引っ張ってとある方向へ指を差す。
その地点に視線を寄越した瞬間、戦場に角笛が鳴り響く。角笛の低く重低音の響きが伝える事象は唯一つ。開戦の合図だ。
「さて私たちも動くわよ」
「了解でさ」
「・・・」
ネロの頭を撫でながら三名・・・いや、一人と二体は移動を開始した。
移動先は平原を見渡せる場所から戦場中心地端の真横にある崖だ。
ドクターは移動後、戦場を再度見渡す。
怒号と悲鳴。歓喜と悲哀。溢れる声と感情は様々。
一部、設定を解除しているのかNPCやプレイヤーの死体が残っている。
金属同士がこすれる音と魔法の炸裂音が慟哭する中ドクターは笑みを貼り付け、マウロリーを観察している。
マウロリーは刻印の入った矢では無くて金属矢を使用して連続的に、永続的に、機械的に連射し続けている。
放たれた矢は全て帝国側のNPCとプレイヤーの頭に例外なく命中し、一撃で殺し続けている。この一撃で貫き続ける矢を放ち続けることが【万矢万貫】の二つ名の由来である。
程なくしてNPCとプレイヤーの合計数が一万を切った辺りから彼女と二体の怪物が動き出した。
「『召喚・冥界樹クリフォト』」
何かが現れて音が鳴った。
爆音。否、爆音と呼ぶ事すらもおこがましい音が鳴った。
何かに潰されたプレイヤーの数は二千。
突如として現れたモノを見上げるプレイヤーの数は八千。
見上げたモノの正体は黒く、黑く、暗黒の樹であった。
ドクターが呟いた通りに死の樹と呼ばれるクリフォトと同じく禍々しい気を放つ大樹。幹は黒く染まり、葉は紫に荒んでいる。
この大樹の名は『冥界樹クリフォト』。
ラフリシアの種を改造して生まれたモンスター。そのモンスターに”名付け”した結果こうなったのだ。
唯一、大樹庭園だけが緑の色彩を放っている。
ドクター達は自然と枝が下りて来た巨大な葉の先に乗り、大樹庭園へと参っている。
その大樹を見たことのあるものは狂科学者を思い浮かべ、ある集団は歓喜を唱え、ある人物はアイツかと大樹へと我先に向かった。
そして【万矢万貫】は・・・
「なんだアレ・・・」
困惑していた。




