第三十三話 王都動乱・序章 暗殺
「こちら、かのディアロス・ポリガルド公爵様のお屋敷でしょうか?」
「む?そうだが何用だ貴様?」
ディアロス・ポリガルド公爵邸に着いたドクターは屋敷の門番にそう言った。
それに対応するのは無機質な質問。
「いやいや、公爵様がとあるモノを欲している、と風の噂で聞きまして。そのモノをお持ちした次第でございます」
「・・・まさか。戯言を」
ドクターは木箱を取り出し、中身をちらりと門番に見せた。
そこからの展開は劇的だった。
門番は赤く妖しく輝く鉱石を見た途端、形相を変えて、ドクターに待つように言い、屋敷の中に走り急いでそれから屋敷内から怒声と怒号が聞こえ、しばし時が経ち・・。
「どうぞ、こちらへ学者様」
「あら?もういいの?」
「もちろんでございます」
門に執事服を着た、老齢の男性が出て来てドクターを屋敷内へと案内する。
内装は公爵然とした高級な調度品に希少な貴金属を用いた装飾品ばかり。遠目からこちらを覗く、メイドや使用人がちらほらと見える。
「こちらがディアロス様のお部屋でございます」
豪壮な龍の彫刻がなされた重厚な部屋の前に案内されたドクターは開かれる扉を前にして笑みを浮かべる。
そして入室した。
「おお・・・来て下さったか」
中にある書斎と思われる部屋の椅子に座り作業する老人の声が放たれる。
ドクターは声の主を辿り、老人を見つける。
白く長い髭が特徴的な老人であった。
「貴方様がかの『竜殺し』の公爵様でしょうか?」
「ほっほっほ、そんな風に呼ばれておった時期もあったのお」
朗らかに笑う老人は賢者の石を求めるほどの悲壮感など窺わせず陽気にさえ感じる。そんな風に感じさせる老人は実のところドクターより強いのである。
ディアロス・ポリガルド―――かつて世界最強の種と呼ばれたドラゴン種をたった数名で破り、王国に繁栄をもたらした一人である。
ディアロス・ポリガルドは希少職業の【槍鬼】に就いており、STRやAGIに至っては500を超えているバケモノだ。
【槍鬼】は職業でもあり、二つ名でもある。
かつて短槍から三メートルを超すほどの槍まで多様な槍を扱い、目の前に立ちふさがる敵を端から突きさし、切り払い、薙ぎ払い、破った逸話を持つことで有名な人物である。
それを今から暗殺する・・・その重圧がドクターを押しつぶそうとする。
「あの、失礼でなければ前回の暗殺未遂の噂について教えて頂ければ・・・」
扉の前に鎮座していた護衛の一人が視線を厳しくする。
かの【槍鬼】は手を振り、「気にしない」と言った。
「そうさのぉ・・・あれは数週間前のことじゃのう」
老体とは思えないほど流ちょうに語り始める。
それは一、二週間ほど前のことだったという。
ドラゴン討伐から二百周年の記念を祝っていたディアロス・ポリガルドはドラゴン討伐時の存命のメンバーと王族、王侯貴族とパーティーをしていたという。
それから異界人―――プレイヤーの中でもトップ中のトップの集団を呼んで王族の前で御前試合をしていた時に休憩の飲み物に毒を盛られたとのこと。
幸い、王族護衛の近衛騎士の中に回復系のスキルと魔法スキルを使えるものが多数存在していたことと毒の効能が弱かったことからなんとか助かったらしいとのこと。
犯人はトッププレイヤーの中に混ざっていた【弓使い】系統の派生職業の【暗殺者】が混ざっていたとのこと。
【暗殺者】は女で捕まり際に―――
『クソが!高いマネー払ったんだぞ!使えねえんだよ!あの毒!』
とほざいていたらしい。
素知らぬ顔でドクターは口を開け、声を発す。
「王国には【学者】系の職業の者が少ないので?」
「そうじゃのお~・・・昔から【学者】系統は少なくてな、ポーションなどは需要が高いんじゃよ」
「成程・・・」
「で、学者先生。例のモノを持っておると聞いたんじゃが?」
声に多少の焦燥と威圧感が滲んでいることに気圧されたドクターは一拍遅れて返事をする。
いそいそと木箱を取り出す。香木をくりぬいて作った高級品の箱だ。
その高級品を乱雑に奪い、中から赤い鉱石の球体を取り出す。
「これこそが・・・ッ!まさに!まさにこれこそが賢者の石じゃ!!」
興奮した様子でソレを掲げ、愛おしげに見つめる公爵。
さらに見るのは笑みに闇を落とした狂科学者。
「公爵様。お話が」
「な、なんじゃ?学者様?」
先生から様に敬称が変わり、敬う態勢を見せるディアロス公爵。
「さすがにそれをただで渡すわけには・・・」
「そうじゃとも!そうであろう!あれを持てい!」
腹に響く大声で怒鳴り、手をパンパンと二回叩くと扉から数名がクッションの上に乗った一つのスキルオーブを持って来る。
スキルオーブを手に取り、ドクターに手渡す。
「これは・・・?」
「これは『死霊術』というスキルの【スキルオーブ】でございますじゃ。昔にモンスター化した【死霊術士】を討伐した時に落としたものでございますじゃ。学者様ならば研究にも使えそうでございましょう。お受け取り下さい」
「『死霊術』・・・・・・」
『死霊術』・・・その単語を気に入ったようにドクターは繰り返し、スキルオーブを受け取り、インベントリにしまった。
そして暇もなく公爵自らに見送られ、ドクターは急ぎ足に公爵邸を離れ・・・。
程なくしてどこからか悲鳴が上がった。
≪称号:『暗殺者』を取得しました≫




