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第三十一話 スラム街と暗殺ギルド

「安いよ安いよ!今日はリンゴが安くなってるよ!」「それの値段は?」「今日は幾ら稼いだ?」「昨日の大会凄かったな」

(人が多いわね)


ドクターの王都の第一印象はそれだった。

王都は王国の首都であり、広さも王国領では群を抜いている。行商人やNPC、プレイヤーが集まるのは必至だ。

王都でのマイホーム選択権の為にドクターは一等地から順にいい地形を探す。


「ん?あっちは・・・スラム?」


ドクターは王都の一角に人の気配がない場所を見つけてそちらに向かう。そこにはボロボロの服や襤褸を着た老若男女が存在している。その地の名をスラム街と言う。彼、彼女等はドクターを見た瞬間、警戒と悪意を募らせる。

警戒は、自分たちの縄張りに入って来た余所者への警戒心。悪意は貧しい者達特有のドクターの手荷物を奪取しようとする気力。


「―――!」

「甘いわね」


突如として背後から足音も出さずに襲ってきた少年を組み伏せるドクター。それを起源に次々とドクターの周囲に集まるスラム街住居者。少年を助けようとする気概が見える。


「いや、ごめんなさいね。襲ってきたものだからつい」


ドクターは友好的な笑いを見せながら少年の拘束を外す。

少年は飛び起きて逃げる。右手には試験管が握られている。


「手癖の悪い事」


やれやれ、と手を横に振るドクター。

集まったスラム住居者も散る。全員が共犯者のようだった。


「だけど、オイタが過ぎたわね」


パチンと指を鳴らすドクター。

数十メートル先で爆発が起きた。爆発した地点に向かうドクター。


「もう、ダメよ。こんなことしちゃ?」

「・・・」


ドクターは体から煙を上げる少年に回復ポーションを掛けながらそう言う。少年は薄っすらと目を開けて微かに頷いた。少年の共犯者は遠目に怯えながら見ている。


「これで生きなさい」

「・・・!」


ドクターは10万マネーを少年の頭のすぐ横に直に置いて、立ち去る。

そしてスラム街から出たドクターは王都の道を何本か進む。

辿り着いたのは薄暗い裏通り。


「居るんでしょ?出て来なさい!」


声を張り上げるドクター。

それと同時に何処からか現れる薄汚い外套を着た、ネズミ顔の男。


「へっ、バレてましたか」

「で、何の用。情報屋?」

「!これはこれは・・・」


単刀直入に話を切り出すドクター。

男が現れた瞬間ドクターは男に『鑑定』と『診察・狂眼』を使い、男の情報と弱点の感知、どう動くかを警戒している。

男は驚いた様子で手を揉みながら話を切り返す。


「あっしの名前はマウロと申しやす。姉さんの言う通り、情報屋をやっていましてねえ。今はとある依頼で人を探しているんでさぁ」

「ふ~ん・・・で?」


ドクターは威圧感を滲ませて声を出す。いつでもパラライズドナイフを出せるように準備している。男は対極的に冷や汗を滲ませ、話を続ける。


「で、あっしの依頼元は暗殺者ギルドで、そのギルド員を探しているんでさぁ」

「暗殺者ギルド・・・」


暗殺者ギルド、その名称をドクターは知っていた。毎日の様に掲示板を観察し、情報収集しているドクターには最近話題になっている話だ。

なにせ暗殺ギルドが出したと思われる王都に住む公爵の暗殺依頼に使われたのはドクターその人の毒だったのだから。惜しくも依頼自体は毒の効能が弱すぎて未遂に終わったが。


「それでその暗殺ギルドに勧誘って訳?」

「そう!その通り!」


ドクターは警戒を緩め、マウロは友好の証かと思い、手を叩いて声を上げる。


「まあ、いいわ。案内しなさい」

「へえへえお任せ下せえ」


そしてマウロはドクターを先導し始めた。

幾本か裏通りを抜けて、一軒の酒場に辿り着く。エリア的にはスラム街近くの場所だ。

酒場の中に二名の男女が入る。途端に集まる視線。

ガタイのいい大男にタバコを吸っているヒョロヒョロの体躯の男。キセルをふかす魅惑の美女。どれもがドクターとマウロに視線を寄越す。

マウロはカウンターに座り、酒場のマスターは拭いているグラスからマウロに視線を移す。


「そいつか?」

「そうでさ」


短く会話を済ませ、店の奥に入らされる。

そこは隠し部屋の様な場所で表の酒場とは違った洒落たカクテルバーの様な空間だ。

同じくカウンターにいる初老の男性がこちらを見る。


「いらっしゃいませお客様」

「連れてきやしたよ。依頼者殿」


畏まり、頭を下げるマウロ。

初老の男性はドクターを観察して、一つ頷いた。


「お客様は承諾してここにいるのですよね?」

「ええ、ここがどんな場所かは分かってるつもりよ」

「ならば問題はありません。わたくしめのことはカトラとお呼び下さい」


そしてカトラは指でコインをドクターへ弾く。

ドクターは片手で受け取り、『鑑定』する。


「暗殺ギルド証?」

「はい、そうでございます。それを持っているだけで暗殺ギルドの構成員となります。依頼を受ける場合はわたくしめにお伝え下さい。この暗殺ギルドでのルールは三つ。情報を漏らさない。この場所を漏らさない。そして失敗しない・・・それだけです」


カトラは片目を瞑りながら言葉を並べる。

コインに描かれたダガーと髑髏の模様を見ながらドクターは軽口に言う。


「早速依頼を見せてくれる?」

「畏まりました・・・こちらです」


レストランのメニュー本によく似た黒革のメニューを渡される。中身を一目通して、二つほど目を付けるドクター。


「この毒物の納品依頼と公爵暗殺依頼を受けるわ」

「・・・ほぅ」


微妙に眉を上げながらドクターを見るカトラ。

対して自信満々のドクター。


「毒物の納品は私は【学者】系だから安心して頂戴」

「そうでございますか。ならばまずは28日間、1週ごとに毒系のポーションを十本お願い致します。一週間ごとに8万マネーを払います。状態や性能が良ければ報酬は上がります。報酬の方は暗殺ギルド証の方に送られます。念じればマネーは出て来ますのでご安下さい。それでもう一つの方の依頼は・・・」


カトラは一つ目の依頼内容を伝え、二つ目の依頼に関して話を持ち出す。


「安心なさい。失敗するつもりはないわよ。失敗したらそうねえ・・報酬の十倍払うわ」

「なんと!」

「そりゃあ、いいのかい!?」


ドクターの発言にカトラと酒を飲んでいたマウロが声を上げる。公爵暗殺依頼は一回失敗したこともあり、警備が厳重になっている。その中を成功すると言ったのだ。更にそこへ報酬の十倍―――報酬は2億マネー―――を払うと言い放ったのだ。驚愕せざるを得ないだろう。


「フフフフフ。これは面白い。ならばやってみなさい。学者様?」


カトラは口調を変えて、楽しそうに笑った。

勿論と意気込むドクター。そこで何事か談話を交わし、ドクターは暗殺ギルドを出た。


「それでどうするつもりでさ?姉さん」


後に付いてきたマウロに問われるドクター。


「貴方は情報屋でしょ、マウロ?」

「そ、そうっすけど・・・」

「なら情報を売って貰うわよ」


そうしてドクターの公爵暗殺依頼が始まった。

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