第二十一話 一回戦目【天弓】無月 スライム軍隊
『PLドクター』
「ん?」
準備中に機械声で話し掛けられ、反応するドクター。
「誰?」
『私は管理AIの一機です』
声の主はそう名乗った。
「で、なんの用?」
『先ほどのお詫びを、と思いまして』
「ああ、なるほど」
先ほど、とは称号のことを言っているのだろう。
「それでお詫びってのはどんなの?」
『称号です』
「・・・」
『そんなあからさまな顔をしないで下さい』
ドクターの顔は疑心に満ちている。
『GMにも許可は取っております。では、こちらを・・・』
≪称号:『軽業師』を取得しました≫
≪称号:『強肩』を取得しました≫
≪称号:『運営に謝罪させた初記念』を取得しました≫
「・・・貴方ねぇ」
『これで失礼します』
「あっ・・・GMに似たのかしら」
愚痴を吐きつつ、効果を見る。
『軽業師』
軽業に関する行動の効果が上がる。
立体姿勢制御や体幹の熟練度が上がる。
『強肩』
強肩の持ち主に送られる称号。
肩を使った行動効果を上げる。
『運営に謝罪させた初記念』
運営に初めて謝罪させた者に送られる称号。
効果はない。
「前者二つは使えそうだけど、後者は使えないわね。お飾り称号ってことかしら」
そして作業を再開した。
その数分後。
『バトルエリアに転送します。しばらくお待ち下さい・・・』
ドクターが腰のポーチに試験管をぎっしりと詰めている時にアナウンスが鳴る。
「やっとね。相手は無月だっけ」
試験管の配置を確認しながら一人言を呟く。
ちなみにだが対戦相手の無月と言うプレイヤーは女性のプレイヤーで、王都では【天弓】とも呼ばれているゲーム内で上位に位置するプレイヤーだ。
勿論のことGMの嫌がらせである。
『転送します』
体が半透明になるエフェクトをチラリと一目見て目を閉じた。
体が浮遊するような感覚がドクターを襲い、転移した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
「ここは・・・市街地?」
転送されたエリアは市街地であった。
レンガ造りの家が段々に中心地に向かって高くなる地形になっている。
通路も大通りや裏道と入り組んでおり、時偶に背の高い建物が見える。
『バトルエリア名、円形高地形住宅地!広さは二キロ×二キロだよ!バトルスタートまでカウントダウン10秒前!準備してね!』
GMの声。ドクターはパラライズドナイフを腰のポーチに括り付け、手には【赤紫斑毒の三角試験管】を持つ。
『10、9、8、7、6・・・』
周囲を見渡す。
『5、4、3、2、1・・・』
足に力を籠める。
『スタート!』
ドクターは合図に合わせて、体が動くようになり、周囲の建物の陰に急いで隠れる。
相手の能力やスキル構成、職業が分からないからか様子見の堅実な立ち回り。
「まずは相手を探さないと」
ボヤキながら中心地の高い地形に向かって隠れながら向かう。
現在の地点はエリアの末端。
住宅の陰から顔を覗かせたその瞬間、空に銀の煌めきが。
「危なっ!」
慌てて顔を引っ込ませるドクター。
銀の煌めきはコンマ一秒前にドクターの顔があった場所を通り過ぎ地面に突き刺さる。
「・・・矢?」
地面に突き刺さったのは木製の素材に鉄の鏃を使った矢であった。
「一体どこから・・・?」
またも顔を覗かせる。
数百メートル先のエリア中心地辺りの背の高い建物に人影が―——
「ヒヤッ!」
素っ頓狂な声を上げて、急いで顔を引っ込めるドクター。
次いで矢が飛来してくる。
「どうしようかしら・・・そうねぇ・・・」
顔を出して覗き込むが既に人影はもうない。
しばしの思考。
「・・・あのモンスターを使ってみましょうか」
【赤紫斑毒の三角試験管】の中にコトン、と音を立て、ビー玉ほどの透明の球体が現れる
次いで粘着質なゲル状の液体が出て来る。
「『使い魔生成』」
三角フラスコの中で球体を中心にゲルが流動し、固まる。三角フラスコの口を開けて逆さまにする。
落ちた液体は地面で何度か跳ね、蠢いた。
液体は泡を立たせ、地面に対し縦に潰れた球体の形をしており、プヨプヨと蠢いている。
スライムだ。
「成功。じゃあ鑑定」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
PLドクターの使い魔:Formless・Life/LV1
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「よしっ!上出来ね。それじゃ量産開始」
そう言って、【Formless・Life】を量産開始したドクター。
このモンスターはドクターがスライムのドロップであるスライムの核に同じくドロップである、数種類のスライムの粘液を混ぜ合わた粘液を『使い魔生成』スキルを使い、生み出した個人製作魔物だ。
このモンスターはスライムの粘液を混合しすぎて混沌とし、素材に使った液体であるスライム自体も形を無限に変えられる生命の証明であり、物理攻撃が効かないというチート性能を持っている一方、魔法系には脆弱過ぎる特性を持つ、モンスターだ。
そんなモンスターを量産しているドクターはというと・・・。
「これでピッタリ百体!」
百体も生み出してた。
ドクターの目の前には体内が泡立っている透明なスライムが百体蠢いている。
「行ってきなさい!」
号令を下し、【Formless・Life】はエリア内に散ってゆく。
【Formless・Life】に無月を探させる様だ。
通りに出た【Formless・Life】が矢に貫かれる・・・が貫通して、地面に突き刺さり、【無形の生命】の体が矢を通り抜ける。
「・・・・・・ッ!?」
遠くで誰かが驚愕した声がする。
その間にもスライムの軍隊は住宅地を蠢き、マッピングする。
「早く移動しないとね」
ドクターはスライムが埋めた頭の中の地図を頼りにまだマッピングされていない場所に進む。
遮蔽物に隠れ、【無形の生命】を追っていると、空中より朱色の輝きが飛来する。
「・・・何アレ?」
朱色の輝きは【Formless・Life】に被弾し、木っ端微塵にする。
(恐らく、アレは【弓使い】系統の職業が使える『属性矢』と言うスキル。自分が持ってる魔法スキルの属性を付与するスキル・・・もしくは属性を含んだ素材を含んだ矢を使ったかだと考察できる。でも使ったのは失敗だったわね。今の攻撃で矢が飛んできた軌道が見えた!)
背の高い建物が見える方向に向かって走り出すドクター。
建物の陰に隠れて周り込むように立ち回る。
「・・・ッ!」
「シッ!危ないわね」
大通りに出た瞬間、矢が放たれ迫るが『軽業師』の称号のお陰か、体捩り、横に一回転して矢を避ける。着地して再度走り出す。
「シャ!」
「はんっ!甘い!」
遂に射手こと無月を捉える。
無月は黒髪を後ろに一本に纏め、皮装備の機動重視の様だ。弓は一目で高価と分かる、黒い光沢を放っており、つるりとしている。
近距離間際にて放たれた矢はドクターに向けられるが『見切り』スキルで掴み取る。
「ハァ!?嘘でしょ!」
驚愕の声を上げながら、離脱する無月。
それを追うのはドクター。
「『五月雨撃ち』!」
「『束縛』!」
弓から放たれた矢は空中で増殖し、数十本になる。
ドクターは赤紫斑毒を空中に束縛し、猛毒の盾を作る。
「早速使い道があるとはな思いもしなかったわね!」
射手が弓を向けたのが見えた瞬間ドクターは煙玉モドキを無月に向かって叩きつける。
ボフッ!と、低い音が鳴り、白茶の粉末が舞い上がる。
呼吸を止め、ドクターは一言。
(小火球)
小さな火の玉は高速で飛び、煙幕に当たり―——
「キャアァァ!?」
爆発した。
ゲーム作品や小説などで描かれることがある、粉塵爆発だ。
(密集した住宅地の狭い通路で一定の濃度が高い粉塵に火を放つことで起こる爆発。遠距離職の無月が耐えられる訳が無い!)
爆発が収まり・・・。
『一回戦目、試合終了!勝者ドクター!』
GMの興奮した声。
自分が嫌がらせで無月と戦わせたのを忘れている。
≪レベルが上がりました≫
≪称号:『爆発魔』を習得しました≫
「あ~、疲れた」
少なくなったSPを回復しながらドクターはそう言い、体は光に包まれた。




