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死神に育てられた少女は漆黒の剣を胸に抱く【WEB版】  作者: 彩峰舞人
第三章 魔法士と対峙する少女
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第八十六幕 ~再考~

 中央戦線における王国軍と帝国軍の戦いは、王国軍の勝利という形で一旦幕が下ろされた。だが、この戦いをつぶさに観察していた存在を両軍とも知らない。



 ──神国メキア 神都エルスフィア 


 日を追うごとに陽光が暖かさを増し、神都エルスフィアを白く染めていた雪も大方溶け始めた頃。郊外に広がる青い宝石のような輝きを放つ湖──カルラ湖と呼ばれている湖から、多くの冬鳥たちが北に向けて颯爽と飛び立っていく。市井の者たちはその光景を見て、春の訪れが近いことを感じていた。


 ラ・シャイム城の最上階に位置する会議室には、聖天使であるソフィティーアを筆頭に、ラーラやアメリアなどといった千人翔以上の者たちが円卓を囲んでいる。その中には諜報部隊〝(ふくろう)〟を束ねる灰色のマントを被った義眼の男──ゼファー上級百人翔の姿も見受けられた。



「──以上が事の顛末でございます」


 ゼファーは軽く息をつくと、報告書を置いた。


「ゼファーさん、ご報告ありがとうございます。老いてなお、常勝将軍は健在ということですか」

「はい。その名に恥じぬ、実に見事な采配を振るっておりました」

「そうなると王都の防衛だけを当たらせていたアルフォンス王の愚かさがより際立つというものです。この乱世において、金勘定にだけ明るい王などなんの意味もありません」


 平和な時世であれば賢王として後世の歴史にその名を残したかも知れない。アルフォンス著作の財政学はそう思わせるだけの内容であった。結局のところ生まれた時代にそぐわなかったのだ。そう考えると多少哀れではある。


「まこと聖天使様の仰る通りかと」


 ゼファーが神妙に頷く。ラーラたちも同様の仕草をとった。


「なんにせよ、とりあえず王国軍が勝利を収めたことは喜ばしいことです。願いをお聞き入れ下さった女神シトレシアに感謝の祈りを捧げましょう」


 ソフィティーアは両手を胸に抱き、深い祈りを捧げる。この場にいる全員もそれに(なら)った。


(いかな帝国と言えど、今回ばかりは悠然と構えてはいられないでしょう)


 紅の騎士団に続いて天陽の騎士団の敗北。ここまでの失態が続くと、帝国に従っている国が反旗を翻す可能性は否定できないはず。一旦戦線を退いてでも各国の動向に注力せざるを得ないだろうとソフィティーアは推察した。


「聖天使様、よろしければ今後の方針をお聞かせください」


 祈りを終えた後、ラーラが凛とした口調で問いかけてきた。一同の視線がソフィティーアに集中する。


「今後の方針……そうですねぇ」


 そこで言葉を切ったソフィティーアは、改めて手元の報告書に目を落とす。会議室にしばしの静寂が訪れた。


「──聖天使様の気になされていることはわかります。死神の異名を持つ少女。オリビア・ヴァレッドストームのことですね?」


 左目に埋め込まれた黒水晶の義眼が怪しく光る。ソフィティーアは苦笑しつつ、首肯した。


「ゼファーさんの前で隠し事はできませんね。どうやら死神さんの実力をわたくしは過小評価していたようです」


 ソフィティーアやラーラが予測した通り、天陽の騎士団は第二軍を壊滅寸前まで追い詰めた。それがひとりの少女の出現で戦況が逆転するなど常軌を逸している。天陽の騎士団を翻弄した第一軍の強さも当初の予測を大きく超えていたが、死神の前ではそれらの報告も霞んで聞こえてしまう。


(単純に漁夫の利を狙っていましたが、そうも言っていられない状況ですね)


 なにせ大勢の決まった戦いを覆すほどの人物だ。味方であればこの上なく頼もしい存在だが、問題なのは敵対した場合。メキアの受ける被害が決して少なくないことは容易に想像できる。

 以前から死神に関しては手を出さないと決めていたソフィティーアだったが、今後のためにも情報を詳細に集める必要があると感じていた。


「聖天使様、私は任務がらありとあらゆる人間を見てきました。その中でもあの少女は全く異質な存在です。その身に死の衣を纏っているようでもあり、振るわれる剣はまるで悪夢のような太刀筋。正直同じ人間なのかと目を疑うほどです。恥ずかしながら少女の戦いぶりを見て、手前は初めて足を震わせてしまいました」

「──ゼファーさん。それは死神さんに手を出すのは危険だと、わたくしに示しているのですか?」


 ラーラが即座に声を上げようとするのを、ソフィティーアは右手を払って制す。ゼファーは苦笑した後、ゆっくりと首を横に振った。


「そうは申しません。情報を集めよというのなら、全力をもって行います。それこそ少女の趣味趣向まで調べてご覧にいれましょう。ですが陽炎ほどの戦闘能力を我々は有していません」


 「実に情けないことですが」と恥じ入るように付け加えてくる。情報収集能力は陽炎を圧倒しているだけに、ソフィティーアとしてもそこを問題視していない。


「つまり死神さんの実力を詳しく調べたいのなら、それ相応の相手を送り込むべきだと。そうゼファーさんは仰りたいのですね?」

「聖天使様のご慧眼には、ただただ恐れ入るばかりです」


 ゼファーが頭を下げていると、対面に座るアメリアが即座に口を開く。




「聖天使様、そういうことでしたらこのアメリアにその任をお与えください。相手の力を計るのなら私の魔法が最適です」

「愚か者! 先の任を終えてからそう時もたっていないだろう。あまりでしゃばるな」


 眼光鋭いラーラの叱責が飛ぶ。アメリアは主に拘束系の魔法を得意としている。確かに相手の力量を見定めるのに適しているとソフィティーアも思うのだが。


「アメリアさんの気持ちは大変嬉しいです。ですがズィーガ―卿との戦いで受けた傷がまだ完全には癒えていませんよね?」

「そ、それは……」


 慌てて包帯の巻かれた左手を円卓の下にひっこめるアメリア。その仕草を隣で笑って見ていた青年、ヨハン・ストライダー上級千人翔が口を開いた。


「俺たち魔法士は数が極端に限られている。神国メキアが大陸に覇を唱えるためにも、誰一人として欠けることは許されない。アメリア嬢の逸る気持ちもわかるが、だからこそ体調を万全に期するのも任務のうちだ──ですよね、聖天使様?」

「ふふっ。わたくしの話すことがなくなってしまいました」


 ソフィティーアの言葉を代弁してくれたヨハンに対し、笑みをもって返す。


「グッ……」


 一方のアメリアは恨めしそうにヨハンを見つめていた。その姿を見たヨハンはさらにカカと笑う。


「──ということで聖天使様。ここは俺が死神の実力をちょいちょいと探ってきますよ。絶世と噂のご尊顔も拝したいですし」


 ヨハンが散歩でも行くような気軽な口調で言う。神国メキアでも珍しい黒髪をかきあげる左手には、焔光に輝く魔法陣が刻まれている。見た目こそ軽いが剣士としても魔法士としても一流の使い手だ。冷静な判断力も持ち合わせている。今回の任務にはうってつけの人物だと思われた。


「そうですね。ここはヨハンさんに任せてみましょう。しかしながら死神さんの実力は底が知れません。凄まじい剣の使い手だとはわかりますが、どうもそれだけではないような気がするのです」

「それだけではない? ……なにか隠し玉を持っていると?」


 ヨハンが眉根を寄せる。


「ええ。ですから危険だと感じたらすぐに引きなさい」


 口には出したものの、ソフィティーア自身漠然としていて、それがなんなのかはわからない。魔法士は人間を超越する力を持ってはいるが、だからといって無敵というわけでもない。現にアメリアは魔法を扱えないフェリックスに敗れている。比べる相手が悪すぎると言えなくもないが。


「それは聖天使様の勘ってやつですか?」

「そうですねぇ……聖天使の勘と言うよりは女の勘、といったほうが正しいかもしれません」

「女の勘ですか……そいつはかなり厄介な代物ですね。俺も女の勘ってやつには散々痛い目をみていますから」


 様々な女性と浮名を流すヨハンが神妙な顔で腕を組む。アメリアがひどく軽蔑したような冷たい視線を投げかける中、ソフィティーアはさらに言葉を重ねた。 


「しつこいようですが、少しでも危険だと感じたらすぐに引きなさい。これは至上命令です」

「わかっています。先ほどアメリア嬢に言った言葉を違えるつもりはありません」

「聖天使様、しばしお待ちください。死神の実力を計るのならヨハンより、この私が行くべきでしょう」


 ラーラがヨハンを睨みつけながら待ったをかけてくる。ソフィティーアが言葉を発する前に、ヨハンが呆れたように言った。


「ラーラ聖翔、あなたは聖翔軍の総督ですよ? 戦争するならまだしも、ひとりの人間の調査に総督自ら動いてどうするのですか」

「ただの人間ではない。死神の異名を冠する少女だ。実力が未知数である以上、最大戦力でもって事にあたるのが常道だろう」

「だとしてもです。俺に死神の実力を計ることができても、聖翔軍を率いることはできません。ご自身の置かれた立場をまずはよくお考えください」


 ヨハンの諫言にラーラは美しい顔を歪に変化させる。もっともな意見なだけに次なる言葉が出てこないようだ。


「ヨハンさんの言う通りです。ラーラさんは我が軍の総督であると同時に、神国メキアの切り札でもあります。そのことをもう少し自覚してください」

「……軽率な発言でした。申し訳ございません」


 顔にありありと恥じ入る色を滲ませながらラーラは頭を下げた。


「わかっていただけて良かったです。それにわたくしにとってもラーラさんは替えの利かない鉾であり、盾であり、また友人でもあるのですから」


 言ってソフィティーアはラーラに微笑みかけた。


「──勿体ないお言葉。このラーラ・ミラ・クリスタル、しかと肝に銘じます。そして、聖天使様に永久(とわ)の忠誠を」


 席を立ったラーラは目に薄らと涙を貯めながらひざまづく。その深い忠誠心にはソフィティーアもただただ頭が下がる思いだ。


「ラーラさん、席に座ってください──ではヨハンさん。くれぐれも無茶だけはしないように。ゼファーさんはヨハンさんの手助けをお願いします」


 ヨハンは二本指を立てて応え、ゼファーは恭しく頭を下げる。ソフィテーアは椅子から立ち上がり、二人の頭上に錫杖を掲げながら言った。


「お二人に女神シトレシアのご加護があらんことを」


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