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死神に育てられた少女は漆黒の剣を胸に抱く【WEB版】  作者: 彩峰舞人
第三章 魔法士と対峙する少女
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第八十五幕 ~大いなる誤算~

ちょっとだけ長めです

 コルネリアス元帥率いる第一軍とグラーデン元帥率いる天陽の騎士団は、キール要塞から西に位置するガラバ平原にて激突した。両軍合わせて総勢八万。王国軍にとっては第五軍が壊滅した因縁の地であり、帝国軍にとっては攻勢に出るきっかけとなった地である。

 当初は小隊規模の小競り合いから始まった戦いも次第に激化。十日が経過しても尚、両軍一歩も譲ることなく、総力戦の様相を見せ始めていたのだが──


 ──第一軍 本陣


 朝夕の寒暖差で連日のように濃霧が発生する中、伝令兵から情報を受け取ったナインハルトは、コルネリアスを始め将校たちが居並ぶ席に慌ただしく座った。


「何か動きがあったか?」

「はっ、濃霧に紛れて天陽の部隊が前進を開始した模様です。数は四千から五千。方角からして右翼に突撃を仕掛けるつもりかと」


 僅かに沈黙した後、コルネリアスは顎の白髭を撫で始めた。群雄割拠時代からの愛用品だという褐色の鎧を身につけており、無数の傷跡が歴戦の勇士であることを物語っている。そして、腰に帯びているのはレムリアの名を冠する宝剣。今は滅びて久しい南の小国、レムリア皇国の皇帝が皇太子の身柄と引き換えに差し出してきたこの世に二つとない業物らしい。

 戦場に降り立った老将は普段垣間見ることのできない、かつて常勝将軍と謳われた風格をその身に漂わせていた。


「──天陽の騎士団もとうとう痺れを切らしたか。帝国三将筆頭というだけあって優秀な将帥だが……まだまだ若いな」

「よろしければ私が兵を率いて迎撃いたしましょうか?」

「それにはおよばん」


 言ってコルネリアスは、即座に作戦案を語りだす。内容はあえて突撃を許し、敵が突破した先に伏兵を配置。さらに分断されたと見せかけた兵を反転、挟撃を計るというものだった。将校たち全員が異議なしと頷き、待機していた伝令兵が右翼に向けて走り去る。すると、入れ替わる様に別の伝令兵が姿を見せた。赤い肩当に二つの銀星。第二軍の伝令兵だ。


「申し上げます。フライベルク高原にて我が第二軍は敵を撃破。現在第一軍を援護すべくこちらに向かっております」


 伝令兵の弾んだ言葉に、将校たちから歓喜の声が上がる。ナインハルトを始め、多くの者が予断を許さないと思っていた。それだけに、今後の戦いに弾みがつく吉報だ。コルネリアスは大きく息を吐くと、静かに口を開く。


「そうか。ブラッド中将はこの難局を見事にしのいでくれたか」

「はっ、一時は危機的な状況下にありましたが、オリビア少佐の援軍により形勢を逆転しました」


 コルネリアスが目を瞬かせる。


「帝国軍から死神と呼ばれている少女か……わしも逐一報告は受けているが、どうも曾爺様に聞かされた昔話を思い出してしまう。実際のところどうなのだ?」


 その問いに対し、ナインハルトはオリビアの精緻な顔立ちを思い浮かべながら答えた。


「おそらく……いえ、間違いなく王国軍最強の兵士かと。正直味方でこれほど安堵したことはありません」


 ナインハルトの言葉を肯定するように、伝令兵がオリビアの活躍ぶりを興奮気味に伝えてくる。その話を聞く限り、武勲の巨大さは他の者の追従を許さぬ領域にまで到達していると言っていい。普段の飄々とした態度からは想像もつかないが。

 英雄という言葉がナインハルトの脳裏をかすめていく。


「なるほど。お主をしてそこまで言わすとは、まさしく稀代の手練れなのだろう。我々王国軍にとっては死神どころか、女神とも呼べる存在かもしれんな」

「そうですね。確かに見た目もそんな感じですから」


 ナインハルトが何気なく発した言葉に、コルネリアスがギョッとした顔を覗かせる。居並ぶ将校たちも物の怪でも見たような目を向けてきた。


「──何かおかしなことでも言いましたか?」


 コルネリアスは何度か咳払いをしつつ、口を開く。


「いや、お主が人の容姿を褒めるなど終ぞ聞いたことがなくてな。今の言葉をお主の副官……名をなんと言ったか?」

「カテリナ少尉ですか?」

「そうそう。そのカテリナ少尉だ。あの娘が聞いたらさぞかし憤慨するのではないか?」

「……なぜそこでカテリナ少尉が憤慨するのでしょう?」


 言っている意味がわからず、ナインハルトは内心で首を傾げる。コルネリアスはどこか憐れむような顔をこちらに向け、将校たちは揃って苦笑いを浮かべていた。


「ふうむ。大概のものは備わっているお主でも、抜け落ちているものがあるということか。天はニ物を与えても、三物までは与えないらしい。これではあの娘も相当苦労していることだろう」

「元帥閣下のおっしゃる通り、苦労をかけているとは思いますが……」


 副官としてのカテリナは優秀であり、またそれに甘え随分と苦労をかけているのはナインハルトも自覚している。自覚しているがゆえに、コルネリアスが言う抜け落ちているものにまるで見当がつかなかった。


「そういう意味ではないのだが……まぁよい。いずれ機会があればゆっくりと語って聞かせよう。それよりも今は」


 そこで言葉を切り、椅子から立ち上がるコルネリアス。一同が注目する中、腰のレムリアをゆっくりと引き抜いていく。初めて見る刀身はぼんやりと青みがかっており、どこか寒々しく、触れるもの全てを断ち切る凄味がある。

 コルネリアスはカッと目を見開き、勢いよく地面に突き立てて言った。


「これより天陽の騎士団に獅子の牙を突き立てる。我ら第一軍による戦の仕様、存分に見せつけてやろうぞ」

「「「はっ!!!」」」


 将校たちが顔に戦意を昂ぶらせながら起立敬礼をした。コルネリアスは彼らを満足そうに見渡した後、ナインハルトに視線を向ける。


「ナインハルトは第二軍との連絡を密にせよ」

「元帥閣下の仰せのままに」


 騎士独特の敬礼、胸に右手を当てて答える。コルネリアスも同様、右手を胸に当てて深く頷いた。

 





 ──天陽の騎士団 大本営


「どうやら我々は第一軍の実力を見誤っていたようですね。一見互角の戦いを演じているように見えますが、徐々に我々の首は絞めつけられています」


 参謀オスカー准将の言葉に、グラーデンは思い切り顔を歪めた。決して第一軍を侮っていたわけではない。天陽の騎士団の全力をもって事にあたった。だが、蓋を実際に開けてみれば、こちらの予想をことごとく踏み越えていく第一軍の、ひいてはコルネリアスの采配に言い知れぬ戦慄が体中を駆け巡っていた。


「──送り込んだ部隊からの連絡は?」

「ございません。おそらくは壊滅したかと……」


 霧に紛れて急襲する案を提示した将校がおそるおそる言う。


「壊滅? 壊滅だと! 五千からなる天陽の部隊だぞッ!」


 激高し拳をテーブルに叩きつけるグラーデンを見て、居並ぶ将校たちは狼狽していた。部下の失態に対して声を荒げることは稀である。常日頃から部下の失態は上官の責任と公言しているからだ。そのことが自ら心に余裕がないことを暗に示しており、自己嫌悪に陥るには充分だった。


「──すまん。帝国三将筆頭ともあろうものが、とんだ醜態を見せたな」

「どうかお気になさらずに。第一軍の実力は分析班の予想したそれを大きく超えています。それよりも次なる手を早急に打つのが肝要かと」


 いつの間に用意させていたのか。部下のひとりがホウセン茶をそっと差し出してくる。オスカーの気遣いに感謝しながら一口喉に流し込むと、じんわりとした温かさが全身に広がった。


「オスカーの言はもっともだ。何か案のある者はいるか?」


 言って将校たちを見渡す。すると、オスカーを除く全員がまるで示し合わせたかのように下を向いてしまった。普段なら活発な意見が交わされるところではある。先ほどグラーデンの示した態度も彼らを委縮させてしまっている要因のひとつなのだろうが──


(勝利に慣れ過ぎていると、ひとつの敗北をひどく恐れるようになるということか。天陽の騎士団を率いる将校ともあろう者がなんとも情けない。これはこれで今後の大きな課題だな……)


 グラーデンが内心で大きな溜息を吐いていると、外がにわかに騒がしくなってくる。程なくして二人の兵士に肩を担がれながら伝令兵が姿を見せた。


「誰かこの者に水を与えよ」


 グラーデンの指示に従い、部下が水筒を差し出す。伝令兵は浴びるように水を飲み干すと、乱れていた呼吸を落ち着かせ、かたひざをついた。


「申し上げます。パトリック中将討ち死に。軍は壊滅状態です」


 場が静寂に包まれる。誰も彼もが伝令兵の言葉を飲み込めず、目をキョトンとさせていた。それはグラーデンも同様であり、至極当然の反応だと言えた。直近の報告では第二軍を追い詰めたと聞かされていたからだ。


「……どういうことだ? 最後の報告では第二軍を追い詰めたと聞いている。それから二日も経っていないぞ──まさかパトリックは虚言を弄したのか?!」


 だが、言ってすぐに過ちだと気づく。パトリックは竹の割った性格をしており、虚言や奸計などとは無縁の男だ。グラーデンが手配した工作部隊もあまり快くは思っていなかったに違いない。案の定、伝令兵は目を白黒させて首を横に振る。


「いいえ。パトリック中将は虚言など申しておりません。元帥閣下のおっしゃる通り、第二軍を崩壊寸前まで追い詰めていました」


 そう言うと、くやしそうに地面の土を握りしめる。


「ならどうしてパトリックの討ち死に繋がる──」

「死神オリビアが現れたためです。パトリック中将も、クリストフ少将も死神の凶刃により、無残な最期を遂げました」


 天幕内は一気に騒然となった。


「死神オリビアだと! なぜ奴が中央戦線にいるのだ?!」


 死神オリビアは第七軍の所属だと聞いている。当然の疑問に対し、伝令兵は力なく首を横に振る。


「それはわかりません。ただひとつ確かなことは、そう遠くないうちにここへやってくるということです」


 グラーデンは返す言葉を失った。伝令兵の言葉を鵜呑みにするならば、それすなわち天陽の騎士団は挟撃の危機にさらされているということに他ならない。しかも、相手はあの死神オリビア。第一軍の強さが予想以上ということもあり、判断の遅れが全滅に繋がることを瞬時に悟った。


「元帥閣下、この状況下でさらに死神を相手にするというのは……」

「わかっておる。遺憾ながらこれよりキール要塞へと撤退する」


 グラーデンの言葉に全員が即座に頷く。続いて最も困難であろう殿(しんがり)を決めようとした矢先、アレクサンドル自ら名乗りを上げてきた。その顔は妙な自信に満ち溢れている。


「──いいだろう。アレクサンドルに三千の兵を与える。やってみせよ」

「はっ!」


 撤退準備を始めるべく各々が慌ただしく動き始めると、オスカーが素早く耳打ちしてくる。


「アレクサンドル中佐では到底荷が重すぎると思いますが?」

「俺は二度同じ忠告はしない。生きるも死ぬも後はアレクサンドル次第だ。まぁ、間違いなく死ぬだろうが。二時間程持ちこたえてくれれば十分撤退は可能だ」

「そういうことならば」


 グラーデンとオスカーは無言で頷く。アレクサンドルに三千の兵を託し、キール要塞に向けて撤退を開始した。





「ハア、ハア、ハア。アレクサンドル中佐、今のうちにこちらへ」


 ガラバ平原を抜けたアレクサンドルは、先頭を走る副官のザシャ大尉に促されながら林の奥へと分け入っていく。付き従う部下はザシャを含めて僅かに五名。少しでも逃げやすくするため、鎧はとうに脱ぎ捨てている。時折小枝が頬をかすめ切り裂いていくが、おかまいなしに走り続けた。


「ハア、ハア、クソッ! こんなはずでは、こんなはずでは……」


 アレクサンドルが殿を買って出たのは当然出世のためである。最年少で中佐になった自分なら見事任務を完遂できると疑っていなかった。だが、第二軍と接敵したアレクサンドルの部隊は二時間も持たずに瓦解した。


(実力を欠いていたわけではない。たまたま運に見放されただけだ。それでもグラーデン元帥が生き延びていれば、大佐の昇進は約束されたようなもの。上手くいけば准将もあり得るかも)


 そんなことを考えていると、後ろを走る部下たちの息遣いが途絶えていることに気がついた。思わず足を止めて振り返ると、四人の部下は影も形もない。


「──アレクサンドル中佐、後ろにお下がりください」


 突然ザシャに声をかけられ向き直ると、油断なく剣を構えながら前方を見据えている。程なくして木々の間を縫うように漆黒の鎧を着た少女が姿を現した。


「銀髪と漆黒の鎧。貴様が死神オリビアかッ!」

「うん、そうだよ。もう鬼ごっこは終わりでいいよね?」


 ザシャは奇声を上げながら化鳥のごとく飛びかかる。オリビアは腰を僅かに落とすと、右逆袈裟に剣を薙ぎ払う。大量の血液が木立に降り注ぎ、吹き飛んだ上半身が木の枝にひっかかった。地面に向かって臓腑がボタボタと流れ落ちていく。


「次は──」

「ま、待て! 降伏するから命は助けてくれ!」


 アレクサンドルは腰に下げている剣を投げ捨て、降伏の意を示す。今の光景を見て尚、剣を向ける者がいるとすれば、きっとその者は頭がどうにかしている。オリビアは黒い靄を纏う黒剣を肩に担ぎながら小首を傾げた。


「あれ? 天陽の騎士団は降伏しないって聞いてたけど?」

「誰がそんなことを言ったのか知らんが、好き好んで死ぬ人間などいない」


 アレクサンドルがそう答えると、オリビアはもっともだとばかりに頷く。


「私もそう思うんだけど、なんでかみんな死にたがるんだよねー。本も読めなくなるし、美味しいものも食べれなくなるのに──じゃあ、私の後についてきて」


 そう言って黒剣を鞘に納めたオリビアは、鼻歌を歌いながら悠々と前を歩き出す。そこには警戒心というものがまるで感じられなかった。


(くくくっ。たしかに恐ろしい剣技の持ち主だが、中身は馬鹿丸出しの女じゃないか。パトリック中将やクリストフ少将もこんなやつに殺されたとはとんだお笑い草だ。戦いとは正攻法ばかりが能ではない。要はどんな卑怯な手を使ってでも最後に勝てばよいのだ)


 アレクサンドルは内心でほくそ笑む。死神を殺ったとなれば箔がつく。間違いなく少将の地位は約束されることだろう。そう思いながらゆっくりとした足取りでオリビアの背後に近づくと、右袖に仕込んである短剣を素早く取り出す。


(死ねッ!!)


 アレクサンドルはオリビアの首筋目がけ、大きく短剣を振りかぶった──



「──あれ?」


 一瞬視界が明滅した後、目の前には倒れているはずのオリビアが頬を膨らませながら立っていた。その左手にはトクトクと蠢く心臓が乗せられている。おそるおそる目線を左胸に落とすと、破れたシャツの上から血がじんわりと広がり始めた。


「……ぁぁぁ」

「嘘をついちゃダメなんだよ。鬼に舌を引っこ抜かれちゃうんだから」


 オリビアは心臓を握り潰す。アレクサンドルの意識はそこでプツンと途絶えた。



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