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第百四十ニ幕 ~アストラ砦に向かって 其の弐~

『ただいま』

『お帰りなさいませ……もしかして馬車を使わなかったのですか?』

『うん。ちょっと歩きたい気分だったし』

『……それで、お決めになられたのですか?』

『うん。王国軍に残ることにした』

『そ、そうですか!』

『うん、そういうこと──じゃあ私は寝るから』 


 そのときは単純に喜んだクラウディアだが、なにゆえ王国軍に残る決意をしたのか詳しいことは今も聞いていない。聞けば心変わりするかも知れないとの考えが頭を過り、聞く勇気がなかったのだ。アシュトンに偉そうなことを言っておきながら、この体たらくぶりである。

 アシュトンもオリビアに理由を問うてはいない。今は余計なことは尋ねるべきではないとの考えらしい。結局クラウディアもその考えに体よく乗っかっているのが実情だ。


(ともかく閣下は我々と共に歩む選択をしてくれた。閣下が軍を辞めることと比べたら、馬車に山と積まれたお菓子など些細なこと。そう、些細な……)


「そんなわけあるかッ!」


 思わず大声を出してしまったクラウディアに、皆の視線が集中する。皆が皆訝しげな表情を浮かべる中、オリビアだけは恐ろしいものでも見るような目を向けてきた。


「クラウディア、副官たるものいきなり奇声を上げるのはよろしくないと私は思うの」


 リーゼが至極真面目な顔で言う。


「奇声を上げたつもりはないのだが……すまん」


 クラウディアが素直に謝ると、リーゼが辛抱溜まらんとばかりに笑い始めた。


「……別に可笑しいことを言った覚えはないのだが?」

「そうだね。ただ本当にクラウディアは昔と変わらないなと思って」

「いつかも言ったが、そうそう性格が変わってたまるか」

「そうね……多少変わって欲しい人も中にはいるけど」


 そう口にするリーゼの目は、オリビアと楽しそうに会話をしているブラッドに注がれている。王立士官学校時代に一度だけ見たことのある暖かなリーゼの瞳を見て、クラウディアはピンときた。


「もしかしてリーゼはブラッド大将のことが好きなのか?」

「……そういう核心をズバリと突いてくるとこも昔から変わらないよね」

「そうか?」

「うん、そう。私だから平気だけど、同じようなことをほかの人には言わないほうがいいと思う。きっと反感を買うから」

「ブラッド大将はリーゼの気持ちに気づいているのか?」

「私の助言をさらりと流さないでくれる? ──まぁ実際そのあたりのことはわからないのが正直なところかな?」


 王立士官学校時代のリーゼは才色兼備を地でいくような人物だっただけに、かなりモテたとクラウディアは記憶している。それでも浮いた話がひとつもなかったのは、ひとえにリーゼのお眼鏡にかなわなかったに他ならない。そんなリーゼが思いを寄せるブラッドは権謀術数に長けており、部下からの信頼も厚いと聞く。クラウディア自身は何とも思わないのだが、リーゼが惹かれるのも理解はできる。


「ならさっさと思いを伝えろ」


 リーゼは目を白黒とさせた。


「驚いた。クラウディアのことだから『こんな時代に色事などもってのほかだ』なんて言うのかと思ってた。

「逆にこんな時代だからだ。我々はいつ死んでもおかしくない。それなら後悔しない生き方をするべきだ」

「ふーん。じゃあクラウディアも後悔しない生き方をしないとね」

「私は常にそうしているつもりだ」

「本当にそう言える?」


 そういうリーゼの目は、難しそうな顔でエヴァンシンと話すアシュトンに向けられている。

 クラウディアは首を傾げた。


「アシュトンがどうしたというのだ?」

「え? 私はエヴァンシン少尉を見ていたのよ?」


 したり顔を浮かべるリーゼに対し、クラウディアは舌打ちをした。


「含みがある言いようだな。一体なんなのだ?」


 リーゼの表情は一転して哀れみに満ちたそれへと変わっていた。

 

「はぁ……昔から薄々気づいてはいたけれど、クラウディアってそういうとこは面倒極まりないよね」

「だからなにがだ?」

「それは自分で考えること。私がとやかく言うことでもないし。ただいつまででもそんなだと、横から持っていかれるよ。それでなくとも大きな壁が立ち塞がっているんだから」


 半ば捨て台詞のように言って、ブラッドの隣に馬を並べるリーゼ。すぐに慌てふためくブラッドの様子から察するに、嫉妬の言葉でも口にしたのだろう。


(結局なにを言いたかったのかわからんが……)


 それでもクラウディアは友の幸せを願うのであった。

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