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第百二十六幕 ~逃避~ 其の弐

コロナに負けずに頑張ろう

「放ってくださいッ!」


 アシュトンの叫びと同時に、ステイシアの弓から矢が放たれる。ステイシアは即座に二本目の矢を弓に番え、続けざまに放つ。


(ノルフェスは俊敏な獣だ。一本目の矢が当たる可能性は極めて低い)


 アシュトンの予想は期せずして的中し、ノルフェスの鉤爪によってなんなく弾かれた。だが、その隙を突くべく放たれた二の矢は、ノルフェスの右ひざを貫くことに成功する。

 自身のひざに刺さった矢を見たノルフェスは、不気味な叫び声を上げた。


「今のうちに川を渡りましょう!」

「そ、そうだな!」


 肉体が悲鳴を上げるのを無理矢理意識の外へと追いやりながら全力で走り、ステイシアに続いて川に飛び込むアシュトンであったが……


「はぁ……はぁ……」


 流れはそれほど速くないが、体の痛みにより中々前へ進めずにいると、


「もたもたするな!」


 弓だけでなく泳ぎも達者なようで、アシュトンの襟首を掴みながらステイシアは川を横断していく。瞬く間に川岸へとたどり着いたノルフェスは、左右をウロウロと歩きながら低い唸り声を上げている。

 ステイシアの手助けもあって、アシュトンはなんとか川を渡り切ることができた。


「はあはぁ……なんとか切り抜けたな」

「はあはぁ……ええ。ステイシアさんがノルフェスのひざを射貫いていなかったら、きっと川に飛び込む前に追いつかれていたと思います。助かりました」

「お前の作戦がなかったら私は間違いなく死んでいた。──その、一応礼は言っておく」


 下を向いたまま言いにくそうに礼を述べてくるステイシア。思いもよらなかった言葉に頬が緩むも、すぐにアシュトンは顔を引き締めた。


「残念ながらまだ油断はできません」

「どういうことだ?」

「それは……」


 魔獣ノルフェスは元々つがいで行動する獣。単体で姿を現すことがそもそも不自然なのだ。森でアシュトンを襲ったノルフェスが片割れだとすると、間違いなくオリビアの手によって刈られている。

 もし目の前のノルフェスが片割れを探しているのだとしたら、体に残る片割れの僅かな匂いを嗅ぎつけて現れた可能性は低くないとアシュトンは説明した。


「二度もノルフェスに襲われるとは、大概お前もついていないな」

「本当に。あいつの狙いは僕で間違いないと思います。僕から離れればステイシアさんは逃げ切れます」

「……金を渡さないつもりか?」


 ステイシアが胡乱な目を向けてくる。


「そういうつもりで言ったわけではないのですが……」


 困惑するアシュトンに、ステイシアは立ち上がって言った。


「ならさっさと行くぞ。ここからだとかなり遠回りになるが、街道に出ればさすがに追ってはこないはず」

「……後悔しても知りませんよ」


 ステイシアは鼻を鳴らし、弓を抱えながら歩き始める。アシュトンは黙ってステイシアの後に続くのだった。


△▼△


ノルフェスから逃れるためひたすら森の中を歩いていると、


「少し早いが今日はあそこで休むとするか」


 そう言ってステイシアが指さした先、草木に覆われてわかりにくいが、目を凝らすと洞窟の一部分が確認できる。よくも見つけたものだと感心しているアシュトンを尻目に、ステイシアは洞窟に向かって慎重に進んでいく。


「先客がいないといいのですが……」


 この洞窟を住処とする獣がいてもなんら不思議はない。警戒を促す意味で声をかけるアシュトンに、ステイシアは洞窟を見据えたまま口を開く。


「もちろん確認はする」


 洞窟に到着すると、アシュトンを入口に待機させたステイシアは、用心深く洞窟内へと入っていく。アシュトンは周囲を警戒しながらしばらく待っていると、ステイシアが安堵の表情を浮かべて戻ってくる。

 日は大きく西へ傾き、森を朱色に染めていた。


「とりあえず問題はなさそうだ。私は日が暮れる前に食糧を調達してくるから、お前は薪を集めて火をお起こしておけ」

「それは構いませんが……大丈夫ですか?」


 ここに至るまでアシュトンは当然として、ステイシアもそれなりに体力を消耗しているはず。そう思って声をかけたのだが、返ってきたのは侮蔑とも嘲笑ともとれる言葉だった。


「お前のようなひょろい奴と一緒にするな。どちらにしても体力を回復させるために飯は必要だ。それよりも焚き火の準備をしておけよ」

「わかりました……お気を付けて」


 一瞬だけアシュトンと瞳を交錯させたステイシアは、弓を片手に再び森の中へと分け入っていく。ステイシアに言われた通り、アシュトンは薪拾いに勤しんだ。


 日が完全に暮れ、大地が闇に覆われる小夜の刻──。

 洞窟内には下着姿の男女が焚き火を囲む異様な光景が広がっていた。


「しかし灰兎が早々に獲れたのは幸運だった。食べると食べないのとでは体力の回復にかなりの差がでるからな」


 言いながらステイシアが程よく焼かれた肉を口にする。狩りから帰ってきたステイシアは、いきなり服を脱ぎ始めた。アシュトンは体の痛みを忘れて止めてくれと叫んだが、このままでは風邪を引くとの正論をぶつけられた。とにかく直視しなければ問題ないと無理矢理自分を納得させ、渋々ながらも了承した。

 同様の理由からステイシアと同じく下着姿のアシュトンは、焚き火越しに今後の見通しを聞いてみた。


「それなりに距離を稼いだからな。明日の昼頃には街道に出られるはずだ。──ノルフェスに見つからなければな」

「そうですね……」


 アシュトンは洞窟の入り口に目を向けながら相槌を打つ。最近狩人の間で流行っているという獣除けの花──雪中紅花を散りばめている。凶悪な獣ほど雪中紅花の匂いを嫌うとステイシアは言っていたが、実際効果のほどは定かではない。

 用意してくれたステイシアには申し訳ないが、なにもやらないよりかはましくらいにしかアシュトンは思っていなかった。


 灰兎をあらかた平らげると、ステイシアはまじまじとアシュトンを見つめてくる。アシュトンは体を隠すように身を引いた。


「な、なんですか?」

「いやな。ずっと思っていたんだが、お前は最初から全然軍人らしくないな」

「まぁそれはよく言われますね。そもそも僕は軍人になりたくてなったわけじゃありませんから」

「ふーん。それなのになんで軍人になったんだ?」

「徴兵されたんですよ」

「徴兵か……確かに徴兵でもなければお前みたいのを軍人にはしないな」


 ステイシアはカカと笑った後、さらに質問を続けてきた。


「これも気になっていたんだが、お前はどこの国の軍人だ? 神国メキアの軍人でないのは一目瞭然だけど、セラニス王国の軍服とも違うし」

「僕はファーネスト王国の軍人です」

「ああ。あの国の軍人か」


 ステイシアは納得といった表情を覗かせた。どうやら一般人にもファーネスト王国の現状が知れ渡っているらしいと、アシュトンは内心で苦笑した。


「ステイシアさんはなんで狩人になったんですか?」

「あ? ──まぁ親父が狩人だっからな。気づいたら自然と後を継いでいたって感じだな」


 ステイシアは一瞬遠い眼をするも、焚き火の炎が弱くなっていることに気づき、手近の小枝を放り投げた。小枝はパチパチと爆ぜ、炎の勢いが戻っていく。

 会話が途絶え、ホウと鳥の鳴く声が洞窟内に滑り込んできた。


「──ステイシアさんは先に寝てください。僕が見張りをしておきますので」


 ステイシアは膝に手を置くと、ゆっくり立ち上がった。彼女の全身があらわになり、アシュトンは慌てて目を逸らす。


「……そうさせてもらうか。さすがに今日はいろいろあり過ぎて疲れた」


 ようやく乾いた服を着たステイシアは、膝を抱えてうずくまるように横になる。五分と経たないうちにステイシアの口から小さな寝息が聞こえてきた。軍服も乾いたようで再び袖を通したアシュトンは、落ちそうになる瞼を必死に上げながら、再び焚き火の前へと座る。


 夜明けにはまだしばらくの時を必要としていた──。




 


 

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