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15-13

「アナ、まだなの? 肩が凝っちゃったわ」


メルグウェンは欠伸を噛み殺しながら尋ねた。


「もう少しでございますよ。ちょっとこちらをお向きになって」


アナはもう一人の侍女とメルグウェンの髪を結い上げるのに一生懸命だ。


艶のある黒髪に絹のリボンや金銀糸の紐を編みこんでいく。


細かい手間のかかる作業で、メルグウェンが椅子に腰掛けてから既に一時間以上経っている。


「できました」


やっとアナは髪から手を放すと、手鏡をメルグウェンに渡した。


メルグウェンは文句を言っていたわりには、満更でもなさそうに鏡に見入っている。


メルグウェンの部屋は侍女が次から次にと広げる華やかな服で一杯だった。


「さあ、次はお召し物ですよ」


アナ達はメルグウェンを裸にすると、上質な麻の肌着を着せた。


毎日着ている物とは違い長くたっぷりとした肌着は、胸の下の辺りには細かなプリーツ、胸元と袖口には刺繍が施されている。


次に白テンの毛皮を首元と袖口に覗かせた薄紅の絹の服を着せた。


胴と袖は体にぴったりと添い、金糸の縁飾りのある裾は踝まである。


「本当はね」


メルグウェンが後ろにいるアナを振り返って言う。


「城主殿と二人だけで、海辺で式を挙げたかったのだけど」


アナが大げさに眉を顰めて見せた。


「何を仰るのです。ご婚礼はご家族の前で聖堂で行うものですよ」


侍女が胴当てと胸当ての紐をきつく締め上げる。


そして、更にその上から殆ど下の服を隠してしまう上着を着せた。


それは深みのある青色の軽い上等な絹でできており、金銀糸の刺繍が施されている豪華なものであった。


縁取りのある袖はたっぷりと床まで垂れており、裾には細かい切り込みが入っている。


暫く黙って侍女にされるがままになっていたメルグウェンが言った。


「でも、私が頼んだらきっとあの男はそうしてくれたと思うわ」


「そんなこと、キリル様もダネール様も絶対にお許しになりませんよ」


アナはベッドの上から帯を手に取りながら言った。


メルグウェンは溜息を吐いた。


父親のダネールと叔母のマリアニッグが二人の結婚式に出席する為、遥々エルギエーンから訪ねて来たのだ。


そしてガブリエルの両親と兄のジョスリン、姪のアエラも昨夜ワルローズに着いている。


エルギエーンから戻って来るのが遅くなった所為で、予定通りパドリックと船に乗ってキリルの城には行けなかったのだ。


がっかりしたパドリックとメルグウェンにガブリエルは、春になったら赤ん坊を見に行くことを約束した。


私達の婚礼にこうして皆が来てくれたのだもの。


とても残念だけど、海辺での式は諦めるわ。


一面に金糸で刺繍をし宝石をちりばめた豪華な帯を腰に緩く巻き前に垂らす。


それから宝石箱に大切にしまってあった母からの贈り物の首飾りを着けた。


メルグウェンの母親は病弱な為、長旅は無理ということでダネール達と一緒に来れなかった。


でも、母上に城主殿を会わせることができてよかったわ。


ちゃんとお分かりになったかどうかは疑問だけど、私は幸せだとお伝えできてよかった。


多分、母上には二度と会えないだろう。


子供の頃から母親らしい温かみを与えられたことはなかった。


ガブリエルと結婚することになって初めて少しだけ母に近づけたような気がすると、メルグウェンは思った。


最後の仕上げに一面に刺繍された先の尖った小さな革靴を履く。


「まあ、何てお綺麗なのでしょう!!!」


仕度を手伝っている侍女達が感嘆の声を漏らした。


「やっと終わり?」


「いえいえ、次はお化粧ですよ」


メルグウェンはうんざりした顔をする。


朝、風呂に入ってからの時間を数えると、既に3時間以上経っているのだ。


「もう疲れてしまったわ」


「何を仰るのです。ガブリエル様に美しく見られたくないのですか?」


アナは、その言葉にうっすらと頬を染めたメルグウェンを見て、ホッと息を吐いた。


私の姫様は本当にお綺麗だ。


「お化粧は殆どいりませんね」


真珠を砕き小麦の澱粉と混ぜた粉をさっと額と頬に叩くだけにした。




ガブリエルは扉の方を見ながらイライラと広間の中を歩き回っていた。


一体何をやっているのだ?


先程召使に様子を見に行かせ、直ぐ行きますと返事をもらってから既に一時間は過ぎている。


もう一度様子を見に行くか、と思って廊下の方に歩き出した。


「何をイライラしているのだ?」


ポンと肩を叩かれて、ガブリエルは振り向いた。


ジョスリンが笑っている。


「あんまりせっかちだと奥方に嫌われるぞ」


「女は仕度に手間がかかり過ぎて困る」


不貞腐れたように言う。


「まあ、そう言うな。おまえに綺麗に見られたいから、化粧に時間がかかるのだろうよ」


ガブリエルは何も答えなかったが、心の中では思っていた。


あいつは化粧なんかしなくても十分美しい。


大体こんな仰々しい儀式は苦手なんだ。


別にこんな窮屈な格好をしなくても、神々なんかに誓いを立てなくてもいいじゃないか。


あいつと俺と二人で、普段着でも素っ裸でも互いに夫婦になるって誓い合えばそれで良くないか。


いや、流石に裸はまずいだろ。


今夜、あいつと二人きりになるまで、余計なことは考えない方が良さそうだ。


思えばダネール殿の城から戻ってから今まで随分忙しかった。


ガブリエルはネヴェンテルとの戦で受けた傷が癒えるまで、エルギエーンに留まらなければならなかったのだ。


俺が絶対に婚礼は延期しないと言い張ったから大騒ぎになった。


けれども皆の努力の結果、何とか準備は間に合ったようだ。




扉が開きメルグウェンが叔母の後に続いて入って来ると、広間にいた皆は感嘆の溜息を漏らした。


メルグウェンは広間の中を見回して、ガブリエルの姿を認めると嬉しそうに近付いて来た。


花嫁の衣装と同じ生地の上着を着て肩には毛皮の裏地のついた外套を羽織ったガブリエルは、大層凛々しく立派に見えたのだ。


メルグウェンはガブリエルの前に来ると、立ち止まってその顔を見上げた。


ガブリエルは黙ったままメルグウェンをジロジロ見ている。


メルグウェンは不安そうに尋ねた。


「私の格好、可笑しいかしら?」


ガブリエルは夢から覚めたような顔をして頭を振った。


「いや、あんまり美しいので見惚れていた」


メルグウェンは頬を染めて照れ臭いそうに呟く。


「城主殿もとてもご立派です」


「城主殿じゃないだろ。この前みたいにちゃんと名前で呼べよ」


「……後で、ね」


二人が並んで広間を出ると、下男が中庭に馬を引いてきた。


花嫁の馬は深紅の衣を纏い、首の周りには銀の鈴、そして額には魔除けの紅榴石の飾りをつけている。


家来の手を借りてメルグウェンが馬上の人となると、その後にワルローズの紋章を刺繍した馬衣を着せた愛馬に跨った花婿が続く。


馬の歩みに合わせて鈴がシャラシャラと鳴った。


二人の後から親や親戚、その他の招待客が進んで行く。


皆、色とりどりの衣装を着て大層華やかだ。


この季節にしては珍しく晴れており、皆は一張羅を濡らしたり泥で汚したりしなくて済んだことを喜んだ。


先頭に立ったルモン達が奏でるガイディとタラバードの音楽に合わせて、一行は城を出て城下町の大聖堂に向かった。


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