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14-2

「わしが息子にマギュスの娘との縁談を考えていたのはご存知かな?」


「はい」


「だがあの馬鹿者は勿体無い位の相手を断ってしまった」


メルグウェンは唇を噛んで暫く俯いていたが、やがて顔を上げるとキリルを真っ直ぐに見て言った。


「申し訳ございません。それは、私の所為なんです」


「貴方の所為?」


「はい。ダレルカ姫に言われたことに我慢ができず、仕返しをしてしまったのです。ダレルカ姫は城主殿に私を鞭打ちの刑にするように望まれました。でもそうなさらなかったので、怒って帰ってしまわれたのです」


「やはり貴方が絡んでいたのか」


メルグウェンは、小さな声でもう一度申し訳ございませんと呟くと、膝の上で服をぎゅっと握り締めた。


「自分のしたことが、どのような結果を招いたのか知った時、償おうとはしなかったのか?」


メルグウェンははっと顔を上げる。


「父の城に一人で帰ろうとしたのです。私がいなくなれば、ダレルカ姫が戻ってきてくださると思って。でも途中で盗賊に馬を盗まれてしまって。城主殿が助けに来てくれて、城に連れ帰ってくれました」


「それでそのまま息子の許に居座って、別の女の為に用意されていた席を横取りしてしまったと言う訳か」


メルグウェンは真っ赤になった。


「そんなことするつもりはありませんでした!! 結果としてはそうなってしまいましたけど。ここに来た時もご子息と結婚しようなんて、これっぽっちも考えていなかった。ただ彼がまだ他の女性のものではないうちに、自分の気持ちを伝えたかっただけです。そして、きっぱり諦めようと思っていたのです」


「息子の気持ちに気付いていなかったのか?」


「……思ってもみなかったから、とても嬉しかった」


「それで今は?」


「城主殿が私を妻にと望んでくださるのなら、私は良い奥方になるように一生懸命頑張ります」


話しているうちにキリルのことを恐れる気持ちはなくなっていた。


厳しそうな表情の中、キリルの目はその息子の目にそっくりだったのだ。


自分をからかう時のガブリエルの笑いを含んだ瞳に。


「親の反対を押し切るつもりかな?」


「父は王が許可を与えた結婚に反対するでしょうか?」


メルグウェンは不安げにキリルを見た。


キリルはそんなメルグウェンを見ると、初めて微笑を浮かべた。


「わしが反対するとは思わないのか?」


メルグウェンはキリルの前に跪くと、深く頭を下げた。


「私がご子息の妻となることをお許しください。どうかお願いします」


もっと言いたいことがあったが、何故か胸がいっぱいになり、言葉が出てこない。


「……いいだろう。貴方と息子の結婚を認めよう。あいつを幸せにしてやってくれ」


暫くして上から聞こえてきたキリルの声に涙が溢れ、震える声で礼を言うのがやっとだった。




キリルに結婚を認められた二人は翌朝、アナとカドー、それからアナ達と戻ってきていたドグメールとマロと一緒にワルローズに向かって旅立った。


キリルが書いた手紙を王の手紙と一緒にエルギエーン地方まで届けるため、正式に使者が立てられた。


返事が来るのは早くても1ヶ月後である。


ガブリエルは、これ以上自分の領地を留守にする訳にはいかなかった。


少しばかりの葡萄畑、それから合わせるとかなりの面積となる麦畑の収穫がある。


仕事をするのは勿論、農民達であったが、城主が見回りに来るか来ないかで、捗り方が違ったのだ。


真夏の日差しは強く、絶好の旅日和であった。


メルグウェンは海沿いの道をガブリエルの後に馬で続きながら、幸せに浸っていた。


一週間前にこの道を通った時は、まさかこんな嬉しいことになるとは思ってもいなかった。


同時に少しばかり恐ろしい気もした。


これは夢で、いつか目が覚めてしまうのではないか?


結婚を妨げるような、何か悪いことが起こるのではないか?


どうか冬になるまで何も起こりませんように。


ガブリエルの希望で婚礼は、11月末に予定されていた。


どうか父上が、キリル様のように私達の結婚を認めてくれますように。




数日後、無事ワルローズに着くと、メルグウェンはすぐにパドリックを探しに行った。


皆の帰りを首を長くして待っていたパドリックは、メルグウェンを見ると駆け寄ってきた。


「取り戻せたんだね!!」


メルグウェンの笑顔を見て、目を輝かせてそう叫んだ。


「あのね。私の心を盗ったのは、実は城主殿だったの」


パドリックは目をぱちくりさせた。


「えっ?! 叔父上が?」


「ええ」


パドリックは恐る恐る尋ねた。


「叔父上は貴方のだって知らないで、間違って持って行ってしまったのでしょう? 直ぐに返してくれたでしょう?」


「返してもらわなかったわ。でも代わりに貴方の叔父上の心をもらったの」


パドリックはびっくりした。


「……叔父上の心ってどんなのだった?」


メルグウェンはにっこりした。


「大きくてとても温かいわ」


「叔父上は?」


「戻っておられるわよ」


「叔父上に聞いて来よう!」


止める間もなく、パドリックは駆けて行ってしまった。




ルモンから留守の間の報告を聞いていたガブリエルは、駆け込んできたパドリックを見て笑った。


「随分元気になったな。おまえの家族は皆元気だったぞ。おまえに宜しく伝えてくれと言っていた」


「叔父上、メルグウェン姫の心をどうしたの?」


ガブリエルは一瞬戸惑った顔をしたが、メルグウェンから聞いた話を思い出して笑いながら言った。


「おまえが妙なことを頼むから、もうちょっとであいつに目玉をくり抜かれるところだったぞ」


「でも叔父上が人の物を盗るからいけないんでしょう?」 


「そうだな。だけど今度はちゃんとあいつに頼んでもらったから大丈夫だ」


「取替えっこしたんでしょ? メルグウェン姫は叔父上の心はとっても大きくてとっても温かいと言っていたよ」


「あいつの心も温かいぞ。生きが良くて、柔らかくて甘い匂いがして、齧ったら凄く美味そうだ」


パドリックは驚いた。


「食べたりしちゃ駄目だよ!!」


ガブリエルは、パドリックの目の高さにしゃがむと、真面目な顔をして言った。


「ああ、食べたりしない。俺の懐に入れて一生大切にするよ。パドリック、俺はあいつを嫁に貰うことにした」


パドリックも真面目な顔で答える。


「叔父上、僕はメルグウェン姫のことを他のどんな美しい姫よりも好きだよ。だからあの人が僕の叔母上になるのは、とても嬉しい。それに叔父上、僕はもう、あの人のこと醜いと思っていないよ」


「当たり前だ。俺の許婚は世界一綺麗で愛らしいぞ」


「うん。叔父上がそう言ったと聞いたら喜ぶね! 伝えて来よう」


そう言って駆け出したパドリックの後姿を見ながら立ち上がったガブリエルは、笑いながらルモンを振り返った。


「忙しい奴だな。多分またやってくるぞ」


ルモンも笑いながら言った。


「元気な証拠でいいじゃないですか。それで、いつ頃パドリック殿を連れてキリル様の城に行かれるのですか?」


「多分11月の中旬だな。帰りは兄上も一緒に来る予定だ」


「結婚式に来られるのですね?」


「ああ。アゼノール様と赤ん坊は無理だろうが、兄上とパドリックの妹が来ることになっている」


「賑やかになりますね」


「そうだな」


ガブリエルの嬉しそうな笑顔を見てルモンは思った。


この二人が幸せになることは、城の住人にとってとても喜ばしいことだ。


これでやっとワルローズの城にも奥方ができる。


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