13-13
「俺の話を聞いてくれるか?」
メルグウェンは俯いたまま微かに頷いた。
好きな男に他の女の人の話をされることぐらい辛いことはない。
でも、それではまだ結婚の申し込みはしていないのだわ。
戻って来る時には奥方を連れているかも知れないと思っていたのだもの。
それよりは、ましじゃないかしら?
少なくともまだ他の女のものではないこの男に自分の想いを伝えることができるわ。
物思いに耽っていたメルグウェンは、耳に入ってきた言葉に混乱した。
「メルグウェン、ずっと傍にいてくれ」
やっぱり私だと分かってしまったのね。
でも、これはどういう意味なんだろう?
「……それは、小姓としてってこと?」
「まさか。恋人としてだ」
「誰の?」
「勿論、俺の」
「……愛人になれってこと?」
「違う。俺の妻になって欲しい」
「……」
俯いて黙り込んでしまったメルグウェンをガブリエルは不安そうに見つめた。
やっとガブリエルの方を見たメルグウェンはおずおずと尋ねた。
「それって、冗談?」
「冗談でこんなこと言うか」
ガブリエルは呆れた顔をしてメルグウェンを見たが、決心したように床に片膝をついた。
「メルグウェン姫、どうか私ワルローズの城主ガブリエル・キリルの妻になってください」
だが、メルグウェンは目を丸くしたまま何も答えない。
混乱した頭の中を整理しようにも、この男に手を取られ見つめられていたら、不可能だった。
ガブリエルが長引く沈黙にもう我慢ができず気が狂うかと思った時、漸く震える声で尋ねた。
「……どうして?」
「おまえを愛しく思っているから」
メルグウェンは溢れてくる涙をもう止めようとしなかった。
ガブリエルは泣き出したメルグウェンを見て驚いた。
泣くほど嫌なのだろうか?
不安で堪らなくなった。
だが、それよりもこいつの泣き顔を見るのが辛い。
思わず立ち上がるとメルグウェンを抱き締めていた。
嫌がって抵抗されるかと思ったが、メルグウェンは大人しく自分の腕の中に納まっている。
頭巾に包まれた丸い頭を撫でると、愛おしさが込み上げてきてきつく抱き締めた。
相変わらず胸は苦しいが、こいつをこうして抱いていると少しばかり楽になるようだ。
何故こいつは抵抗しないのだろう?
何故何も答えてくれないのだろう?
涙に濡れた顔を両手で挟みこみ、潤んだ黒い瞳を不安げに覗き込んだ。
「お願いだ、何とか言ってくれ。俺がどうにかなっちまう前に」
「……」
「俺の妻になるのは泣くほど嫌か?」
「……嫌……な訳……な……」
「ちゃんと答えてくれ」
メルグウェンは唇を震わせ答えようとした。
だがその答えは痺れを切らしたガブリエルに飲み込まれてしまう。
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初めての接吻は涙の味がした。
しょっぱくて苦いのに、甘く感じるのはどうしてだろう?
やっと二人の唇が離れ、足元がふらついたメルグウェンは男の腕に縋り付く。
ガブリエルは目を輝かせ嬉しそうに笑うと、メルグウェンを抱き寄せた。
「一生大事にする」
耳元で囁かれた言葉に、また涙が溢れてきたメルグウェンは頷いた。
夢みたいだ。
あまりにも幸福でどうにかなってしまいそう。
叶わぬ恋だと思っていた。
苦しんで、苦しんで、沢山泣いたけど、それでもどうしても諦め切れなかった。
涙を手の甲で拭ったメルグウェンは、もう一度確かめるようにガブリエルを見上げた。
明るい灰色の瞳が迷いもなく、濡れた黒い瞳を覗き込む。
その目の中に探していたものを見つけたのか、メルグウェンは頬を染め柔らかな微笑みを浮かべる。
そして両腕を男の首に回すと、自分から男の顔を引き寄せた。




